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第十五話:【女帝】の切り札

 【女帝】が召喚したのは、龍だった。

 逞しい翼を携え、一振りで森を揺らす巨大な漆黒の龍に、俺は乾いた笑みを浮かべる。


「…おいおい、冗談だろ」


 思わず、口からそんな言葉が零れる。


 一目見ただけで分かる。

 あれは間違いなくSランク、それも30レベルを超えているだろう。

 俺達との間には、まさに絶望的な力の差が存在している。


「紹介するわ。アガレス様の力をお借りして生み出した、私の持つ最強の戦力、ファブニールよ」


 神の名を冠する龍か。

 なるほど、只者ではないわけだ。


「今からこの子を高台に向かわせる。それでもまだ、戦うというのかしら?」


 高台には、【女帝】の援軍も向かっている。

 こいつの強さを考えれば、高台にいるルリとシスだけで、その全てを相手にすることはできないだろう。


 だが俺は、頭を過った敗北の道筋を振り払って、不敵な笑みを浮かべて見せる。


「…もし俺が二人を見捨てると言ったら?」


 【女帝】はきっと、プライドが高い帝王だ。

 卑怯ともいえる切り札を出しても、最後には俺に言い訳のできない形で敗北を認めさせたいのだろう。だからこそ、彼女は黒龍を俺ではなく、高台に向けて放つと言った。


 ならば、その形を崩すことができれば、彼女の意表を突くことができるかもしれない。

 

 例えば、あの龍を現時点で俺にけしかけてくれれば、勝利が見えてくる。

 俺とアルスの二人がかりであれば、あの黒龍であっても何とか時間を稼ぐことが可能だ。そして高台の対処をソラ、ミドリ、ラムの三人に委ね、その隙にルリとシスが【女帝】の拠点を落とす。この形が取れれば、勝利は固いだろう。


 そんな希望を抱いての言葉だったが、【女帝】は「ふふふ」と楽し気に笑って、それから無邪気な笑顔で続けた。


「そうね。あなたに天使ちゃんたちを見捨てる覚悟があるのなら、私も打つ手は無かったわ。でもこれだけ戦えば、あなたという人がどんな帝王なのか、少しは見えてくる」


 【女帝】のしなやかで美しい指が、俺を指す。


「あなたは絶対に仲間を見捨てないわ。あなたは配下を、誰よりも大事に思っている。それはスケルトンやゴブリンであっても例外じゃない。特に、これまで一緒の時間を過ごして、言葉を交わしてきたあの子たちを、あなたが見捨てられるはずがないわ。確かにあなたは賢くて、大胆で、凄い能力をもっている。でも、冷徹さはない。それがあなたの致命的な弱点よ、プルソン」 


 【女帝】は静かに、しかし確信した様にそう言った。

 浮かべられたその笑みに、俺は冷や汗をかきながら苦笑する。


「…そのくらい、わざわざ言われなくても、自分で分かってるさ」


 【女帝】の言葉は、もはや言い返せないほどに的確に、俺の弱点を言い当てていた。


 勝利のためならば時に仲間を見捨てる。

 その選択をするために必要な、帝王としての冷徹さが俺には欠如している。


 それが良いとか悪いとか、そんな話に興味はない。

 だが、現状その欠点が俺の勝利を揺るがせていた。


 湧き上がってくる感情のままに口を開く。


「…ここにきて、まさか出し抜かれるとは思ってなかったな」


 俺達はここまでの戦況を完全にコントロールしてきた。

 左の高台の攻防戦、アルスの奇襲、そして俺の単独行動、それらは無事に成功したが、ここで【女帝】の切り札である黒龍に戦況をひっくり返されては、その全てが無に帰す。


 実のところ、俺達は【女帝】が切り札を持っていると予想していた。

 それがSランク中位の力を持っていることも、ある程度の想定として頭に入れてあった。


 俺が焦っているのはひとえに、【女帝】が持っていた切り札が、予想よりも遥かに強大な存在だったからに他ならない。


 【女帝】がSランクの切り札を持っていることは想像できたが、まさか龍種だとは思わなかった。

 龍種は高い知能と戦闘力を有しており、戦闘力に関しては一つ上のランクに匹敵すると言われている。そんな存在を見せつけられておいて、まだ余裕綽々でいられる程俺は楽観主義者ではない。


 【女帝】が【竜帝】と師弟関係にあることを掴めていれば、この事態も予想できたかもしれないが、流石に時間が足りな過ぎたということだろう。

 

「…アルス」


 俺は小さく口角を吊り上げ、隣で唖然と空を見上げているアルスを見やる。

 

 アルスは震えていた。

 当然だ。自分と同じSランクかつ、二倍のレベル差を持つ相手に恐怖しないほうが難しい。

 だが彼女には動いてもらわなくてはならない。


「アルス!」


 俺はアルスの肩を掴んで、語気を強めた。

 我に返ったアルスが、目を丸くして飛び上がる。


「は、はいっす!」


 どこまでも澄んだ翡翠の瞳を覗きこんで、俺は即座に指針を示した。


「三人を連れて、高台の援護に向かえ!  アルス、ルリ、シスの三人が力をあわせれば、あの龍に対抗することができる!」


 あの龍はレベル30のSランク。

 アルス、ルリ、シスの三人が一緒に戦えば、合計レベルで黒龍を上回ることができる。


 【女帝】は、あの龍を高台に向かわせると言った。

 それは嘘では無いだろう。【女帝】が最も作りたい状況は、きっとそれだ。

 ルリとシスを救うため、そしてこの戦争に勝つためには、アルス達が高台へと向かう必要がある。


 だが、そうすると一つの問題が生じる。

 アルスは即座にその可能性に思い至ったようで、泣きそうな顔で俺の手を掴んだ。


「で、でもそしたらご主人が! 自分たちが高台に向えば、ご主人があの二人を相手にしないといけないっす! そんなの……」


 アルスたちがいなくなれば、俺は【女帝】と側近のエルフ二人を相手にしなければならなくなる。そして俺は直接戦闘能力が高い帝王ではない。【配下召喚】で切り抜けるという手もあるように思えるが、Bランク三体の【選択召喚】は回数制限で行えず、かといって低ランクの配下を生み出したところで意味はない。【固有召喚】を行うにしても時間が足りない。仮に二人の猛攻を凌ぎながら召喚を行えたとしても、その後の隙を突かれて終わりだ。


 ……どちらにしても破滅の未来に変わりはない。

 アルスは俺よりもずっと賢い。だからこそ、誰よりも鮮明にその未来を脳裏に描けてしまったのだろう。


 だが俺は、恐怖をぐっと押し殺してアルスの肩を強く揺らす。


「俺はいい! それよりもルリとシスのほうが問題だ! あの龍の危険度をゴブリンで知らせるのは不可能だし、2000もの大軍が向かっている! アルスたちが全員で行かないと、間違いなく崩壊するだろう! それはアルスが一番分かっているはずだ!」


 俺達の想定では、【女帝】が持つ切り札がSランクであっても、ルリとシスであれば食い止められるはずだった。だが、もはやそれは不可能に近くなった。黒龍の力を間近で感じたからこそ、俺にはそれが分かった。


「……でも!」

「こうなった以上、もう打てるてはそれしかない」


 泣きそうな顔になったアルスを励ますために、俺は精一杯の笑顔を見せる。

 いや、格好つけてはいるが、俺は自分を奮い立たせたいだけなのかもしれない。


 だが、それでも良かった。


「アルス、これは帝王としての命令だ。お前にしか任せられない重要な仕事だ。引き受けてくれるな?」


 俺は今まで、一度も命令をしたことがない。

 帝王と配下、その構図が好きではないからだ。


 だが、俺にも譲れないものがある。

 このまま何もできずに、ルリとシスを失うのは嫌だった。


 俺はじっと、アルスの瞳を見据える。

 悲しみ、迷い、恐怖、様々な感情と共に、アルスの目に涙が浮かんだ。

 しかし彼女は、それを振り払って決意したように顔を上げる。


「…分かりました。でもご主人」


 じっと俺を見上げて、アルスが言う。


「絶対に死なないでください。あの龍を倒して、絶対ご主人のところに戻ってくるっす!」

「ああ。そうしてくれると助かるよ。……行けっ!!」


 俺がそう叫ぶと、アルスたちは即座に動き出した。

 それと同時に、【女帝】も龍に命令を下す。


「ファブニール! 行きなさい!」


 翼を一度はためかせて、黒龍は天へと昇る。

 きっとルリたちがいる高台に向けて動き出したのだろう。


 それを何もできずに見送ることしかできない自分を不甲斐なく思いながらも、俺は汗を拭って【女帝】に視線を向けた。


「…さて、どう切り抜けたもんか」


 黒龍はアルス達に任せるしかない。

 俺は、俺のやるべきことをやるだけだ。

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