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第八話:【双剣弓】シリル

「反撃だよ! フェンちゃん!」

『ワオン!!』


 Aランク上位相当の肉体能力は伊達ではなく、私を乗せたフェンちゃんは、あっという間にシリルとの距離を縮めていく。するとシリルは、矢を三本つがえて弓を弾き絞った。

 そして片目を細めて、その全てを同時に射出する。


 驚いたことに、その三本は全てが違う軌道を描いて私たちに向って来た。

 一本は正面から、もう一本は回り込むように、そして最後の一本は私達が回避するであろう場所を塞ぐようにして飛来する。


 どこに回避してもいずれかが命中する、嫌な攻撃だ。

 だからこそ、フェンちゃんは回避せずに直進する道を選ぶ。

 そして飛来する攻撃は、すべて私が叩き落した。


 これには流石のシリルも、わずかに目を見開く。


「驚いた? これは曲芸【矢落とし】なの」


 私の言葉に、シリルは楽し気に笑いながら距離を取るべく走りだした。


「曲芸ね。…ふふっ。まさかそんな技まで使うとはね」


 私はシリルを追いかけながら、その声に反応する。


「当然なの。だって私は【芸帝】の配下。曲芸だって完璧に使いこなせるの」


 異なる軌道から飛来する矢を、殆ど同時に撃ち落とす。

 かつて名も無き武芸者が生み出した曲芸を、私はこの戦場で再現して見せた。

 私の特性≪剣王≫には、あらゆる剣術を習得できる効果がある。対象が曲芸であってもそれは例外じゃない。


「なるほど……ねっ!!」


 そんな気合の入った声と共に、シリルは次々に矢を放ってくる。

 その数は全部で六本。

 私はその軌道を見極めると、それを叩き落していく。


 次々と矢を撃ち落とし、私は再びシリルに肉薄しようと動く。


「これで全部撃ち落としたの! 今度はこっちの番なの!」

『ワオン!!』


 矢を叩き落して攻撃に転じようとすると、フェンちゃんがいきなり私の命令も無くその場を離脱した。

 急激な回避行動をとったフェンちゃんから振り落とされないように、その背中にしがみつきながら、私は驚きと共に声をあげる。


「ちょっとフェンちゃん! どうして逃げるの!」

『ワオン!!』


 私の疑問に、フェンちゃんはただ一度だけ吠える。

 そして何かから逃れるように、ジグザクに走って回避を続行した。

 

 きっとフェンちゃんは、私には感じ取れなかった何かを見たのだ。

 フェンちゃんの視線を追って、私はさきほどまでいたシリルに近い地面に目を向ける。


 そこには、無数の矢が突き刺さっていた。

 その光景に、私は目を見開く。


「まさか、不可視化の魔法!?」

『ワオン!!』


 『当たりだよ!』という声が、フェンちゃんから聞こえた気がした。

 私の声に、シリルがやれやれと残念そうな顔をする。


「せっかく見える矢にだけ意識を集中させるように撃ってたのに、優秀なワンちゃんのお陰で全部バレてしまったわね。もう隠す必要もないから教えてあげるけど、私には不可視化に特化した【固有能力】があるわ。それを発動している以上、私の矢を全て捉えるのは不可能よ」


 私は次の攻撃行動に気を取られ、それに気が付けなかった。

 フェンちゃんがいなければ、私はあの攻撃で深手を負わされていただろう。


「厄介な【固有能力】なの!」


 私にはシスたんとは違って、敵の魔法を見破る力はない。

 何か良い方法を探りたいところだが、シリルもそう長くは考えさせてはくれなかった。


「いくわよ!!」


 シリルは私とフェンちゃんに向き直ると、さっきと同じように、数本の矢を同時に放ってきた。

 私が指示を出すまでもなく、フェンちゃんは即座にその攻撃に反応する。


 右に大きく飛びのいて一本目の矢を回避すると、続けざまに飛来する矢を次々に躱していく。

 大きくジャンプしないように、フェンちゃんは地面を這うようにして矢を回避していった。

 時々不可視化された弓が地面に突き刺さり、私の背筋を冷たいものが流れ落ちていく。


 フェンちゃんは辺りの空気の変化でその軌道を感じ取っているようだが、それでも限界はある。

 やっぱり防戦一方ではダメだ。いつかやられてしまう。


 シリルの攻撃がひと段落した所で、私は声を張り上げた。


「フェンちゃん! 反撃開始なの!」

『ワオン!!』


 さっきと同じように、フェンちゃんが即座にシリルに接近する。

 彼女までの距離が十メートルを切るが、彼女は凄まじい集中力と胆力で的確に弓を引く。


 ここまで近づいてもなお、彼女の攻撃範囲の中であることを私は悟った。

 だから、彼女の手から矢が離れる瞬間、私は叫んだ。


「フェンちゃん! お願い!」

『ワオン!』


 私はフェンちゃんの背中に立ち、シリルの攻撃に合わせて跳躍する。


 フェンちゃんに乗っていることを前提として放たれていた矢は、私が動いたことによって無効化される。さらに不可視化の魔法をかけられた矢も、フェンちゃんの背中から飛び出した私には無力だ。


 なぜならシリルは、私達の動きを計算して、矢を私達の動線上に置いているからだ。

 その予想を狂わせれば、必然的に矢は当たらなくなる。


「あらら…これはやられたわね」


 呆気にとられた様子のシリルに向って、私は剣を構える。

 そして細剣で、彼女の頭と胸に向って高速の突きを繰り出した。


 完全な不意打ちに加えて、シリルは弓を構えていない。

 私は勝利を確信したが、次の瞬間、シリルは感心したように笑った。


「凄いわ。まさかここまでやられるとは思わなかったわ。弓使いへの対処としては百点満点ね」


 そして素早く、そして正確な動きで、右手に持っていた弓で自分の急所を守る。

 その光景に、私は歯噛みする。


(やられたの! このままじゃ剣が弓に弾かれる! はやく攻撃を止めないと、その後に大きな隙ができちゃうの!!)


 私は必死に剣を引っ込めようと力を込める。

 しかしその動きよりも早く、繰り出していた剣が彼女の弓へと届いてしまった。


「だけど、大切なことを見落としてないかしら」


 ガキン、という硬質な音と共に、私の剣が弾かれる。

 その向こう側から、シリルの声が聞こえて来た。

 

「私は自分のことを弓使いとは、一度も言ってないのよね」

「まさか……フェンちゃん!!」

『ワオン!!』


 嫌な予感がした私は、一度大きく距離をとる。

 フェンちゃんと共に数メートル後退した私に、シリルは不敵な笑みで応えた。


「そう、弓であっても、私の得意武器の内の一つでしかないの。あなたが近接戦闘を挑んでくるのなら、私もそれ相応の戦い方をさせてもらうわ」


 次の瞬間、シリルが持っていた弓が二つに割れる。

 そしてその内側から、鋭利な曲刀が顔を覗かせた。

 

 それは、一対の双剣。

 三日月のような刃を持った、二振りの業物だった。


 彼女は両手に収まった双剣を、淀み無い動きで構えて口を開く。


「改めて名乗らせてもらうわ。私はルシア様の側近が一人、【双剣弓】シリル。ルリちゃんには悪いけれど、ここからは本気で戦わせてもらうわ」 


 私をしっかりと見据えたシリルは、これまで浮かべていた不敵な笑みをかき消してそう宣言した。

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