第九話:ルリの強さ
弓使いだと思い込んでいた敵指揮官シリルは、双剣と弓を操る強敵だった。
フェンちゃんの上から剣を振るっている私の攻撃に対して、彼女は素早く、正確な連撃で対応してきた。
それどころか、今では私が押されている。
その理由は明白だった。
「…まずいのっ」
今も、彼女の攻撃が顔を掠め、左頬にわずかな痛みが走る。
シリルが武装変更してからというもの、私が一方的に彼女を押し込むことができなくなった。彼女が時折幻術を混ぜたり、双剣を弓に戻したりして戦ってくるからだ。
その変則的な戦い方は、私の知識にはない。
未知の相手との戦いなので、苦戦を強いられるのは当然といえば当然だ。
だけど馬上ならぬ狼上の有利があるにも関わらず、私を圧倒しているのは、やっぱり根本的なレベル差と彼女の技術の高さが影響しているんだろう。
何度か双剣と打ち合った後で、シリルが一度大きく後ろへ跳んで距離をとった。
彼女は双剣を体の前で構えなおして、余裕を感じさせる立ち振る舞いで口を開く。
「あなたは強いわ。だからこそ、私との間に絶対的な力の差があることが分かるはず。これ以上戦っても勝ち目はないのだから、大人しく降参なさい。そうすれば苦しい思いをせずに済むわ」
シリルの持つ金色の瞳が、じっと私を射抜く。
彼女はレベル30のAランク。それに対して私はレベル12のAランク、特性によって強化されているとはいっても、根本的な強さで見ればシリルには及ばない。シリルからすれば勝って当然の戦いなのだろう。だからこそ、有利な戦いの最中なのに距離をとって私に話しかけて来た。
私は肩を上下させながら、必死に空気を吸い込んで呼吸を整える。
「そんなこと分かってるの。でも私はお父様の矛。戦わないで降伏なんて真似できるはずないの」
シリルは強い。
だがそんなことは戦う前から分かっていた。
それでも私には、お父様の矛としての誇りと、最後まで戦う覚悟がある。
シリルがやれやれと苦笑した。
「強情な子ね。私は経験でもレベルでもあなたを上回っているわ。あなたの力は見事なものだけど、全力を出しても私には敵わなかったじゃない。これ以上何をしようというの?」
彼女の言葉は全面的に正しい。
私はありとあらゆる特性を駆使して、シリルと戦っている。
それはまさに、最大限の力を発揮しての戦いだった。
だけどシリルは一つだけ、大きな勘違いをしている。
そしてそこに、私は活路を見出した。
私は小さく笑みを浮かべて、口を開く。
「…確かに、あなたの力に私は圧倒されてるの。特性も力も、限界まで使ってこれまで戦ってきた」
シリルが困惑した様に眉を潜める。
私は彼女の瞳をまっすぐ見つめ返して、そしてゆっくりと笑った。
「だけど私は、これが全力なんて一言も言ってないの」
まるで先ほどのシリルのように、いたずらっぽい笑顔でそう言うと、彼女は一瞬にして答えに行きついたようだった。「まさか!」と慌てた様子で地面を蹴るが、会話のために距離を開けたことが裏目に出た。
どうして私が彼女を追撃せずに、わざわざ会話に乗ってあげたのか。
それは私の切り札を解放する時間が欲しかったからだ。
私は胸に手を当てて、心臓から湧き出してくる力を解放するように叫ぶ。
「【固有能力:天界の英雄】発動!」
そう口にした瞬間、私の体を白色の光が包み込んだ。
固有能力【天界の英雄】の効果はシンプルなものだ。
使用者と聖属性の配下の能力値に補正(大)、という戦闘特化の能力。
しかし、だからこそ固有能力を発動した私は強い。
この力のおかげで、私は一時的に、一人でもSランクと同等の力を発揮できるようになる。
カチッと、私の中で何かが切り替わる音がした。
それはきっと、存在が一段階上昇した音。Sランクという規格外の存在に昇った音だ。
もはやシリルと互角か、それ以上の力を持った存在になったことが直感で理解できた。
私の動きを止めようと、シリルが双剣を携えて全力疾走してくる。
だけど、私の目にはその動きが止まって見えた。
シリルがゆっくりと、剣を振り下ろす。
「…遅いの!」
私はそう叫んで、地面を蹴った。
シリルの剣が虚空を切り裂き、その間に私は残像を引き連れて縦横無尽に戦場を駆けまわる。
幻術も魔法も使っていない、正真正銘、身体的な技術だ。
だけど、たったそれだけで、シリルは私を見失った。
私のレベルは変わっていない。つまりそれだけ、SランクとAランクでは根本的な力に大きな差があるのだ。
これまでの余裕の一切が無くなった顔で、シリルは驚きと共に声を張る。
「…なんて速さなの!? あなた、本当にAランク!?」
私はその問いに答えない。
この戦いは、全ての帝王に観戦する権利が与えられている。
私がSランクであることは明かさないようにと、お父様から忠告を受けていたからだ。
その代わりに、私は宣言する。
目の前のシリルだけでなく、この戦いを見ている全ての者に。
「みんな大事なことに気が付いてないみたいだから、教えてあげるの」
移動速度が速すぎて、シリルには私の声がそこら中から聞こえるように感じられるだろう。
「私は最強の矛の一翼を担う存在なの。だから私は、あなたよりも強い」
そしてその言葉を最後に、私は勝負を終わらせにかかった。
シリルの周囲を走るのをやめ、彼女に向って全力で走る。
私の突撃に気が付いたシリルは急いで双剣を構えようとするが、私はその腕が上がる前に剣を振るった。
「【燕返し】!」
私の剣が、Vの字を描くようにしてシリルの双剣を吹き飛ばす。
大きくのけ反った彼女に向って、私は最後の攻撃準備に入った。
「これで終わりなの……」
大きく息を吸い込んで、静かにその技の名を告げる。
「【横一文字】」
お父様から教えてもらった、最速最強の横薙ぎの一撃。
それを放った瞬間、世界が止まって見えた。
私の剣がゆっくりと動いて、シリルの首元へと吸い込まれていく。
「……ふふ……私の完敗ね……」
やがて彼女が淡く笑って、それから満足気な笑みを浮かべて目を閉じた。
彼女から放たれていたわずかな殺気と、漲っていた闘志が霧散していく。
「…はっ!!」
その瞬間、私は剣を振るう手に力を込めた。
彼女を殺す為ではなく、守る為に。
辺りに旋風を巻き起こした私の剣は、シリルの首元でぴたりと止められていた。
目を開けたシリルが、困惑した様に呟く。
「…あ、あれ? 私、生きて……?」
自分の体と私の剣を交互に見て目を丸くしたシリルから、私は剣を引く。
そして銀色の細剣を腰に提げていた鞘に納めて、ふうっと息を吐いた。
「お父様から、戦意を無くした相手は殺さないようにって言われているの。あなたは最後、自分の敗北を受け入れた。だからこれ以上は攻撃しないの」
シリルは最後の最後で、自分の敗北を受け入れた。
だから私はお父様の言いつけ通り、彼女を殺さなかった。
「まだ戦う気があるなら付き合うの。あなたは……どうするの?」
私の言葉に、シリルは一瞬だけぽかんと口を開ける。
それから両手を上に上げて、「あはは」と楽しそうに笑った。
「私の完敗よ。まさか生まれて間もないルリちゃんに負けるなんてね。何か私に望むことはあるかしら?」
敗者の生殺与奪は勝者に委ねられる。それが帝王同士の戦争の常識だ。
私はあらかじめシスたんから言われていた通りに、戦いの処理を済ませる。
「それなら、この戦争の間だけでいいから【女帝】ルシアーノ様の部隊から離脱してほしいの。戦争が終わったらちゃんと戻れるようになるから」
敵部隊の指揮官である彼女がいなくなれば、敵は混乱して砦の攻略にも時間がかかるだろう。
そのことを理解しているシリルが簡単にこの要求を呑むか不安だったが、どうやら心配しすぎだったようだ。
「分かったわ。ルリちゃんの命令に従うわ」
シリルはそう言うと、離れた位置で戦いを見守っていた部下達に声を掛ける。
「ということで、これからの事はあなた達に任せるわ」
振り返った先にいた敵兵たちは、明らかに動揺する。
「そ、そんな!? シリル様それはあんまりです!」
「あなた抜きで、これから一体どうしたら…」
「ルシア様に対する忠義はその程度なのですか!?」
最後に【女帝】に対する忠誠心を問われたシリルは、少し不服そうな顔でそちらに向かって歩き出した。そして真っ青な顔をした部下達を怒鳴りつける。
「もう! だって仕方ないじゃない! 私はルリちゃんに負けたの! 私に拒否権はないわ! それに、あなた達だって私にばかり頼っていては成長できない! 今回をいい機会だと思って成長なさいな!」
それだけ伝えると「全く」と呆れた様子でシリルがこちらに戻ってきた。
その姿を見て、少しだけ笑ってしまう。
どうやらシリルも腹を括っているようだ。
その姿を見て、私は一つの疑問を思い出した。
「そういえば、何で【女帝】ルシアーノ様はお父様に戦争を挑んだの?」
帰ってきたシリルに問うと、彼女は少しだけ考えた後で、言葉を選んで答えた。
「…多分だけど、ルシア様は【芸帝】プルソン様を派閥に引き入れたいんじゃないかしら。だから今回の戦争にも全力で挑んでいる」
私をチラリと見やったシリルが、ニヤリと笑う。
「それと一つ教えてあげるけれど、今ルシア様率いる別動隊が、あなた達の拠点を落とすべく向かっているわ。あなた達はすぐにでも拠点に引き返すべきよ。たとえ高台を占拠される結果になってもね」
その報告に、私は目を見開く。
だけど、それからお父様の顔を思い浮かべて首を横に振った。
「それなら問題無いの」
「え?」
私の答えがよっぽど予想外のものだったのか、シリルが素っ頓狂な声を上げる。
「だってお父様は、そんなのとっくにお見通しだからね」
私はそう笑って、シリルの手をぐっと引いて動き出す。
そして困惑した様子の彼女を連れて、高台にいるシスたんの所まで戻る。
その道中で、私は遥か遠い空を見上げながら呟いた。
「…お父様。私やったよ」
私を信じて、この場所を任せてくれたお父様を思って。




