第三話:アルス強襲隊
~アルス視点~
この戦場には、主に三本の街道が通っている。
自分たちの拠点から見て左側に、高台を通る道が一本。中央に一本。そして右側の丘陵地帯に一本だ。
「そろそろ来ると思うんすけど……」
自分は今、中央左側の道の脇に身を潜めていた。
背後には、隠密行動に長けた総勢百名のゴブリンが控えている。
高台に全ての戦力が集中しているのであれば、あり得ない状況だろう。
【女帝】は今、高台の上にこちらの戦力全てが集結していると思っている。
こちらの拠点に探りを入れて、こちらの全軍が高台へ向かって動き出したことを確認。そして予想通り、高台の上に三百体分の影が見えれば、彼女はきっとそう判断する。
断片的な情報からではあるが、事実を積み重ねて予想を立てる。
それは正しい行動だ。
だが、【女帝】は一つだけミスをしていた。
それは、道中自分達の監視を続けなかったこと。
監視の目があることは分かっていたし、いざとなれば道中で滅ぼすことにしていた。
少なからずこちらの戦力や作戦が漏れてしまう可能性があったが、必要であればそうするつもりだった。
だが今回、【女帝】は自分達の偵察を早々に切り上げて、高台へと意識を集中してしまった。それが大きな過ちだ。
【女帝】は見事に、ご主人が立案した作戦に嵌っている。
自分達は確かに、全員で高台に向けて移動していた。
しかし、その内の半分はすでに別の場所にいる。
【女帝】は気が付いていないだろうが、高台に見える三百体の内、三分の一黒マントを被せたダミーだ。現在高台にはシスとルリが率いている200名しかいない。
だが、あの二人ならそれで十分だ。
彼女達なら、必ずその戦力で高台を守り切るだろう。
そしてご主人の作戦通り、敵を捕縛できるはずだ。
「面白いことを考える人っすね」
ご主人の奇抜な作戦を思い出して、自分は小さく笑う。
すると、背後にいたゴブリンリーダーが、一枚の紙を手渡してきた。
そこには、ただ『〇』と書かれていた。
しかし、情報伝達にはそれで十分。
これは元から決めていた合図だ。合図にはそれぞれ意味がある。
『×』の時は、作戦続行不能の合図。
『△』の時は、作戦が一部乱れているという合図。
そして『〇』の時は、全て作戦通りに進んでいるという合図だ。
青々とした草木が鬱蒼と生い茂る街道脇で、静かに耳を澄ませる。
「どうやら、始まったみたいっすね」
わずかに聞こえてくるのは、戦いの咆哮だ。
いよいよ【女帝】の軍が、シスとルリ率いる高台の部隊へ攻撃を仕掛けたらしい。
情報伝達に謝りはないようだ。
自分は背後を振り返って、部下達に声をかける。
「良いっすか。自分達の役割は殲滅じゃないっす。とにかく相手を混乱させて、被害を最小限に立ち回るんすよ」
【女帝】は、確実に高台の裏を取ろうと行動してくる。
その部隊を奇襲攻撃するのが、自分たちの役割だ。
しばらくして、予想通り【女帝】の軍が現れる。
数は千体程度、おおよそ想定通りだ。
そうなると、やはり敵は右側の街道を別部隊に進ませている可能性が高い。
もし、これからの奇襲が成功すれば、【女帝】はご主人が配置した別動隊はこれで打ち止めだと考えるだろう。
そして実際の所、その予想は正しい。
高台にいる200と、自分の背後に控える100。それが自分達の全軍で間違いないからだ。
もはや、自分達に右側を侵攻してくる敵を止める軍は残されていない。
だが、まるで問題はない。
ここに来る直前で別れ、別の道を行ったご主人を思い出して笑みを深める。
「…本当に、恐ろしいご主人っすね」
脳裏に、戦争が始まる前に語られた、ご主人の作戦が蘇る。
今思い出しても恐ろしい。
帝王として敵を滅ぼすことだけを考える。そんな、ご主人の恐ろしい一面が垣間見えた気がした。
もしかすると、自分達はまだ本当のご主人を知らないのかもしれない。
そんな事を考えていると、街道の向こう側からぞろぞろと敵の影が見えて来た。
あれが高台の背後を取ろうとしている【女帝】の部隊で間違いないだろう。
「……いよいよ来たっすね。ゴブリン部隊、構えてください」
自分は静かにそう呟いて、右手を上げる。
敵部隊の戦闘が射程距離に入るが、まだ撃たない。
敵は街道を隊列を成して進んでいる。
先頭に打ち込んでは、即座に防御態勢を整えられてしまい、立ち回りにくくなる。
狙うは、無防備となっている相手の横腹だ。
それから一分ほど、自分達は敵部隊を素通りさせる。
そしてようやく、敵部隊の半ばが通り過ぎた所で、自分は一斉射撃の指示を出した。
「…撃て!」
猛毒の矢が放たれる。
一糸乱れぬ速度と角度で繰り出された毒矢は、完全に敵の虚を突いて突き刺さった。
高台へと急ぐための焦り、こちらに敵兵はいないと判断した失敗、そういった要因が絡まって、第一射でかなりの数を仕留めることができた。
それを確認して、自分は指示を出す。
「各員散開! 位置を変えつつ、射撃続行!」
その言葉で、ゴブリン達が一斉に動き出した。
辺りに生い茂っている樹木、草花を活用して位置を変えて射撃を行い、また位置を変えていく。
ゴブリンは小柄であり、知性がある。それに加えて同種間であれば意識を共有することができるため、攻撃力さえ補うことができれば、ランク以上の力を発揮することができるのだ。
それに、彼らには【小鬼族】という特性がある。
襲撃時に攻撃補正がつくという便利な特性だ。
奇襲が成功した今、彼らは普段以上の力を発揮できる。
そして何より、今の彼らは自分の≪特性≫による強化を受けていた。
【王道を征く者】。内政に関する知識を有する以外にも、自分が指揮する部隊の能力に補正が掛かる強力な≪特性≫だ。
これを攻撃前に発動しておいたので、今やゴブリンはCランクにも匹敵する力を得ている。
そんなゴブリンの動きを、敵はとらえられていない。
「くそっ!! 敵がどこにいるかわからない!」
「敵は高台にしかいないんじゃなかったのか!」
「一体どうなっている!?」
ゴブリン達の飽和攻撃によって敵は混乱状態に陥っている。
言葉を話せるということは、それなりに高位のランクの配下だろう。
だが、ご主人が生み出した凶器は、そんなランク差をことごとく打ち破っていく。
次々と倒れる仲間と、そこかしこから飛んでくる毒矢に、敵は完全に困惑していた。
だが、その中に一人、冷静に周囲を見渡して指揮を出している存在がいる。
「落ち着け! 全方位を警戒することができれば、何も問題はないだろう!」
人型で耳長の男、エルフだろうか。
行動から察するに、間違いなく指揮官クラスの存在だ。
厄介な指示を飛ばす者は、戦場では早めに殺すに限る。
「さくっと…殺っちゃうっす」
自分は小さく呟いて、腰に差した黄金の剣を抜き放った。
そして一気に加速して、敵の間を掻い潜り、辺りに指示を出している指揮官に向かって剣を振った。
「なに!?」
自分を視認した指揮官が目を見開き、驚きの声を上げる。
だが、それだけだ。
すでに指揮官の首元へと迫っていた剣が、一切の抵抗を許さずにエルフの首を跳ね飛ばす。
それを視界の端に捉えた自分は、即座にその場を離脱して反対側の森へと飛び込んだ。
「くそっ! 今のは一体なんだ!?」
「ヤツはどこへ行った!?」
「絶対に逃がすな!!」
指揮官を殺された者達の声が聞こえる。
木の陰に隠れてわずかに乱れた息を整えつつ、自分は小さく笑みを浮かべた。
「…いい感じっす。どんどん混乱して欲しいっすね」
そうやって冷静さを失ってくれれば、こちらの攻撃は更に通りやすくなる。
この戦争に勝つため、ご主人の初陣を華々しい勝利で飾るためにも、彼らには犠牲になってもらおう。




