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第七話:ルリの戦い

 ~ルリ視点~


「はああ!!!」


 私は気合いを入れて、次々に剣を振るう。

 一人、また一人と敵を倒して、私とフェンちゃんは丘を下ってきた。


「そろそろなの!」


 敵と敵の間から見える景色を頼りに、敵軍の中を逆流していく。

 そしてようやく、視界が開けた。


(よし!!)


 かなりはやいペースで丘を下りきることができた。


「平地だよフェンちゃん!」

『ワオン!!』

「それにしても、さすがシスたんなの。バジリスクの使い方がとっても上手」


 私の歩みを止めようと、敵が次から次へと現れた。

 だけどバジリスクのブレスと、シスたんの【炎槍えんんそう】のお陰で、私はそこまで大変な思いをせずに敵主力部隊の包囲を抜けることができた。


 バジリスクは私が平原に抜けたことを確認すると、敵指揮官がいる本陣へと攻撃を始めた。指揮官の弓使いの攻撃が届かない高さから、ブレスを使って敵軍を制圧している。あれなら標的と一騎打ちの形がとれそうだ。


「あとは私たち次第なの。気合いを入れるの!」


 フェンちゃんが高速で駆け抜けたこともあって、標的との距離は、残り300メートルほどになっていた。


 そしてそこで、ふっと何かが途切れる。

 私は確信した。シスたんの繋がりが切れた。特性≪二連星≫の強化効果が切れたのだ。


 今私は、純粋なAランクだ。固有能力や特性で能力が上昇していることを踏まえると、Sランクの存在となった。


 あの弓使いが30レベルのAランクであることを考えると、私との間には力の差がある。でも、この程度乗り越えられないとお父様の配下として情けない。


「あの娘を討ち取れ!」

「シリル様に近づけさせるな!」

「絶対に仕留めよ!」


 私たちが猛スピードで本陣に向かうと、兵士達が次々と前に出て来た。

 やっぱり弓使いの前に彼らを倒さないといけない。


 私がそう考えて動こうとしたその瞬間、遠くから超音速で何かが飛来した。

 私の眉間目掛けて飛んできたそれを、私は体を逸らすことで何とか回避する。

 空を向いた私の顔の近くを、飛んできた矢が掠めていった。


 こんなことをできる敵は、一人しかいない。


「…やっぱりここにいたの」


 小さくそう呟いて、私は敵兵たちの向こうにいる弓使いを睨みつける。

 十八歳くらいの弓使い、綺麗な女性の姿をした悪魔は、私の目をまっすぐに見つめ返して笑った。


「みんな。下がってくれる?」


 その声に、敵兵たちが仰天する。


「え!? シリル様!?」

「しかし! それではシリル様の援護が!」


 それらの言葉に、シリルと呼ばれた弓使いは溜息を吐く。


「あなた達は空中の飛竜に対応なさい。そうしないと本陣が壊滅するわ」

「し、しかし!」

「命令よ。それともあなた達は、私の力を疑っているの?」

「り、了解です! ご武運を!」


 純粋な疑問。弓使いはそれを含んだ瞳を部下に向けただけだ。

 だけど彼女の部下はみんな、背筋が凍った様な表情で声を張り上げた。


 それが、彼女が指揮官である何よりの理由だろう。

 次元が異なる存在が持つ雰囲気は、相対する者を委縮させる。


「さてと」


 部下達が去って行ったのを確認した弓使いは、そう呟いてから、ゆっくりと私たちの所まで歩いてきた。その手に握られている豪華な弓に、自然と目が奪われる。

 彼女は私とフェンちゃんから五メートルくらい離れた位置で止まると、爽やかな笑顔で口を開いた。


「さて、はじめましてね。私は【女帝】ルシアーノ様の側近が一人、シリルよ。よろしくねお嬢さん」


 弓使いシリルが、長い栗色の髪を靡かせて名乗りを上げる。

 戦場で挨拶なんて必要なのかとも思うけど、ここで会話を拒否したらお父様の品格まで疑われてしまう。だから私は堂々と名乗り返した。


「私は【芸帝】プルソン様の矛、ルリなの」


 お父様は私達を側近とは呼んでいなかった。

 だから私は、お父様がくれた役割で答える。


 その言葉に、シリルは少しだけ目を丸くした後で、穏やかな微笑みで頷いた。


「そう、ルリちゃんね。覚えておくわ。……さて早速だけど勝負をはじめましょうか。あまり時間をかけてたらルシア様に怒られちゃうからね」

「ルリも賛成なの。さくっと倒してあげるの」


 私にも、この人と話すことはない。


「あらあら、ずいぶんと威勢のいい子ね。まぁ楽しみにしてるわ。それじゃあこのコインが地面に墜ちたら勝負開始ってことでいいわね?」

「構わないの。そっちのやり方に乗ってあげるの」


 シリルは弓使いでありながら、私の間合いである近距離に自分から進んできた。それなら平等であることを示すためにも、戦いの開始を告げる合図を彼女に渡すべきだ。

 それが帝王の配下として、お父様の娘として恥ずかしくない戦い方だ。


 私の了解を得たシリルが、持ってきた金色の硬化を握る。

 そして不敵な笑みを浮かべた。


「それじゃ、始めるわよ」


 シリルが、握っていたコインを親指で空中へと弾く。

 

 私とフェンちゃんが突撃のために低い体勢をとると、シリルは左手で弓を持ち、右手を背中にある矢筒に手を伸ばした。


 チャリンとコインが地面に落ちる音が聞こえる。


 戦いの始まりを告げる音が辺りに響き渡り、私とシリルは同時に動き出した。

 シリルが少しだけブレたように見えたが、私はそれを棚上げして叫ぶ。


「フェンちゃん!」

『ワオン!!』


 フェンちゃんに指示を出して、彼女の元まで一直線に駆け抜ける。

 彼女との距離はおよそ五メートル。フェンちゃんであれば一瞬にして埋めることができる距離だ。

 

 予想通り、先手を取ったのは私達だった。

 まあ、これが最初で最後の手番になる可能性が高いけど。


「はぁぁぁ!!」


 私は気合いを入れて、シリルに向って剣を振るう。

 フェンちゃんの活躍によって、私達には一メートルの距離もない状況だった。

 絶対的な剣士の距離感、もはやここから剣を躱すことはできないだろう。


 必殺の一撃がシリルに迫るが、彼女は微動だにせずにこちらを見上げている。

 もしかしたら、何か考えがあるのかもしれない。

 私の予想を肯定するように、シリルはふっと低く笑うと、ゆらりと霧のように立ち消えた。


 私は彼女の残像を切り裂きながら、わずかに目を細める。


「幻術? それとも魔法なの?」


 その問いに関する回答は、本人から返ってきた。

 私達から二十メートルくらい離れた場所から、彼女の声が聞こえてくる。


「私は悪魔。幻術を見せるのはお手の物なのよ」


 私はその言葉で、最初にコインが落ちた瞬間、シリルがわずかにブレたように見えたことを思い出した。


 あの一瞬で、シリルは幻術を発動して後方に下がったのだ。

 私は彼女の能力に踊らされた、ということだろう。

 

 だがそうであれば、気になる点がある。


「…ベラベラと戦術を明かすなんて、なんのつもりなの? それに私が幻術に騙されている間に攻撃してこなかったのは、私に対する侮辱なの?」


 苛立ちを隠さずにそう言うと、シリルは困ったように苦笑する。


「ごめんなさい。あなたを侮っているつもりはないの。だけど私はルシア様の側近。生まれてから負け知らずの【女帝】の側近として、新米帝王の配下に騙し討ちみたいな真似はできないのよ。それに私が幻術を使ったのは……」


 彼女は背中の矢筒から鮮やかな動きで矢を抜くと、一瞬の内に弓を弾き絞って狙いを定めた。そして溜め込んだ力を、私たち目掛けて解放する。


「…弓使いに必須の距離が欲しかったからよ」

 

 凄まじい速さだ。

 本当に弓なのか疑わしくなるほどに、凄まじい速さで矢が飛来する。もし当たれば、私でも致命傷になりかねない危険な攻撃だ。


 だけど、私は小さく笑う。


 私だってただスケルトンが犠牲になるのを見ていたわけじゃない。

 あの子達の犠牲を無駄にはさせない。私は、何度もあの攻撃を見ている。


 私に、二度同じ攻撃は通用しない。 


「フェンちゃん!」

『ワオン!』


 私の声に応じて、フェンちゃんが大きく右に飛びのいて矢を回避する。

 

 シリルはそれに目を細めるが、冷静に私達の動きを見据えて再び矢を放った。

 フェンちゃんがジャンプで矢を躱したことを逆手にとって、その着地地点に矢を置くようにして攻撃してくる。


 いくらAランク相当の運動能力を持つフェンちゃんでも、さすがに空中では対処できない。

 確実に矢が当たるコースだった。


 だからこそ、今度は私が動いた。


「はぁぁぁ!!」


 気合いを入れて、剣を一閃させる。

 狙うのは、まっすぐこちらに向かってくる矢の中心、シャフトと呼ばれる棒の部分だ。

 強化された私の剣は、例えAランク中位の攻撃であっても相殺できる。

 

 私の剣が易々と矢を切り裂くと、シリルは楽し気に笑った。


「あらあら。まさかそれを躱されるとは思わなかったわ」


 その言葉の端々から彼女の余裕が透けて見える。

 だから私は、あえて強い口調で答えた。


「そんな余裕を見せられるのも、今の内だけなの」


 今度は私達の番だ。

 私とフェンちゃんは一気に加速してシリルの元へ向かう。

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