第十三話:【女帝】動く
~【女帝】ルシアーノ視点~
リリスからもたらされた報告に、私は目を丸くした。
「…今、何て言ったのかしら?」
私の言葉に、リリスが震える声で報告を復唱する。
「さ、左軍との交信が突如途絶えました。最後の報告には【芸帝】が三体の配下と共に現れたと、そう一言だけ……おそれながら撃破されたものと思われます」
高台にいたはずのプルソンが、なぜか突如現れて左軍を撃破した。
その情報にリリスは驚愕し、私も言葉を失う。
攻めに使った全ての部隊が、見事にその牙をもがれてしまった。
一つは高台の守りに、一つは森の中での奇襲に、そして一つは、たった一人で現れたプルソンに。
思わず、片手で目元を覆う。
「ありえないわ。こんな状況…」
プルソンの力を見誤っていたからだろうか?
こちらの攻撃力を過信したから?
相手の情報をさらに詳しく収集しなかったから?
情報を見落としている可能性に気が付けなかったから?
…恐らく、その全てだ。
プルソンは見事に私を誘導して、半分以上の戦力を削り取ったのだ。
「ルシア様…」
心配そうに呟いたリリスの声で、私は正気に戻った。
私は帝王だ。この子達の前で情けない姿は見せられない。
私は自らのミス、そしてプルソンの強さを改めて認め、顔を上げた。
「いや、現実逃避はやめましょう。一体どうしてこうなっているのか、改めて考えるわ」
まず、各個撃破する作戦を全軍に伝え、左の高台に向けて出発した。
ここまでは私も情報を得ていたし、その通りに進んでいた。この時点では、まだ部隊は分かれていなかったのだろう。
だが、そこから私の予想が大幅に外れた。
まずプルソンは途中で部隊を二つにわけ、天使二人に高台を任せた。その際、全軍で高台に居座っていると思わせるために、ダミーを置いたのだ。そうだとすれば、最初から全員が同じ黒マントを装備していた理由にも説明がつく。
そしてあの高台まで、こちらの魔力感知が届くことはない。だから高台に布陣させた部隊の一部がダミーであることを、私達は見抜けなかった。
そして彼は人知れず、人間の少女と共に来た道を戻り、中央と左軍に対応した。
これが恐らく、今回のプルソンの動きだろう。
だが、私にはどうしても分からないことがあった。
それは、一体どうやって来た道を戻ったのか、ということだ。
道を動いたのなら、こちらの部隊が先に気が付くはずだ。
だがプルソンは、こちらの監視部隊の目を搔い潜って遠く離れた道に現れている。
どうやって私の目を盗んで移動したのか。
それが分かっていれば、きっと今回のようにはならなかっただろう。
「…道はずっと監視していたし、一体どうやって……」
ふと、とある予感が頭を過る。
「リリス。この戦場の地図を用意してちょうだい」
「はっ!」
そして映し出された地図をじっと眺めて、私は初めてプルソンの思惑に気が付いた。
異動に使われたのは、道では無かったのだ。
私は先入観に囚われ、”そこ”に注意を払うことができなかった。
「そういうことね…」
私は苦笑する。
彼は防衛の要である河川を、あろうことか奇襲に活用してみせたのだ。
「…まさか!」
私と同じく、プルソンがとった行動に気が付いたリリスが、目を丸くする。
「あなたも気が付いたようね。プルソンはきっと、川を下ったのよ。それも私達にばれないように、水の中を泳いでね。そして恐らく、彼が高台でこちらの戦力を味方に引き込んでいたのは、移動した先で戦力を展開するためだったのよ」
ここにきて、私は彼の作戦を完全に理解した。
高台の防衛と戦力の増強を同時に行い、中央の部隊を奇襲して打撃を与え、そしてプルソンが自ら部隊を率いて一部隊を滅ぼす。分かってみれば、とてもシンプルな作戦だ。
だが、作戦を今、このタイミングで決行するのか。
高台の防衛、新たな配下の確保、こちらの中央部隊への奇襲、そして川下り。
全てが成功しなければ、作戦は破綻する。そして相手は新人最強といわれた【女帝】だ。
「…本当に凄まじい男ね」
プルソンへの言い知れぬ感情に、私の体が震える。
これは紛れもない、戦慄の感情だ。久しく忘れていた恐れを、私の本能が思い出していた。
脳裏にアガレス様の言葉が蘇る。
『【芸帝】は怪物だぞ』
なるほど、確かに怪物だ。
【芸帝】プルソンは私が思っているよりも遥かに強かった。
【運帝】様を助けるためだけに、あの五人に挑む事を躊躇わなかった胆力は伊達ではない。
「…もはや、残された道は一つしかないわね。リリス、中央軍に後退の指示を。そして後方部隊に、前進して高台へ向かうように伝えなさい
私の命令に、リリスが驚いたように目を見開く。
「ルシア様! まさか!」
「ええ。あの子を呼ぶわ。今回の戦いは絶対に負けられるないの。あなた達を、そして私のために尽くしてくれたみんなを失わないためにね」
私の最強最高の切り札。
あの子を呼べば、もはやプルソンであっても太刀打ちはできないだろう。
自分よりも年下の帝王、それも生まれて三ヵ月の帝王に、余りに過剰な戦力をぶつける。
それが卑怯なことは自分でも分かっている。
だが私は、そうしてでもこの戦争に勝ちたい。勝たなくてはならない。
そのためであれば、どれだけ罵られようとも私はこの力を使おう。
「さあ、行くわよ。プルソンのもとへ」
反則級の力を使う決意を新たに、私は拠点を離れた。
プルソンにその力を見せつけ、その行動を限定するために…。




