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第一話:交差する思惑

 ついに【女帝】との戦争が始まった。

 拠点である小高い丘から戦場を見下ろしていた俺は、早速動く。


「さて、まずは偵察部隊を出そう。ゴブリン斥候部隊はいるか?」


 俺の声に呼応して、十数名のゴブリンが躍り出た。

 彼らはゴブリン部隊の中でも、隠密能力と知略に長けた者達だ。彼らには斥候として様々な任務をこなしてもらう予定である。

 まるで忍の様な装備に身を包んだゴブリン斥候部隊に、俺は端的に告げる。


「地形と相手の戦力を確認してきてくれ。極力交戦は避けろ」


 俺達は兵力で劣っているため、地形や相手戦力を確認することが何よりも重要だ。

 交戦を避けるように命じたのは、こちらの動きと戦力を悟らせないためだ。

 

 恭しく頭を下げたゴブリンたちは、即座に行動を開始する。

 丘を下って行った彼らを見送り、俺は仲間達に向き直った。


「…偵察部隊が戻り次第、アルスを筆頭に作戦を立案し、即座に行動を開始する。各自準備を整えておいてくれ」



 それから数分後、ゴブリン斥候兵達から情報が届けられた。

 ゴブリン部隊のリーダーが、一枚の紙を持って現れる。

 それを受け取ったシスが、俺にゆっくりと目を合わせて来た。


「…敵は部隊を五つに分け、その内の三つがこの拠点を目指して三方向から進軍中だ。【女帝】の姿が進軍中の部隊にはなかったため、拠点にいると考えられる」


 これらの情報は先ほど出陣させたゴブリン斥候兵が手に入れた情報だ。

 彼らが手に入れた情報をゴブリン部隊のリーダーが受け取り、紙に記載してシスに届ける。これが俺達の情報網だ。

 

 これを可能にしているのは、ゴブリンの種族的特性である意識の共有だ。単体性能ではリザードマンの方が圧倒的に上であるにも関わらず、俺がゴブリンを斥候に選んだのはこの力があるからだ。意識共有を行えば、それこそ科学的な力が無くとも即時の情報伝達ができる。


 俺は再び仲間達に目を向けて、ゆっくりと語り掛ける。


「…全てはこちらの思惑通り動いている。敵の数は5000と絶大だが、何も恐れることはない。ただただやるべきことをこなし、仲間を信じ、勝利を疑わずに戦ってくれ。そうすれば、俺達の完全勝利が揺らぐことはない!」


 俺は声を張り上げる。


「これより作戦を開始する! まずは全員で左側の1000を叩くぞ! 拠点には最低限の防御だけを残し、全軍高台に進軍せよ! 作戦開始だ!」


 俺の言葉で、全ての仲間が動き出す。

 フードを目深に被った俺達は、一斉に高台のある方向へと進み始めた。




~【女帝】ルシアーノ視点~


「…全軍で高台を占拠して、先行してきた右側の部隊を叩く、悪くない作戦ね」


 転移した戦場、要塞化が進む拠点の中で、私は静かに微笑んだ。

 寡兵よく大軍を破る、という言葉があるように、少ない兵力で分散した敵軍を叩いていくという作戦は珍しくない。


「しかも、そんな大胆な作戦を決行できる勇敢さと戦術眼も兼ね備えている。…やっぱり只者じゃないわね」


 プルソンは優秀だ。

 彼は斥候を使って情報を獲得し、私が軍を分けていると理解した瞬間に各個撃破に切り替えた。それも高台側の部隊と戦うことで有利に立ちまわり、少しでも被害を抑えようとしている。


 情報を用いて的確な作戦を立案する戦略眼、拠点を捨ててそれを実行する胆力、どちらも実に見事なものだ。私自身これまで何度も【戦争】を経験してきたが、プルソンは他の新人とは比べ物にならないほど強い。


 だが、彼には致命的な弱点がある。 


「…でも、やっぱり戦争の経験が不足しているわね」


 彼が斥候を使ってこちらの動きを確認していたように、私も彼の拠点に向けて偵察部隊を送っていた。その中には、小さく気配を悟られにくい子もいる。今の情報はその子達と聴覚を共有することで入手したものだ。


 帝王の配下にどのような存在がいるのかを、彼は知らない。

 私の偵察に気が付かず、この場で作戦を明かしてしまったのは致命的なミスだ。

 それを見逃すほど、私は優しくない。


「右軍にはそのまま進むように伝えて。中央軍は街道を使って高台の裏に回るように、左軍にはそのまま前進してプルソンの拠点を叩くように指示をだして。拠点と橋は要塞化を続行」


 そばに控えている銀髪エルフに指示を出す。


「かしこまりました。偵察の子はどうしますか?」

「そのままプルソンの拠点で待機させて。万が一発見されれば、こちらも情報を失うことになるわ」

「分かりました」


 彼女は私の側近の一人、リリスだ。

 風魔法の使い手で、風を使って全軍に指示を出すことができる。

 私の配下の中でも最強クラスの力を持った子だ。


 リリスが指示を出すのを確認してから、私は静かに微笑む。


「さてプルソン。さっそくで悪いけれど、幕を引かせてももらうわよ」


 確かに彼は経験不足だが、それは補うことができる。

 私が持つ知識を使って鍛えていけば、彼はきっと凄まじい帝王になるだろう。そして私は彼の力を派閥に取り込み、最強の帝王に上り詰めるのだ。


「…古い帝王にだって負けやしないわ。アガレス様の後を継ぐのは、この私よ」


 そう小さく笑みを浮かべて、私は全軍を動かした。



~再びプルソン視点~


「……パパ。ようやく監視の目が消えました」


 左手の高台に向かって、森の中をしばらく進んでいると、シスが小さくそう呟いた。


 拠点から数百メートル離れて、ようやく【女帝】の監視が途切れたらしい。


 【女帝】が監視の目を光らせていることは分かっていた。

 俺ですら情報を入手する術があるのに、彼女がそれを持たないはずがない。そこでシスには拠点を出る前から、探知魔法【上位探知グレーター・サーチ】で周囲を警戒してもらっていた。


 【上位探知グレーター・サーチ】は、最上位の探知魔法だ。

 特性として限られた者のみが使える【魔力探知】には及ばないが、それでもかなりの情報を獲得することができる。【探知サーチ】と呼ばれる魔法の上位に位置する魔法で、シスが頑張って習得してくれたのだ。


 ちなみにシスいわく、探知系能力を比較すると【探知サーチ】<【上位探知グレーター・サーチ】<【魔力探知】の順になるそうだ。


 特性たる【魔力探知】は、やはり頭一つ抜けた探知能力をもっているらしく、敵にいたら厄介極まりない。ただ魔法である【探知サーチ】や【上位探知グレーター・サーチ】と違って使用可能回数に明確な制限が存在するため、一概に【魔力探知】が万能というわけでもないらしい。


「やっとか。かなり広範囲の監視網が張られているみたいだな」


 俺はシスを労う意味も込めて、その柔らかい黒髪を撫でながら一息ついた。


 事前にノルンに確認した限りでは、帝王の主な情報収集の手段は【魔力探知】のような≪特性≫を使うか、【探知サーチ】を使用するかのどちらからしい。シスのように【上位探知グレーター・サーチ】を扱える存在は少ないとのことだった。


 【女帝】の配下が【探知サーチ】を使っているのは、シスが【上位探知グレーター・サーチ】を使用することで把握していた。そして予定通り、相手はシスが【上位探知グレーター・サーチ】を使用したことに気が付いていない。より上位の存在であるシスの魔法が、敵の魔法を上回ったからだ。


 きっと【女帝】には、俺が仲間に告げた作戦が筒抜けだろう。

 だが、それで良いのだ。


 俺は薄く笑って呟く。


「それにしても、【女帝】はかなり俺達を警戒してくれてるみたいだな」


 【女帝】が何を思ったのか知る由もないが、下手に監視係を俺に接近させたくないと考えたことは間違いない。武力的な問題か、それとも他の要因があるのか、いずれにしても【女帝】は俺達の力を過剰に警戒していると言えよう。


 俺の言葉に、ほのかな笑みを浮かべたシスがゆっくりと頷く。


「はい。でもそのおかげで、こちらの作戦を勘違いさせることができました。先行しているゴブリン斥候兵からの連絡では、【女帝】はこちらの思惑通り、左の丘を二つの部隊で狙う動きをしているそうです」

「まぁ【女帝】ならそう動いてくるよな」


 俺は今回、【女帝】が情報収集に動いてくることを逆手にとって、こちらの行動を勘違いさせようと企んでいた。そしてそれが成功した今、作戦の第一段階は達成されたと言える。


 俺は隣を歩くアルスに笑いかけた。


「…さてアルス、俺達もそろそろ準備を始めよう」

「了解っす! もうその辺っすよね」

「ああ…たしかここを左に行けばあるはずだ」


 俺は少しだけ緊張を解きながら、現在地と地図を照らし合わせる。

 そして目的地が近づいてることを確認して、シスとルリに声を掛けた。


「ルリ、シス。高台の防衛に関しては二人に任せる。新兵器も好きに使ってくれ」


 俺の作戦では、二人が高台の防衛戦でどれだけ活躍できるかが鍵になってくる。

 

「それと、高台に俺の天幕を作るのを忘れるなよ?」


 冗談めかしてそう言いながら、俺と全く同じ格好をしたスケルトンを指さして笑う。

 これも、【女帝】を騙すために大切なことだ。


 その言葉に、ルリが満面の笑みをで胸を叩き、シスが静かに笑う。


「分かったの! がんばるの!」

「パパの期待に応えて見せます」


 頼もしい返事を返してくれる。


 既に俺達の作戦は始まっている。

 その第一段階として、ルリとシスが高台で敵をどの程度食い止められるかが重要になってくる。

 

 要所である高台が落とされれば、そこが要塞化されて、こちらの拠点に対する攻撃の布石とされるだろう。それを食い止め、こちらの作戦通り事を進めるためには、二人の踏ん張りに期待する部分が大きい。


「…頼んだぞ、二人とも」


 俺は二人の頭を軽く撫でる。そして名残惜しくはあるが、その場を二人に任せて、アルスと共に部隊の最後列まで下がった。


 【女帝】の監視がいなくなった。

 それならば後は作戦を実行するだけだ。


 俺は脳裏に、会議で立案した無茶の多い作戦を思い浮かべて笑みを浮かべる。


 俺の奇策は吉と出るか凶と出るか。

 それは神のみぞ知るところだろう。

戦争中は複数人の視点を行き来する形になります。ややこしいかもしれませんがお許しを…。

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