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第十六話:規格外の存在

 ~シス視点~


 怒号を上げながら、敵部隊が進軍してくる。

 私はこちらの攻撃が最も効果的になる位置を見計らって、スケルトン部隊に指示を出す。


「スケルトン部隊構え……撃て」


 スケルトンが放った矢が敵部隊に深々と突き刺さり、これまでと同じように悲鳴が上がった。

 敵が攻撃を始めてから、そろそろ一時間が経過する。


 高台を攻め落とさんとする敵の攻撃は凄まじかった。

 しかし砦を迷路状に作ったこと、そして毒武器を使用したことが味方して、現在砦の五合目ほどで敵部隊を足止めすることに成功している。


 それに敵部隊の指揮官がその任務を放棄したことが最も大きい。

 ルリとの一騎打ちに敗れた敵指揮官シリルは、ルリの恩情に対する返礼として、軍の指揮の一切を放棄したのだ。どうやらルリと、あの子を生み出したパパに興味が湧いたらしく、今はあの子の近くで大人しくしている。


 それからしばらく攻撃を続けていると、少し離れた位置で同じように指示を出していたルリが、興奮した様子で声を張った。


「シスたん! お父様が作戦を成功させたみたいなの! 敵は大混乱で、凄い打撃を受けてるって!」

「さすがパパですね」


 パパの作戦は奇抜なもので、私には決して思いつかないようなものだった。

 それにしても、たった一人で【女帝】の別動隊を叩き潰してしまうとは、本当に恐ろしい人だ。

 

 私の知識には帝王に関するものも含まれているが、パパは最強クラスの帝王に相応しい能力を持っている。


 私達やアルス姉さんを生み出せる創造力、自軍全体を強化する特殊能力、いざとなればEPを用いて単騎でも戦える戦闘力。そのどれもが特筆すべき力であり、一人の帝王が持っていい力の限度を大きく超えている。


 前に一度だけ、寝る前にステータスを見せてもらったことがあるが、私は興奮すると同時に恐怖を感じた。

 

 パパは帝王の力の均衡を崩しかねない存在なのだ。

 だが私が思うに、本当に恐ろしいのは、その能力ではない。

 それは慎重さと度胸だ。


 パパは自分の力を決して過信しない。敵を侮らない。

 最後の最後まで敵を上回る方法を考え、共有し、行動にブラフを織り交ぜ、敵に悟らせない方法を無数に織り込んだ作戦を生み出す。

 

 そしてパパには、どれだけ危険な作戦であっても、勝利のためであれば確実に実行に移す度胸がある。だからこそ【女帝】は、こちらが立案した作戦に嵌ったのだ。


 今も【女帝】の配下が、こちらの凶器に倒れていく。

 1000はいた筈の敵は500を切り、このまま推移すれば高台を制圧される前に全滅させられるだろう。


 だが、【女帝】がこのまま終わるとは、私には思えなかった。

 私の脳裏に、パパからの忠告が蘇る。


『【女帝】は絶対に何か切り札を持っている。それが何かは不明だが、もし俺達が勝利に近づけば、その時は必ずそれを使ってくるだろう。これはアルスも同意見だ』

『アルス姉さんもですか……分かりました』


 アルス姉さんは誰よりも戦況分析に長けている。彼女が言うなら、間違いないだろう。

 【女帝】は確実に、切り札を使ってくる。


『それとアルスからシスに伝言だ。【女帝】は切り札を使う状況に陥った場合、守りに使っている2000を出してくるらしい。候補は三か所で、一つは可能性は低いが俺が別動隊を叩く場所。次に同じく可能性が低いが、アルスが奇襲する中央の道。そしてもっとも可能性が高いのが……』


 その時のパパの表情を、私はしっかりと覚えている。

 ほんのわずかな怖れと、それを上回る信頼の光が、パパの目にはあった。


 そしてそれから時を置かずに、パパとアルス姉さんの予感が的中したことを、私は悟った。


「シスたん! 十二時の方向から敵の援軍! 数は2000くらい!」


 見れば【女帝】の拠点へと続く道に、敵の援軍があった。

 数はパパやアルス姉さんの予想と、ルリの報告通り、2000弱。


「それと三時の方角、空から何かが来るの! はやい! それにすっごい力! たぶんアレで間違いないの!」


 ルリの覚悟を決めたような声が、私の耳に届く。

 反射的に三時の方角、真ん中の道がある右方向の空を見上げる。

 すると、そこには大空を闊歩する、一体の黒龍の姿があった。


 ルリが言ったように、敵は一体だが、凄まじい力を感じる。

 自分達と同格以上の存在。おそらく【固有召喚】で生み出されたSランクの存在だろう。【女帝】の成長度と年齢を考えると、レベルは四十ほどと予想できる。


 その黒龍は私達の頭上を一度旋回すると、最初に敵軍が陣取っていた平地に降り立った。

 そしてわずかに身を屈めてから、息を吸い込んで咆哮を上げる。


『GGYAAAAA!』


 凄まじい轟音と気迫に、ゴブリンやリザードマンどころか、アンデッドであるスケルトンすらも恐怖を感じている。

 私の直感も危険信号を発しており、頬を冷や汗が伝る感触があった。


「やはりこちらに来ましたか。あれが【女帝】の切り札で間違いなさそうですね」


 パパとアルス姉さんの予見通り、【女帝】はこの高台に切り札を投入してきた。

 だが、その強さは少しだけ想定の上を入った様だ。


「…2000の兵だけではなく、漆黒の龍ですか。これはまた大袈裟な切り札ですね」

 

 【女帝】が2000の援軍を仕向けてくることは予想できていた。

 だが、【女帝】が龍を操るなど、誰が想像できただろうか。

 

 ゆっくりと黒龍を観察する。

 隆々としつつも引き締まった肉体、黒光りする鱗、そして理性と狂気を同時に感じさせる赤色の瞳。

 その身から放たれる力の波動は凄まじく、見ているだけで魂が震えそうだ。自分達と同格以上の存在であることは、やはり間違いなさそうだ。


 しばらく眺めていると、黒龍が動く。

 黒龍は少しだけ身を屈めて力を溜めると、やがて咆哮と共にその力を解放した。


『GYUAAAAAAA!!』


 轟音と共に、黒龍の口から紫色の光が放たれる。

 凄まじい速さで放出されたそれは、とてつもない衝撃波を辺りに撒き散らしながら、私が作った砦に突き刺さった。

 

 まるで大地震を喰らったように、高台全体が大きく揺れる。

 すると次の瞬間、【女帝】の軍を翻弄していた強固な砦の一部が、一瞬の内に弾け飛んだ。

 光が着弾した周囲には、紫色の液体が散布されており、それは石造りの砦を溶かしていく。


「なっ! あんなのめちゃくちゃなの!」


 その一連の光景を目にしたルリが、驚きと共に叫び声を上げた。

 私も心の中では全く同じ気持ちだったが、焦りを押し殺して状況分析を続ける。


「…あれは、溶解液ですか」


 物質を溶解する程強い酸性を持つ液体。

 あれに当たれば私とルリであっても致命傷になりかねないだろう。


「行け!! 今の内に砦を登れ!!」

「おおう!!」


 龍の動きに呼応して、敵部隊が一斉に動き始める。

 そして綻びが生まれた箇所から、積極的に砦の攻略を再開した。

 龍は再び力を溜めて、次の攻撃に備えている。


 その一連の動作で、私は敵の戦略を悟った。


「…なるほど。部下を突撃させ、こちらの意識が砦を昇ってくる敵に向けば、迷わずブレスによる攻撃を続行。もしあの龍に意識が向けば、部下達をさらに激しく突撃させて砦を攻略する、という作戦ですか」


 シンプルだが、現状では最善の判断だ。

 見た目の割に狡猾な手段を用いる黒龍に舌を巻いていると、隣で同じく戦場を眺めていたルリが焦った様子で元敵指揮官のシリルに声を掛ける。


「シリルん! あれは何なの!?」


 黒龍を見て「まさかほんとに出すとわね…」と、少し引き気味の雰囲気だったシリルは、ルリの言葉に悩ましい表情を浮かべつつ答える。


「えっと、どこまで言ってい良いのかしらね。あの龍の名前はファブニールよ。あなた達の読み通り、正真正銘ルシア様の切り札ね。あなた達と同じくSランクで、レベルは42。私が五人いても勝てない強敵よ」


 その説明に、私とルリは互いに感情を共有した。

 恐怖と、焦燥だ。

 

 私の方をチラリとみたルリが、覚悟を決めたように走り出す。


「シスたん! ここをお願いなの! フェンちゃん行くよ!」

『ワオン!!』


 フェンリルに跨って再び丘を下り始めたルリの背に、私は手を伸ばす。


「ま、待ちなさいルリ! あれは危険すぎます!!」

「時間を稼ぐだけだから大丈夫! それに放置したらそれこそアイツの思う壺なの! 私が時間を稼ぐからシスたんは敵の増援の対処をお願い!!」


 それだけ叫んで、ルリはあっという間に丘を下って行ってしまった。

 もはやルリを止めることはできない。できるのは、彼女の無事を祈ることだけだ。


「バジリスク! ルリを援護しなさい!」

『グルゥ!!』


 せめてもの援護のために、私は再びバジリスクを空へ放った。

 しかし何かとてつもなく嫌な予感がして、私はルリの背中から目を逸らすことができない。

 

「はぁぁぁ!!!」


 凄まじい速度で戦場を駆け抜けたルリが、黒龍の元へと辿りつく。

 そしてその体に剣を振るった。


 しかし、私の予感は最悪の形で的中することになる。


 黒龍に接近した途端、黒龍がふっと風のように消えた。

 そして次の瞬間……。


「きゃあああぁ!!」


 突風が巻き起こったかと思えば、ルリが十数メートル吹き飛ばされた。

 何度か地面の上を跳ねて、ようやくルリの動きが止まる。

 ぐぐっと力を込めて立ち上がろうとするが、途中で力が抜けたように再び地面に倒れ込んでしまった。


 恐怖、不安、怒り、様々な感情が私の中に生まれ、激情となって私を支配した。


「ルリ!!」


 私は頭が真っ白になった。

 気が付いた時には、その名前を呼びながら、あの子の元へと走り出していた。

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