第四話:【女帝】の判断
~【女帝】ルシアーノ視点~
戦争が始まってから三十分ほど経った。
プルソンの動きを警戒していると、隣に立つ銀髪エルフ、リリスが口を開く。
「ルシア様。右軍が高台に築かれた砦の攻撃に取り掛かりました」
その報告に、私は眉を潜める。
「砦? いつの間にそんなものを作っていたのかしら」
「分かりません。ですが敵が攻撃を毒矢に切り替えたこともあって、現在は砦の攻略に苦戦しております。すでに戦力の二割を失ったとのことです」
リリスの言葉に、私は少し震える。
あの子たちは私の配下の中でも、攻めることに長けた部隊だ。それを易々と完封するプルソンの力には、敬意を払わなければならない。
「また隊長数名が、敵勢力に捕縛されたという話がありました」
黙ったままの私に、リリスが追加情報を読み上げる。
「捕縛?」
「はい。詳しい所は分かりませんが、毒に倒れた者達が運ばれていったと報告がありました」
「隊長クラスということは、Bランクの子達が主体よね。一体なんのつもりかしら」
戦力増強を図るためか、それともこちらの情報を聞き出すためか。
だが戦争のルールとして、敵兵を捕縛して拷問することは禁じられている。高貴な帝王の戦いに似つかわしくない残虐な行為は、ルールによって封じられているのだ。
プルソンもそれは承知のはずだ。
もしそれに類する行為をしようものなら、ルール違反を犯したとして自動的に私達の勝ちになる。そんなミスをプルソンがするとは思えない。
考え込んでいる間にも、リリスの報告は続く。
「それと確認したところ、敵部隊の兵力は全て高台に集結しているようです。スケルトンやゴブリン、リザードマンによって構成された軍隊300と、指揮官である天使二人、そして天幕に入って行く【芸帝】を確認したという報告がありました」
「あの人間の女の子は?」
プルソンの側近は三人。
天使二人に、人間一人だ。
みな可愛らしい女の子だったので、かなり記憶に残っている。
「分かりませんが、拠点を出る時は一緒だったので、恐らく高台のどこかにいると思われます」
「そう。それなら、全部隊そのまま前進せよと伝えて。捕縛された子達は、後で取り返すわ」
プルソンがこちらの兵を捕縛した理由は不明だが、現状問題はない。
Bランクの子を何人か仲間に引き込んだとしても、プルソンが高台に陣取っている以上、状況は何も変わらないからだ。
「かしこまりました」
リリスはそう言って、魔術を発動して指示を伝え始めた。
私は彼女から視線を切って、目を眇める。
「それにしても、あの高台に天幕を設置するなんて驚きね」
戦争に天幕を持ってくる帝王は珍しくない。
配下に全てを任せて自らは戦場を俯瞰する、それを帝王としての矜持にしている者は多い。
そういった者は大抵拠点に天幕を張るものだが、プルソンは拠点ではなくあの高台に天幕を設置しているという。
「もしかしたらあの丘がプルソンの拠点? でも通達では私が探りを入れた場所が拠点のはずだし……分からないわね」
私はそこに、プルソンの何かしらの思惑があると思っている。
しかし、考えてもこれといった答えが出ない。
「…でも、そこに全ての戦力を集中させているのなら、大した問題ではないわ。このまま合流した軍隊で一気に叩く」
プルソンは私の別動隊が牙を剥く前に、対峙している部隊を壊滅させるつもりなのだろう。
だが、第二部隊には機動力に富んだ子達を配置している。防御力や攻撃力が低い分、プルソンが想定しているよりも速く援軍を届けることができるのだ。
そろそろ第二部隊から到着すると連絡が来る頃だろう。
そんな事を考えていると、リリスが再び声を上げた。
「ルシア様! 第二部隊より緊急連絡です!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
第二部隊の援軍到着を知らせるものであれば、あれほど焦りはしないだろう。
私が問うと、リリスが冷や汗を流しながら続ける。
「第一部隊の援護のために、高台後方へと続く道を進んでいた第二部隊が、森林に潜んでいた伏兵により攻撃を受けました! 報告によると300名が死傷したと!」
「敵の数は?」
「100体ほどです! また高台の敵と同じく毒武器を使用しているとの報告がありました!」
「…なんですって?」
その報告に、私は更に眉を潜める。
おかしい。プルソンの配下は多くても300程度のはずだ。
拠点から丘に向かって全ての配下が動いたことは確認しているし、丘の上にはその全てが結集していると報告があった。そうであれば、彼に伏兵を置く余裕などない。
そうなると、可能性は一つだ。
「その100体が、こちらに悟られないよう丘を降りたのね。でも第二部隊に大打撃を与えるような大軍を、一体どうやって丘から下ろしたのかしら?」
丘にはずっと監視の目を光らせていた。
だというのに、それを掻い潜って伏兵が現れている。
プルソンの配下には隠密能力に長けた者が多いのかもしれない。
だが、仮にそうであったとしても、やることは変わらない。
私は即座に指示を飛ばす。
「まぁいいわ。とにく、左を進軍中の第三部隊に急ぐように伝えて」
そう、例え伏兵を使って中央の第二部隊を襲撃しても、それでこちらの軍の完封することはできない。
こちらの主軸は、あくまでも拠点を狙う第三部隊だ。
第三部隊から襲撃を受けたという報告は無いし、敵が左手に向かう素振りは無かった。
それにプルソンの側近は三人だ。
そのうち天使の二人は高台で指揮をとっており、おそらく奇襲を仕掛けて来たのが、姿が見えなかったという人間の女の子だろう。そしてプルソンが高台の天幕にいるという報告があった以上、これ以上伏兵を指揮するものはいない。
もはや、第三部隊を止めることができる存在はいない。
もっとも警戒するべきなのは、こちらの主軸がプルソンの拠点に到達する前に、高台を攻める第一部隊と、奇襲を受けた第二部隊が壊滅させられることだ。
その可能性を潰すために、私は決断する。
「それと、第一部隊に連絡を。多少強引でもいいから、砦の守りを突破しなさい。それと、指揮官であるシリルにも攻撃行動を許可するわ」
「良いのですか? シリルが出るとなると、敵も相当の被害を被ることになりますが……」
驚きを隠せない様子で、リリスがこちらを振り返る。
私はこの戦争でできるだけプルソン側の被害を少なくしたいと考えていた。それに、強硬策に出ればこちらの犠牲も増えることになる。だが、これ以上プルソンに好き勝手されるわけにはいかない。
「プルソンは強いわ。このままゆっくり砦を攻略していれば、いずれ相手のペースに乗せられかねない。…流れが相手に行く前に、潮目をこちらに引き寄せるのよ」
「かしこまりました」
どちらにせよ、このプルソンがいる高台を抑えてしまえば、戦力の大半を抑えることができる。そうなれば、あとは拠点の壊滅を待つだけだ。
「さあ、左軍でプルソンの拠点を叩くわよ。これで戦争を終わりにするわ」
色々と想定外の事態が起こったが、何も問題は無い。
そろそろ幕引きと行こう。




