第十四話:想定外
エルフのミドリ、天使のソラ、ヴァンパイアのラムの活躍で、開戦から僅か数分で【女帝】の別動隊は姿を消した。
太鼓の演奏を終えた俺は、帰ってきたの三人を見やって笑う。
「みんなお疲れ様」
「マスターもお疲れさまでした」
涼し気な顔でミドリが答え、ソラとラムも淡々とした様子で頷いた。
「さっそくで悪いんだけど、みんなで移動して中央の部隊を叩こう。今はアルスが奇襲して足止めしてるけど、できれば早めに合流して中央部隊を叩き潰したい」
いくら戦上手と言えど、アルスに預けたのは百体だけだ。千体を相手にするには少し戦力的に厳しいものがある。だがそこにこの子達が加われば、何も問題はないだろう。
「了解。早く行こう」
「そうですわね」
右の部隊を潰した俺達は、急いでアルス達の援護に向かう。
♢
中央の道へ到着すると、そこには毒で行動不能になった無数の敵兵が転がっていた。
俺達の元に、アルスが駆け寄ってくる。
「ご主人! 作戦はうまくいったんですね!」
「ああ。アルスたちのおかげでな」
「その子たちは?」
アルスの目が俺の背後に向いた。
「今回の右軍殲滅の立役者だ。エンジェルのソラ、ハイ・エルフのミドリ、ヴァンパイアのラム。……アルスの妹だよ」
「なるほどっす! みんな初めましてっす。自分はアルス。ご主人の懐刀っす」
自己紹介を済ませたアルスに、俺は周囲の状況を確認しつつ声を掛ける。
「さてアルス。俺達も来たことだし、さっさと中央軍も討ち取りたいんだが…敵はどこだ?」
彼女達の援護に、そう思って駆け付けたのだが、辺りに敵の姿がなかった。
もしかしたらアルス達が殲滅してしまったのか、とも思ったが、さすがにそれは不可能だろう。
そう思って問うと、彼女は少し困惑した顔で答える。
「それが、もう既に撤退してしまったんです」
「…なに?」
少し想定外の事態だ。
俺はてっきり、【女帝】は中央部隊を戦わせ、その間に高台に向かうと思っていた。作戦会議で少し予想した限りでは、アルスもそれに近い意見を持ち合わせていた。
しかし、実際はそうではないらしい。
「…まぁ、無駄な犠牲を嫌ったってところか」
【女帝】は悪い人ではない。おそらく仲間を大切に思う、俺と似た考え方を持つ帝王だ。そういった考えのもと動いた可能性は大いにある。
ただ、俺の直感は警戒を強めていた。
その違和感のまま、口を開く。
「…だが、それだけじゃないだろうな。きっと【女帝】には何かある」
「自分もそう思うっす。もしかしたら切り札的なものを出してくるかも知れないっすね……」
俺とアルスは、互いに少しだけ思考に意識を費やす。
すると、少しだけ既視感のある現象が起こった。
俺達の周囲に穏やかな風が吹き、やがて前方の樹の上から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「まさか、そこまで読まれていたとは驚きね」
木の幹に腰掛けていたのは、黄金髪の吸血鬼。
赤い目をした勝気な少女だった。
アルスが、腰に携えていた剣を抜いて叫ぶ。
「【女帝】!」
俺達の前に現れたのは、今回の対戦相手である【女帝】だった。
だが、彼女が拠点を捨ててここまで来た理由が分からない。
こんな状況は、戦争前の作戦会議でも予想できなかった。
「プルソン、あなたは強いわ。新人の中でも頭一つ抜けてる。これから時代を背負って立つ帝王になる資格を持った人だわ」
想定外の事態に困惑している俺に向って、【女帝】が疲れたように笑う。
俺は困惑を悟らせないように、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。
「そりゃどうも。それで、わざわざ拠点を捨ててこんな所まできたのは、そんなことを言うためなのか?」
「ふふ。たしかにそれもあるけれど、本来の目的は違うわ。私は警告に来たのよ。高台にいる天使ちゃんたちを死なせたくないのなら、今すぐに降参しなさい」
【女帝】の口から飛び出した言葉に、俺は思わず目を丸くしてしまう。
「なに?」
「今、私の全ての軍が、あなたの大切な仲間のもとへ向かっているわ。数が減ったとはいえ、総勢2000はいる」
【女帝】が何を考えているのか分からないが、そうであっても俺のやることは変わらない。
「そんな口車に乗せられると思ったのか? たかが2000くらい、俺の仲間なら軽く葬ってくれるだろうさ。これまでの戦いと同じようにな」
俺はルリとシスを信頼している。あの二人なら、例え敵が2000体であっても、問題無く高台を守り切るだろう。それに俺の拠点を狙う部隊を滅ぼした今、もはや揺動である高台に固執する理由はない。二人には適当な所で撤退させれば、被害は最小限に抑えられるだろう。
「そうね。この戦いで、私は完全にあなたに出し抜かれてしまったわ。2000という兵力であっても、天使ちゃんたちならきっと弾き返すでしょうね」
【女帝】もそれは承知のようだった。
それにも関わらず、彼女の目には確信がある。
俺を見やった【女帝】は、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「でもね、プルソン。あなたは一つだけ読み違えたわ」
「なに?」
「…私は【竜帝】アガレス様の弟子。世界最強たる血を受け継ぐもの。その力をあなたは知らない」
【女帝】が【竜帝】と親し気だったので、そういった関係もあるだろうと思っていたが、やはり師弟関係だったらしい。だが、今それを言ったところで、無意味であるということを彼女は理解しているのだろうか。
「そうか。だが例えそうだとしても、今回の戦争で支援はできないだろう。それを決めたのは、他でもないアンタの師匠だ」
俺は挑戦的な言葉で【女帝】を挑発する。
しかし彼女は、小さく不敵な笑みを浮かべた。
「そう。やっぱりあなたは知らないのね」
それは決して、諦観の類ではない。
明らかに何かを喜び、俺を出し抜いたと確信した笑みだった。
それを視認した瞬間、チリチリと首筋を何かが掠めるような、嫌な予感がした。
「帝王は弟子に対して、一度だけ力を施すことができるの。それを使って生み出された存在は、本来新人が手にして良い戦力に収まらない」
「まさか…」
俺の言葉に、【女帝】は淡く笑う。
「そう。私はあなたを認める。あなたを同格以上だと認めるからこそ、敬意を込めて、私の切り札を使わせてもらうわ!」
【女帝】が首から提げていた豪勢な笛に手をかける。
その行動に危機感を覚えた俺は、即座に叫んだ。
「アルスっ!!」
「了解っす!!」
俺の隣にいたアルスが、凄まじい加速で飛び出す。
彼女も【女帝】の行動の危険度を察知しているのだろう。
あれは間違いなく、その切り札に関連する何かだ。その使用を放置しておくことは最も愚策であり、今成すべきことは、決まっている。
それはつまり、【女帝】がその切り札を使う前に、全力をもって彼女を仕留めること。
アルスが放った神速の一撃が、【女帝】の喉元に迫る。
これならば、彼女が切り札を使う前に戦争を終わらせられる。
だが、そう考えるのは早計だった。
その場に、ガキンという硬質な音が響く。
アルスの顔が悔しさに歪んだ。
「…速い。ですが剣筋が素直過ぎますね」
アルスの剣は【女帝】に届く前に、彼女の後方から現れたエルフの風刃によって受け止められていた。アルスの剣を正面から受け止められたということは、彼女はおそらく【女帝】の側近だろう。今まで木々を利用して潜んでいたのか。
「…やっぱり一人で来る訳ないよな」
「ええ。この子はリリス。私の信頼できる仲間よ」
もはや【女帝】を止める術はない。
俺は小さく舌打ちをし、【女帝】は笑みを深める。
やがて彼女は、覚悟を決めた顔で叫んだ。
「…来なさい、ファブニール!」
その名を口にした瞬間、握りしめた笛がゆっくりと光を放つ。
そして遥かな上空に黒色の光が生まれた。
次の瞬間。
俺達の頭上に、黒い何かが降りて来た。
姿を現したそれは、俺達の頭上で叫ぶ。
『GGAAAAAA!』
その巨大な咆哮が、俺達を魂から凍り付かせた。




