第十七話:姉妹
~ルリ視点~
(なんで…? いったい、どうして……?)
飛びかけた意識を何とか保って、私は漠然とそんなことを思った。
まさかあの巨体で風の如く機敏に動くとは予想できなかったからだ。
痛みと疲労に悲鳴を上げる体を無理やり叩き起こして、私は何とか立ち上がる。
その瞬間、全身を強烈な寒気が走って、私の意識が現実に引き戻された。
黒龍による追撃が始まっている。すでに振り上げた前足が私に向かって来ていた。
「まずいのっ…!」
私はそう呟きつつ、その場を離脱しようと全力で走り出す。
最初の一撃のダメージを最小限に抑えるため、攻撃を喰らう直前に二手に分かれていたので、フェンちゃんはかなり離れた場所にいる。あの子が来るのを待つよりも、自分で動いた方が速い。
走りながら、私は必死に頭を回す。
だけど生まれてくるのは焦りや絶望だけで、現状を打破するための作戦は何一つ浮かんでこなかった。
(コイツ、他の配下とはレベルが違うの! こんなに強いなんて…!!)
予想できなかった。
そんなものは言い訳だけど、そんな考えが頭の中に沸いてくるほど黒龍は強い。
今の段階でも、Aランクきっての強さを持つ私が手も足も出せない。
まさに怪物、化け物と呼ぶに相応しい強さだった。
追撃の一撃をかわそうとして、私は地面に転がり込んだ。
しかし、それは黒龍が仕組んだ罠だった。
『GGYAAAAAA!!!』
黒龍が叫び、もう片方の足を持ち上げて攻撃を繰り出してくる。
前足についた剛爪で、私を切り裂くつもりだろう。
「くっ……!!」
黒龍の攻撃はすさまじい速さだった。
何度も繰り出される攻撃を、私は毎回ギリギリのところで回避していく。
だけど最後の一撃が、私の回避能力をわずかに上回った。
轟音と共に迫りくる拳に、私は目を見開く。
フェンちゃんに乗っていない私では、あれを回避することは難しい。
それが直感的に分かってしまって、私は自分の運命を悟る。
「ルリッ!」
高台を駆けおりてくるシスたんの声が、やけに鮮明に聞こえる。
振り返ると、シスたんが珍しく必死な表情で私に手を伸ばしていた。
「…シス、たん……」
目の前に迫った黒龍の強靭な爪が、私に向って振り下ろされる。
呼吸の音、周囲の景色、敵の表情や動き、そのどれもが鮮明に見えた。
それまで張り詰めていた気合いが、すっと私の中から消えていく。
その代わりに、底知れない敗北感が湧き上がってきた。
(そっか。ここまできて、私ミスしちゃったの。シスたん、アルたん、ごめんね。…ごめんなさいお父様)
悔しかった。
私の一瞬のミスが、シスたんの命も奪ってしまうから。
アルたんが信頼してくれたのに、その期待に応えられないから。
そして、お父様に与えられた最強の矛の役割を、完璧に果たせないから。
だけど、私にはどうすることもできない。
この崩れた態勢では敵の攻撃を受けきることはできないし、回避も不可能だ。
思考する刹那の時間はあれど、実際に体を動かせるほどの時間は無い。
死の間際、生命に与えられたわずかな時間、それが今なのだ。
剛爪が振り下ろされるわずかな時間が、長く感じる。
死ぬ覚悟なんてできないし、死にたくない。
まだまだやりたいことがたくさんある。
でも、敵の攻撃は止まらない。
不安、恐怖、悔しさから、涙が滲む。
私はぎゅっと目を瞑って、その時を待った。
だが……。
「自分の可愛い妹に…」
そんな声が聞こえて……。
「何してくれてんすかぁあああああ!!」
私に向って振り下ろされた剛爪は、一瞬にして弾き飛ばされた。
凄まじい力だった。
シスたんかとも思ったが、それはない。シスたんは魔術師だ。これほどの力はない。
こんな力の持ち主、私は一人しか知らない。
私を助けてくれた人は、黒龍と私の間に立ち塞がるようにして立っていた。
亜栗色の長髪、騎士のような鎧に身を包んだその人は、肩を激しく上下させながら笑う。
「はあ、はあ……なんとか間に合ったっすね!!」
ゆっくりとこちらを振り向き、そしてにかっと笑ったその人を見て、私の胸の中に言葉にできない感情が広がった。
「アルたん!」
そこにいたのは、私とシスたんのお姉ちゃん。
お父様が最初に生み出した規格外。黒龍と同じ力を持つSランク、アルスお姉ちゃんだった。




