第十九話:漆黒龍との戦い
漆黒龍との戦いが、ついに始まる。
剣を構えた自分の隣に、ルリが並んだ。
今が、絶好の好機だ。
声を張る。
「さて、それじゃあ行くっすよ! ルリ!」
「了解なの! まずは周りの奴らを吹き飛ばすの!!」
そう叫んで、ルリが隣から飛び出していく。
特性【幻獣召喚】の効果が切れているため、フェンリルには騎乗していないが、それでも同等の速さを誇っている。シスと一定の距離にいることで特性≪二連星≫が発動し、さらに自分の部隊に組み込まれていることによって強化効果を受けているからだ。
さらに強化された攻撃力、防御力を駆使して、ルリは黒龍の周りを固めている敵兵たちに突撃していく。すると即座に、相手方から悲鳴が上がった。
ルリの攻撃は鈍重で、一撃、また一撃と喰らう度に敵兵が吹き飛ばされていく。
速さ、攻撃力、防御力、どれも高い能力となったルリを止めることは至難の業だ。
しかし、ルリは必要以上に敵の陣地に踏み込むことはしない。
自分と歩調を合わせるためだ。
ルリの攻撃によって敵部隊は揺らいでいる。黒龍を円状に囲っている敵兵たちの、表面から中層にかけての道が切り開かれた。
その瞬間、自分は地面を蹴って黒龍に接近した。
こちらに気が付いていない敵兵たちの間を抜けて、一直線に黒龍に近づく。そして鞘から黄金の剣を抜き放って、それを一閃した。
『GRAAAA!?』
この攻撃は流石に予想外だったらしく、黒龍は慌てて自分の攻撃を鋼の翼で受け止める。
しかし自分は、それを諸共せずに黒龍を吹き飛ばした。
敵兵たちの中央から、その外へと弾き飛ばされた黒龍が、驚愕した様な目を自分に向ける。当然だろう。なぜなら自分は黒龍の半分程度のレベルしかない存在だ。普通に考えればヤツが吹き飛ばされる道理はない。
だが、それはあくまでレベル上での話だ。
自分にはその圧倒的なレベル差を補って余りある≪特性≫がある。
それこそが、【龍殺し】。
龍属性の敵に対して攻撃、防御、機動に補正がかかるという、龍相手には破格の特性だ。
その強化能力を得た自分の攻撃を喰らえば、レベルが二倍離れている黒龍であってもひとたまりもない。吹き飛ばされた黒龍は、極めて高い強度を持つ鱗を切り裂かれ、驚愕の表情で自分を見つめていた。
龍にも驚きという感情はあるらしい。
そのことが何だかおかしくて笑みを浮かべていると、周囲の敵を蹴散らしたルリが合流した。
「アイツを吹き飛ばすなんて、さすがアルたんなの!」
ルリにボコボコにされた周囲の兵たちは、完全に委縮してしまってこちらを眺めているだけだ。というより、もはやルリを止められるのが目の前にいる黒龍だけだと分かっているから、無駄な犠牲を出さないために、あえて遠くから見守っているというのが正しいのだろう。
「ルリ。周囲の敵はもう仕掛けて来なさそうなんで、一緒にアイツを相手にして欲しいっす。ついて来れるっすか?」
じっと黒龍を見上げてそう言うと、ルリが軽く笑いながら隣に並ぶ。
そして白銀の剣を黒龍に向って掲げながら、元気よく声を張った。
「もちろんなの! 私はお父様の矛。それより、アルたんこそ大丈夫?」
そんな冗談めいた回答に、自分も笑顔を返す。
ルリと同じように、黄金の剣を黒龍に向けて、笑顔で宣言した。
「もちろんっす。それじゃあ、始めるっすよ!」
「わかったの!」
自分とルリは、それを合図に一斉に走り出す。
自分とルリはアイコンタクトを交わして、左右に分かれて走り出す。
黒龍の意識を分散させるためだ。
円卓が始まるまでの二か月間、自分達は個人技だけを磨いていたわけではない。
このような集団戦闘。とくに切り札たるルリ、シスとの連携訓練にはかなりの時間を費やしたのだ。
その甲斐もあって、自分とルリは全く同じ速度で、黒龍に左右から切り込んでいく。
黒龍は一瞬の迷いの後に、自分に向けて攻撃を繰り出してきた。
しかし、それをルリが見過ごすはずがない。
「…さっきのお返しなの!!」
そう叫んだルリが、両手で細剣を握り、黒龍に向かって振るう。
敵兵数十体をまとめて吹き飛ばした鈍重な一撃が、黒龍を捉える。
先ほどは特性≪二連星≫の効果が切れてしまった為Aランクの強さしか発揮できなかったが、今や彼女はSランクだ。その中でも戦闘に特化した彼女の攻撃は伊達ではなく、硬い黒龍の鱗を易々と切り裂いていった。
ルリの一撃は黒龍の鱗を破壊し、鮮血を噴出させた。
血は赤ではない。紫色の異色の血液が、ルリに向って降り注いでいく。
その光景に、自分は強烈な違和感を覚えた。
血が噴き出す方向が、少しだけずれているような気がしたのだ。
このままいけば、ルリはあの血を浴びるだろう。
返り血程度、誰でも浴びる。戦場であればそれは珍しいことではないし、それ以上に苛烈な戦場を生き延びた証として称えられるだろう。
だが、自分の直感は危険信号を発していた。
全身が総毛立ち、強烈な寒気がして、自分は声を張る。
「ルリ! 一旦離脱!!」
「了解!」
さらなる追撃を行おうとしていたルリだったが、即座に自分の命令に従って後方に飛び退る。
次の瞬間、黒龍から噴き出した紫色の血が、ルリのいた場所に降り注いだ。
そして地面に付着した血液が、音を立てながらその場所を溶かしていく。
その光景を見やりって、ルリは目を見開いた。それから驚きを隠せない様子で叫ぶ。
「アルたん! コイツの血が溶解液になってる!」
それから思い出した様に目を見開いた。
「でもおかしいの! なんでブレスと同じ効果をもってるの!?」
「……たしかに」
じりじりと動き出した黒龍をじっと見据えて、愛剣を握り直しながら思考を巡らせる。
先程シスに黒龍のブレス解析を頼んだように、ブレスは、その個体が主に使用する属性に依存する場合が殆どだ。
しかし、そうであれば血液が溶解性である理由が分からない。
例えば炎系のブレスを使う竜種の血が炎である訳がないように、本来であればそんなことは有り得ないのだ。
(一体どうして…?)
そんなことを考えていると、ルリの声が耳に届いた。
「アルたん! アイツの傷が治っていくの!」
ルリの声で、自分は黒龍が負った傷に目を向ける。
紫色の煙を上げながら血液を吐き出していた傷口は、自分達がこうして毒を回避している間に回復してしまった。
なんて回復力だ。
再び攻めるのは、もう少し情報を手に入れてからにしたかったが、これ以上黒龍を観察している時間は無い様だ。
弱点を見つけるためには、こちらからアクションを起こして敵の手札を暴いていく必要がある。
自分は覚悟を決めて、ルリに声を掛けた。
「ルリ! もう一回やるっすよ! くれぐれも返り血に注意してくださいっす!」
「分かったの!」
自分とルリは、もう一度同時に飛び出し、左右から黒龍を狙う。
だが今回の標的になったのは、自分では無かった。
『GGAAAAA!!』
黒龍が苛立ちを隠せない様子で、先ほど攻撃してきたルリに視線を向ける。
だが自分も、それを見過ごすほど愚かではない。
「…今度はこっちっすよ!」
そう気合いを入れて剣を振るうと、今度は自分の剣が黒龍の鱗を切り裂き、再び傷を負わせた。
案の定紫色の血液が吹き出し、自分に降りかかってくる。
それをじっと見据えて、自分は無意識の内に呟いた。
「…ちょっと試してみるっすか」
先ほどルリに降りかかった出血を見た際の違和感。
その正体を確かめるべく、自分は黒龍の血から距離を取る。
「…ルリ! もう一回離脱っす!」
「わかった!」
切り込んでいた姿勢から、左足を軸に回転。自分はそのまま黒龍から遠ざかる。
ちらりと背後、つまり黒龍の方を振り返ると、驚くべきことにヤツの血液が自分を追って来た。
それを見て確信する。
(やっぱりこの血は、黒龍の支配下にある!)
先ほどルリに襲い掛かった血が不自然な動きをしたのは、油断したルリを倒すために、黒龍が血液を操ったからだと考えれば納得がいく。
「……これから攻撃する度に、返り血をよけ続ける必要がありそうっすね」
検証が完了した今、誘導された返り血を喰らってやる義理などない。
自分は地面を蹴って一気に加速すると、一足先に離脱していたルリの隣にならんだ。
ジューっと音を立てながら地面を溶かし、その間に塞がった黒龍の傷跡を見やって、ルリが面倒そうな顔で叫ぶ。
「…アイツなんなの! 血が意志をもって動いてるなんて、ありえないの!」
「そうっすね」
どうやらルリにも、返り血が不自然な動きをした理由が分かったらしい。
少しだけ乱れた呼吸を整えながら、治りつつある黒龍の傷口に目を向けていると、耳元にふわりと風が届いた。
『アルス姉さん、ルリ。大丈夫ですか』
風と共に聞こえたのは、シスの声だった。
隣にいたルリが、びっくりしたように目を丸くしてから、笑顔で答える。
「私たちは何とか大丈夫なの! それよりシスたん、なにか分かった?」
シスにはブレス解析が終了したら連絡するように頼んでいた。連絡してきたということは、黒龍について何かしら分かったということだろう。
ルリの問いに、シスは落ち着いた声音で続ける。
『はい。あの龍のブレス攻撃を受けた箇所を調べたところ、性質が判明しました。私はてっきり溶解液の類かと思ったのですが、その正体は恐ろしいまでに強い毒でした。そして先ほど、アルス姉さんに吹き飛ばされた時に飛び散った龍の血液についても調査した所、どうやら同様の性質を持っているようです。…簡単に言えば、体中を巡っている全ての血が猛毒だということになりますね』
シスの言葉に、ルリは怒りを露にする。
「そんなの生き物の常識からかけ離れ過ぎなの! コイツ、血を何だと思ってるの!?」
ルリの言葉に、自分は苦笑する。
彼女の意見は、生物としては至極まっとうなものだ。
生物の体を流れる血液には、明確な役割がある。
酸素や栄養、そして魔力といった、生きていくために必要なものを体中に届けるという役割だ。
自分達のようなSランクの存在であっても、それは例外じゃない。
食事は必要だし、睡眠も必要だ。
怪我をすれば血が出るし、息ができなくなれば意識がなくなる。
だが、ファブニールにはそれが通用しない。
『めちゃくちゃ過ぎますね。さすがにSランクというだけあります』
半神という存在であるシスやルリも、人族の自分からすれば滅茶苦茶な存在だ。しかし、確かに黒龍の異常さはそれを越している。血を吹きだし続ける黒龍を睨みつけたまま、ルリが続ける。
「でも困ったの。攻撃するたびにあんな調子で血を吹きだされたら、もし倒せても返り血で私達までやられちゃうの! どうやって倒すの?」
黒龍の負った傷が大きければ大きいほど、その返り血による攻撃力も強大なものとなる。もしヤツを倒せるだけの傷を負わせることができたとしても、その際の返り血の量は凄まじい。近くにいる者すべてを巻き込んで溶かしてしまうだろう。
となれば、もはや道は一つしかない。
小さく笑みを浮かべて呟く。
「シス。一つ頼んでもいいっすか」
『はい?』
ルリには自分と一緒に黒龍と戦ってもらった。
だが、その目的は黒龍を倒すことではない。
シスが情報を集めてくれるまでの時間稼ぎが、ルリと自分の仕事だった。
そして、今シスがもたらしてくれた情報のおかげで、頭の中に黒龍の倒し方が浮かんできた。
傷を癒し続ける黒龍を見上げて、脳内に一つの作戦を思い浮かべながら続ける。
「シス。今から言う条件を満たせる魔術、もし可能なら使って欲しいっす」
『それは構いませんが、一体どのような魔術を使えば?』
自分が思い描く作戦では、この魔術の有無が重要になってくる。
頭の中で再度状況を計算しながら、魔術に求める条件を告げた。
「…巨大な穴、直系三十メートル以上、深さ二十メートル以上ある穴を作れる魔法があれば、それを黒龍の足元で展開して欲しいっす」
そう言うと、少しの間を置いてシスが答えた。
『……土系統の魔術であれば地面に大穴をあけることは可能です。地下を空洞にすることで落盤させて、落石による追加攻撃も可能な魔術ですが、あれは飛龍ですあのであまり効果は期待できないと思いますよ?』
黒龍は空を飛ぶ。
それが分かっている以上、落とし穴の無意味さは誰の目にも明らかだ。
しかし、自分は薄く笑って呟いた。
「まぁそこは大丈夫っす。自分を信じてください」
すると、シスが小さく「ふふっ」と笑った。
いつも浮かべている柔和な微笑みが目に浮かぶようだ。
『…分かりました。アルス姉さんに従います。私は合流と共に、あの龍の足元に落とし穴を作ります。あとは適宜指示をくださいね』
「了解っす。それじゃあ頼みますよ」
『はい』
それを最後に、シスの声を乗せた風が消えた。
きっとこちらに向かって走り出したのだろう。
「さて、それじゃあルリ」
再び音を立てながら修復された黒龍の傷跡を見ながらそう言うと、ルリが銀色の細剣を構えながら笑う。
「はいなの。シスたんが魔術を作ってる間、アイツを移動させなきゃ良いんだよね?」
ルリは賢い子だ。
断片的な情報から、自分の作戦を完璧に理解してくれている。
「そうっす。シスが魔法を発動したら、同時に左右に離脱してアイツを落とし穴に嵌めましょう」
「分かったの! それじゃあ行くの!!」
ルリのその言葉と共に、自分たちは一斉に飛び出す。
そして再び、黒龍に向って剣を振るった。




