エピローグ:【女帝】の覚悟
~【女帝】ルシアーノ視点~
「珍しいなルシアーノよ。お主がそこまで一人の帝王に拘るとは」
領地にある倉庫で戦争準備を進めていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「アガレス様。この度は見届け人を務めてくださり、ありがとうございました」
私はすぐさま膝をついて、恩人である【竜帝】アガレス様に頭を下げた。
アガレス様は軽く手を振って、真剣な面持ちで続ける。
「よい。それよりも、なぜ【芸帝】に固執した? らしくない無茶までして、一体何がそこまでさせたのじゃ?」
アガレス様の声には、疑問があった。
「…これから帝王の世界は、荒れ狂う激動の時代に突入する。そのために、私はプルソンの力が欲しかったのです」
「お主ほどの力があれば、【芸帝】一人を取り入れるよりも大量の帝王を派閥に取り込んだほうが手っ取り早いのではないか?」
「…そんなものでは、古き帝王たちが争う時代を生き抜けはしません。新たな二十大帝になるためにも、私は新しい勢力を作りたい」
最強の帝王になる、それが私の目標だった。
アガレス様の背中を見て成長した私が、次の最強になる。それがアガレス様に恩を返すことができる、唯一の方法だからだ。
しばらく目を瞑り、熟考していたアガレス様が、ゆっくりと目を開く。
「焦る気持ちも分かる。若手最有力である【芸帝】と共に派閥を作りたいという、お主の気持ちもな。じゃが本当に勝てるのか? 芸帝は怪物だぞ」
いつになく力の籠った瞳に見据えられて、私はゴクリと喉を鳴らした。
世界最強の【竜帝】をして、怪物と言わしめる存在。
【芸帝】の強さの一端は、私も知るところだった。
「…素直な所で言いますと、おそらく力は拮抗していると思います」
プルソンは、私が明らかに格上の帝王であると認めながらも、一歩も引かなかった。
引けない理由があるにしても、新人の中で私の宣戦布告を真正面から受けたのは、彼が初めてだった。
きっと何か、私に勝つ為の秘策を用意しているのだろう。
そうでなければ、あの状況にあって余裕の笑みを見せるなどあり得ない。
彼が既に、私以上の戦力を整えている可能性もある。
「ですが、今を逃せば彼を取り込めるチャンスはなくなります。私よりも強者になり得る彼を取り込める、こんなチャンスを逃す訳には参りません」
彼は新人だ。
しかしあと一年もすれば、並みの帝王を大きく引き剥がす力を手に入れるだろう。
だからこそ、今動かなくてはならないのだ。今がプルソンを取り込める最後のチャンスなのだ。
自然と熱が入った私の声に、アガレス様は納得したように頷いた。
「理屈は通っておるな。しかしそうなると、今回の戦争では”あのルール”を適用するつもりかの?」
「はい」
「なるほどな。確かにそれならば【芸帝】も納得するじゃろうて。じゃがそれは、ルシアーノが勝つことができたらの話じゃ。お主が負けた場合、いくらワシであっても庇ってやることはできぬぞ。そういうルールじゃからな」
アガレス様が仰られた戦争のルールには、様々なものがある。
その中の一つには、戦争の勝利者に与えらる特権がある。それは戦争をどのような形で終わらせるかを決定する権利だ。
それを使えば、プルソンをほぼ無傷で私の派閥に加えることができる。
私はそれを活用して、プルソンの納得できる形で派閥に引き込もうと考えていた。
だがこれには、弱点がある。
それは、もし私が負けたら、その決定権がプルソンのものになることだ。
そうなれば、その時点で私の計画は破綻する。それどころか、今まで積み上げて来たもの全てが無に帰す可能性があるのだ。
正直怖い。
戦争の終わらせ方によっては失った配下は戻ってこないし、私自身の身も危険に晒されることになる。実際ほとんどの戦争では負けた側が戦力を失う方向で収束するし、条件によっては相手の帝王に従属する結果になる。そうなれば後は…言わずとも想像できる。
しかし、私は毅然とした態度でアガレス様の目を除き返した。
「それは覚悟の上です」
例え敗戦の可能性があるとしても、配下を失う可能性があるとしても、凌辱される可能性があるとしても、最強の帝王になるために、これは避けられない戦いなのだ。
私の覚悟に、アガレス様は小さく息を吐いて笑った。
「そうか。なら何も言うまい。…ところで、切り札はどうするつもりじゃ?」
唐突な問いに、私は少し言葉に詰まった。
ぐっと喉を鳴らして、そして一つ息を整えてから答える。
「…今回の戦いでは、使用しないつもりです」
「ほう? アレは【芸帝】であっても対処が難しい最強の戦力じゃ。使わないのは勿体ない気がするがのう」
確かに私には破格の戦力がある。
かつてアガレス様の力をお借りして生み出した、最強の存在が。
だが、それは使いたくない。
「今回の戦いは、私の私的なものです。アガレス様の御力を使って勝ったのでは意味がありません」
私の帝王としてのプライドにかけて、プルソンは私自身の力で倒す。
そう宣言すると、アガレス様は腕を組んで大笑いした。
「ふはは! よくぞ言った! それでこそ【女帝】ルシアーノよ!」
そうひとしきり笑ったアガレス様は、ゆっくりと踵を返す。
「もはや何も言わぬほうが良いだろうが、これだけは忠言しておこう」
歩き出しながら、アガレス様が静かに呟く。
「先ほども言ったが【芸帝】は化け物じゃ。もしお主が本当の危機に陥った時は、迷わずアレを使ってくれ。ワシはそれを卑怯だとは思わぬし、今ある全てを出し尽くすのが帝王としての流儀じゃ。忘れるな」
最強の【竜帝】からの、本気の警告。
私の魂が、それを無条件で受け入れる。
「…かしこまりました。最後の切り札として、使わせて頂きます」
「うむ。では頑張るんじゃぞ”ルシア”」
そう言って今度こそ、アガレス様は私の前から消えた。
「ありがとうございます。アガレス様」
その大きな背を見送りながら、私はかつてアガレス様より頂いた言葉を振り返る。
『これから帝王たちの喰らい合いは更に激化する。ルシアーノよ、新しい帝王たちが台頭してくる時代に備えておけ』
数百年に一度の大嵐、帝王同士の力の強弱が浮き彫りになり、世界が血に染まる狂乱の時代はすぐそこまで来ている。それに対抗するためには、私に遜ろうとする弱者ではなく、私を超えようとしていく強者の力が必要だ。
「…勝負よ、プルソン」
【芸帝】プルソンを取り込み、古き帝王や新興勢力に対抗する力をつける。
そのためにこの戦い、負けるわけにはいかない。




