プロローグ:戦争開始
ついに、戦争の開始時刻になった。
作戦会議を終えた俺はリビングのソファに腰掛け、【帝王録】を開いて最終確認を行っている。
「…EPは問題ないな」
作戦に伴って【芸具模倣】による消費があったが、28万とEPにはまだ余裕がある。
それに、俺には頼もしいSランクの仲間がいる。
普段着から着替え、戦闘用の服装にチェンジした三人を見やる。
新兵器、各種族の混合部隊は一足早く戦場に送られているので、家に残っているのはアルス、ルリ、シスの三人だけだ。
彼女達は、先程作戦会議で俺が作り出したものと同じマントを装備している。
そしてその下には、それぞれ戦闘用の装備を着用していた。
「アルたん、その鎧動きずらくないの?」
「これ意外と軽いんで大丈夫すよ。二人こそ、そんな装備で大丈夫っすか?」
「見かけによらず硬いから大丈夫なの!」
「どんな素材なんすか?」
「さぁ? それは私達にも分かりません」
全く緊張を感じさせない三人の会話に、俺は小さく笑みを浮かべる。
俺の知識にも、ルリやシスの装備に関する詳しい情報はない。
鍛冶や服装に関する知識も持っているが、それでも分からないとなると答えは一つ。おそらくあれは、神話の世界の素材だ。
人々の思いによって形作られた幻想の存在。だからこそ布では有り得ない硬度を有しているのだろう。
そんなことを考えながら【帝王録】を閉じると、再び光の柱と共に老人が現れた。
「【芸帝】プルソン様、そろそろお時間でございます」
ゆっくりと一礼した彼に向かって会釈を返しつつ、俺はソファから立ち上がる。
「分かりました。みんな、行くよ」
「はいなの!」
「了解っす!」
元気な声が二つと、穏やかな頷きが一つ返ってくる。
そして俺達が光の柱の中に入ると、再び老人が転移術式を唱えた。
♢
転移が終わり、初めに感じたのは木々の匂いだった。
新鮮な空気を肺一杯に取り込んで、ゆっくりと目を開ける。
「…ここが、戦場か」
転移した先は、ごく普通の森林地帯だった。
しかし辺りは険しい山や谷に囲まれており、一定範囲から外へ出ることが意図的に禁止されている場所のようだった。
遠く正面に見える丘と、幾つかの道、そして二つの大河と高台。
事前に地図でみた情報と、目の前の景色が一致する。ここが【竜帝】が用意した戦場で間違いないだろう。
たった一時間足らずでこの戦場を作り出した【竜帝】の力には、もはや恐怖することすらできない。理解を超えた力に、ただただ圧倒されるだけだった。
「想定通りの森林地帯って感じっすね」
「そうだな。作戦的には問題ないと思うが、アルスはどう思う?」
「自分も作戦通りいけると思うっす! 木が思ったよりも密集してるのはありがたいっすね。奇襲にはもってこいの環境っす」
アルスが背後を振り返って、スケルトン、リザードマン、ゴブリンの混合部隊を見ながら言う。
「壮観だな」
ずらりと並んだ配下達を見やり、呟く。
総勢三百名を超える魔物で構成された軍隊は、実に良い威圧感を醸し出していた。
先ほどの作戦会議で俺が立案した作戦の一環として、全員が黒マントを身に着けているのが、実に不気味で良い。
スケルトン、ゴブリン、リザードマンと単体で見ればあまり強くない魔物たちだが、これほどの集団となれば威圧感もひとしおである。
そして彼らには、決まった武器を持たせた。
背中には弓、手には槍、そして腰には短剣を装備させている。
遠距離、中距離、近距離、どの距離感でも対応できる武器だ。ここ最近はこれらの武器を使ってレベリングを行うように指示していたので、その成果に期待したいところだ。
武装を整え、静かに戦いの始まりを待つ軍を見やって、ルリが自慢げに胸を張る。
「お父様の言いつけ通り、みんなに完全武装するように言っておいたの」
「ありがとうルリ。これで俺の軍隊は”最凶”だ」
ルリの頭をゆっくりと撫でながら、俺は彼らの装備に目を向ける。
見ただけでは分かりにくいが、俺の軍が用いるのは普通の武器ではない。
矢筒は特殊な形状をしており、短剣は液体を通しにくい素材を用いた鞘に納められている。
俺が考案した新兵器の一つを、彼らの装備には搭載した。
現時点で俺が用意できる最凶の力が、彼らには与えられている。
その働きに期待しよう。
「シス、敵の情報をみんなに共有してくれ」
「はい。わかりました」
俺の声に、静かに戦場を見渡していたシスが答える。
彼女には出発前に、新兵器の調整だけでなく、【女帝】に関する情報を集めてもらっていた。出発前の作戦会議で伝えてもらったが、この場で全ての配下に共有しておきたい。
「【女帝】の軍は総数5000、名前の通り【女】に関する配下、具体的に言えば全てが雌型の配下でした。そのため系統にはばらつきがありますが、アンデッドや霊体、その他にもこちらの攻撃が通用しなさそうな敵は見受けられなかったので、問題無いと思います」
彼女の説明に今一度頷いて、俺は軍を見据える。
「…ということだお前達。兵数的にはこちらが圧倒的に不利だが、俺はお前達の力を信じている。全員で勝ちに行くぞ」
俺の言葉に、全ての魔物が力強く頷く。
彼らは低位の魔物であるからか、それとも人ではないからか、言葉を返すことができない。
しかし、俺の言葉は理解できるようだ。それに例え言葉返らずとも、彼らから漲る闘志は十分に伝わっている。
「俺は嬉しい。最弱と馬鹿にされたお前達が、格上の敵を次々になぎ倒すチャンスがついに来た。今回の戦争で【芸帝】プルソンの軍隊こそが、お前達こそが最凶であると証明してくれ!」
配下の目に、ギラリと強い意志が滾る。
俺は堂々たる態度で頷いて見せた。
「お前達のやる気、確かに受け取った。だがこれだけは約束してくれ。それはヤバいと思ったら即座に撤退すること。俺にとっては全員がかけがえのない仲間だ。そして今回与えた武器は、敵に奪われるとそれだけで厄介なものになる。それが敵の手に渡れば、今度はお前達がその力に食い殺されることになってしまうだろう。それだけは避けなくてはならない。そのことを肝に銘じておけ」
皆が一斉に敬礼の構えを取る。
俺はそれに敬礼を返して、ゆっくりと戦場となる森林地帯を振り返った。
その瞬間、辺りに声が響く。
『あー。あー。…聞こえておるな【芸帝】、【女帝】よ。すでに両陣営とも転移は完了しておる。そろそろ戦争を始めようと思うが、その前に今一度ルールを確認しておこう』
意識をそちらに向ける。
『先ほども言った通りじゃが、今回の戦争では、あまり細かい取り決めは行わぬ。明確にしておきたいのは制限時間と勝利条件についてじゃ。…まず制限時間は三時間とする。あまり長引かせても仕方ないからのう』
俺達の戦場の頭上に、巨大な砂時計が出現する。
物質的なものではなく、魔法的な力によるものだろう。
上にある金色の砂が全て落ち切った時、制限時間の三時間となる。
『次に勝利条件についてじゃ。相手帝王を倒す、相手軍の壊滅、相手拠点の制圧、相手の降参、いずれかの達成で勝利とする。制限時間までに条件が満たされなければ、残存兵数が多い方の勝利となる。以上が今回のルールじゃ』
分かりやすいルールだ。
制限時間は三時間、その間に【女帝】を倒すか、敵軍を殲滅するか、拠点を制圧するか、もしくは【女帝】を降参させれば俺の勝ち。もし制限時間を迎えてしまえば、単純な兵数で勝る【女帝】の勝ち。勝負は単純明快だ。
『それと先に言っておいた通り、今回の戦争は全ての帝王に観戦権が存在する。そのことを心得ておくように。以上で説明は終わりじゃ。さっそく戦争を始めよう。両者ともに準備はよいか?』
俺は大きく頷きを返して、【女帝】がいるであろう正面の丘を見やる。
きっと彼女も、同じように強気な笑みを浮かべて首を縦に振るのだろ。
『よし、では【戦争】開始じゃ!』
楽し気な【竜帝】の声が辺りに響いて、ついに初めての【戦争】が始まった。
【戦争】編がそこそこなボリュームになりそうだったので、章を分けることにしました! よろしくおねがいします!




