第十話:プルソンの策
~プルソン視点に戻る~
仲間達に後を託して、俺は配下のゴブリン一体と共に行動していた。
わずかに小高い丘の頂上で、俺は”それ”を見つける。
「…あった。ここが右側の道だ」
眼下に、開けた石造りの街道が見えてくる。
地図で見た、互いの拠点を結ぶ三つの道の一つだ。幅二十メートルほどの大きな道で、これが俺の拠点まで伸びている。
丘の上で息を潜めていると、俺に続いて丘を登ってきたゴブリンが、地面に〇の文字を書いた。
「そうか。それは重畳」
作戦が順調に推移している合図だ。
どうやら【女帝】は俺の思惑に嵌ってくれたらしい。
「それに、みんなも頑張ってくれてるみたいだな」
スケルトン一体、ゴブリン二体、リザードマン二体で構成された部隊。
俺が最初期の段階で生み出し、レベリングを続けさせてきた精兵も、全て仲間に預けてきた。
スケルトンとゴブリンは平均40レベル、リザードマンは平均30レベルであり、それぞれが二つ上のランクと同等の力を持っている。
だが、それでも敵とのランク差は確実に存在している。
左の戦場、そして中央の街道で敵に有効打を与えることができたのは、ルリ、シス、アルスが優秀であるからに他ならない。左の戦場ではルリとシスが力を合わせて、敵部隊の指揮官を倒してくれたようだ。この功績は本当に大きく、これで戦況が大きくこちらに傾くことは間違いないだろう。
圧倒的な兵力差故に、一人一人にかなりの負担を強いる結果になっているが、三人とも完璧に仕事をこなしてくれている。
だから、次は俺の番だ。
俺は連絡係としてついてきてくれたゴブリンに向き直って微笑む。
「連絡ご苦労。お前もすぐにアルスの部隊に合流してくれ。今は一人でも多くの精兵が欲しい筈だ」
俺の言葉に、しかしゴブリンは若干迷う様に項垂れる。
きっと、俺の身を案じてくれているのだろう。喋れなくとも、何を言いたいのかある程度分かる。
「そう心配するな。全ては作戦通りにいっている。だからお前も、自分の役割を果たしてくれ」
そう力強く宣言すると、ゴブリンは深く頭を垂れて去って行った。
やはり彼らはアルスたちと違って、俺を純粋に創造主だと認識して動いている。
帝王の仲間がほとんど「配下」と呼ばれるのは、こういった関係性が強いからだろう。
「さて、そろそろ行くか」
去って行くゴブリンを見送って、俺は小さく呟く。
これから1000という膨大な敵が、俺の拠点を落とさんとこの道を通るだろう。
俺が一人でこんな所にいる理由。
それは、奴らを止めるために他ならない。
今回の作戦は、非常にシンプルなものだった。
慎重な【女帝】が三つの部隊で攻め込んでくることは予想できていたので、それぞれに対応することで連携を乱すことを主軸として作戦を組んでいた。
脳裏に、戦争前に仲間たちと交わした言葉が蘇ってくる。
『ルリとシスに200、アルスに100を任せる。ルリとシスの部隊は左方の高台を占拠して、できる限り相手の戦力を削ってくれ。その中で敵の優秀そうな配下を捕縛、今回の戦争が終われば【女帝】の元へ帰れること、そして解毒を条件としてこちらに引き込んでくれ。アルスは遊撃隊として身を潜めて、ルリとシスの戦闘が始まり次第的確に対応を頼む』
『そうすると右側の街道ががら空きになりますよね。どうするんですか?』
シスの問いに、俺は軽い口調で答えた。
『そっちは俺が行こう。俺が単身で、右の1000を抑える』
『なっ!?』
『お父様! さすがにそれは無茶なの!』
1対1000。
Sランクであるとはいえ、俺は戦いが得意な帝王ではない。
普通に考えたら自殺行為だ。
だが俺は、その言葉に微笑んで見せた。
『…大丈夫だ。心配しなくても良い。何も正面から戦おうとは思ってない。それに……』
そして俺は、娘たちがゾッとしたような、そんな顔をするほど冷ややかな笑みを浮かべてこう続けた。
『俺はこれでも【帝王】だ。たかが千体程度なんで、どうにでもできる。攻め込んでくる残りの2000体を、みんなが抑えてくれさえすればね』
そうして始まった戦争は、今や俺の作戦通りに進んでいる。
無意識の内に、挑戦的な笑みが浮かんだ。
ふと、俺を見下してきた、全ての帝王の嫌な視線が蘇る。
「…きっと、この戦いを見てる奴らは笑ってるんだろうな」
【三流帝王】が、分不相応にも単身で【女帝】の部隊に挑まんとしていると。
だが、愚かな彼らは知らない。
俺が確かな勝算をもって、この場に立っているということを。
そして、俺を警戒している帝王であっても、殆どの者が気が付かない。
なぜ俺が、敢えて敵の優秀な配下を捕縛したのか。『戦争後に【女帝】へと返還する』という条件をつけてまで、こちらの陣営に引き込んだのかを。
「…ここで切り札の一つを使う事になるが、それはまぁ仕方ないよな」
【芸帝】である俺の本来の力、まさに伝統芸能と呼ぶに相応しい切り札を、今回の戦いで使用する。
「……アルスの予想だと、敵の到着まであと五分くらいか。……まぁ、見てるがいいさ。お前達が馬鹿にした【芸帝】の力をな」
俺はそう呟きつつ、口角を吊り上げて【帝王録】を開く。
そして右の部隊を抑えるための準備を始めた。
♢
俺は【帝王録】を開いて、迷いなく【選択召喚】の項目へと移行する。
そしてそこに記された情報に、ゆっくりと笑った。
「…ルリとシスは、ちゃんと仕事をこなしてくれたみたいだな」
【選択召喚】には、今回の戦いの中で獲得した、新たな配下のデータが記載されていた。
その数は、全部で三種類。
これはルリとシスが高台で捕縛してくれた、Bランクの【女帝】の配下だ。
俺の生み出した猛毒兵器に耐えうる力を持っているのであれば、それは高ランクの配下である証。それを目印にして勧誘させたが、成功だったようだ。
俺は二人に高台の防衛を任せると同時に、解毒と条件を用いて敵兵をこちらの軍勢に引き込んでいた。理由は単純で、【選択召喚】可能な種族を増やすためだ。
はじめて見た時には何もなかった【選択召喚】のリストに、新たに三つのデータが入力されている。
本当なら高台や奇襲で倒した【女帝】の配下のデータも手に入れたかったが、どうも戦争中に倒した相手はリストには乗らないらしい。
それは当然といば当然だ。
なぜならそれが許可されれば、派閥の中で八百長の戦争をするだけで、誰でも簡単に戦力を増やせすぎてしまう。そんなものを戦争のルールとやらを決めた帝王が許すとは思えない。
実際その通りで、今回の戦争で倒した敵の情報は【選択召喚】には記載されなかった。
だが、配下になれば話は別だ。
一度俺の仲間になってしまえば、例え戦争後に【女帝】の元へ戻るとしても、【選択召喚】にデータは残る。俺はその事を利用して【女帝】が持つBランクの魔物を召喚する術を獲得していた。
少しずるいかもしれないが、俺は新米帝王だ。このくらいは許してほしい。
「…さて、始めるか」
俺は【帝王録】に新たに記載された全てのBランク配下を選択し、一気に召喚する。
魂から大量のEPが放出され、新たな仲間達が生まれる。
Bランクの配下を生み出すために必要なEPは、およそ一万から一万五〇〇〇。
今回の召喚では三人を召喚し、合計4万弱のEPを消費した。
俺は光と共に現れた、三人の仲間達を見やる。
「初めまして。俺が君達を召喚した【芸帝】プルソンだ。早速で悪いけど、みんなの種族と名前を教えてくれるか」
俺の言葉に、三人がゆっくりと顔を上げる。
「はい。私の名はミドリ。世界を守護する者。種族はハイ・エルフです」
まず翡翠の長髪と瞳、そして長い耳が特徴のエルフの女の子がそう言う。
「私はソラ。種族はエンジェル」
それに純白の羽を携えた天使が続き。
「わたくしはラム。誇り高きヴァンパイアですわ」
最後に、鋭い犬歯と雪の様な白い肌が特徴的な吸血鬼がそう言った。
「ミドリ、ソラ、ラム。これからよろしく頼むよ。それじゃあまり時間もないから、これからみんなにやってほしいことを説明する」
俺はそう前置きをおいて、考えていた作戦を簡潔に説明した。
「……っていう作戦なんだけど、行けそうか?」
「問題ありません。全てマスターの想定通りにいきます」
「イエス。ソラもそう思う」
「余裕ですわ。それにしても面白いことをお考えになりますのね」
くすくすとラムが笑う。
「まぁ俺は【芸帝】だからな」
俺は肩を軽く回して、気を引き締める。
「さて、もう敵部隊はすぐそこまで来ている。早速始めよう」
俺の言葉に、三人が真剣な顔つきで頷いた。




