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第十一話:作戦会議

 リビングのソファに腰を下ろして、机に【竜帝】から受け取った地図を広げる。

 隣に座ったアルスと共にそれを眺めながら、俺は口を開く。


「さて、とりあえず地形を確認しておこうか。一通り眺めてみて気になるところがあったら言ってくれ」

「はいっす」


 そう言って、俺とアルスは地形の理解に集中する。


 地図に描かれているのは、【竜帝】の宣言通り森林地帯だった。

 しかし単純な森ではなく、様々な要素が絡み合った、まさに戦場として相応しい森である。


 まず俺と【女帝】の『拠点』なるものが、直線距離で一キロメートルほど離れた丘の上に用意されている。詳しいことは分からないが、拠点があるということは、ここが勝敗に何かしらの影響を与えることは確実だろう。


 次に、大きな川が二つ流れている。

 一つは俺の拠点の前に、そしてもう一つは【女帝】の拠点の前だ。


 川にはそれぞれ三本ずつ橋が架かっており、相手の拠点に到達するためには、両者共に橋を渡らなければならない。攻守に渡って平等性を意識したような地形になっているのは、きっと【竜帝】の思惑が働いているのだろう。


 そして、戦術的に有利に立ち回ることができる高台も用意されていた。

 俺の拠点から見て左手、川を渡った先に一つ。そして【女帝】から見て正面、川の小島に一つだ。

 これを抑えれば、その周辺の戦闘を有利に進めることができそうだ。


 最後に、両者の拠点を結ぶようにして繋がれた、少し大きめの街道が三本ある。そこから無数の支道が枝分かれする形で伸びており、少し移動経路が制限されるが、森の中でも迅速な移動が可能だ。

 ただ気を付けなければならないのは、両軍の拠点に通ずるのは最終的に三本の道に統合されるという点だ。どれだけ相手を欺いて進めたとしても、正規ルートで相手拠点に攻め込むとなると、この三つのルートから進まざるを得ない状況になるだろう。


 地形については、大体このような感じだ。

 じっと地図を眺めていたアルスが、ゆっくりと口を開く。


「…重要なのは、左の高台をどう守るかっすね」


 俺は両者の拠点の前に流れる川が重要だと思っていたが、アルスの意見は違うらしい。


「ほう、なんでだ?」

「この高台を抑えることができれば、この辺りの道から軍を送ることは難しくなる。だから敵は進軍経路を見直す必要が出てくるんすよ。そうなると、残りの街道は二つだけ。分散ではなく集中して攻めてくるなら、こっちの戦いは比較的楽です。だからこの高台をいかに守るかが大事だと思うっす」


 アルスは高台を取ることで、攻守のアドバンテージを同時に得ようと考えていたらしい。

 俺は攻めか守り、どちらかの利しか見えていなかったので、反省しないといけない。


「川についてはどう思う?」

「…そうっすね。それぞれ三つ橋が架かってますけど、敵の防御もあることを考えると、やはり向こう岸へ上陸するためには消耗戦を強いられる可能性が高いと思います。それに、自分たちが攻める場合、渡れるのは左右の二つだけでしょうね」

「中央の橋がダメな理由は?」


 三つある橋の内、中央に掛かっている橋がある。ここを渡れれば最短距離で【女帝】の拠点に到達できるだろう。

 アルスは橋の中間にある小島を指さして口を開く。


「この島は【女帝】に近いですし、高台なのですぐに要塞化されると思うっす」


 正論だ。

 橋の向こうが要塞化されている状態では、幾らアルス達であっても、正攻法では切り抜けられないだろう。相手の戦力は未知数だが、少なくとも俺達よりも圧倒的な兵力を確保しているはずだ。


「まあそうだろうな。俺も【女帝】と同じ立場だったら、まずそこを潰すしな」

「自分でもそうするっす。それが一番まともな戦い方っすから」


 その定石を外す様な帝王が、新人の中でトップクラスにいるはずがない。

 【女帝】は間違いなく、ここを要塞化するだろう。 


 要塞となった島に掛かった橋を渡る。

 そんなものは自殺行為に等しい。

 アルスの意見は至極当然のものだ。

 

 だが、彼女の意見に賛同しつつも、俺は中央の島を占拠する方法があるのではないか、とも思っていた。俺の新兵器を使えば、それが可能かもしれない。


 そんなことを考えていると、家の扉が開いてシスが戻ってきた。

 背後には数体のスケルトンを引き連れており、彼らには幾つかの木箱を運ばせている。

 

 シスはスケルトンを光の柱の中に控える老人に託すと、即座に俺の方に走ってきた。

 

 きっと、かなり急いで戻ってきたのだろう。

 彼女は赤く染まった頬を手で扇ぎ、乱れた息を整えながら笑った。


「パパ、遅くなってごめんなさい。過去の戦争の記録から、急いで【女帝】の情報を集めてきました」

「急かして悪かったな、シス。さっそく教えてくれ」


 俺がそう言うと、シスは手に持っていたメモを捲りながら続けた。


「はい。【女帝】の軍は、一年前に行われた戦争の時点で総数4000でした。成長速度と比較すると、現在では5000体の配下が存在していると考えられます。また配下は【女】に関する存在、具体的に言えば雌型の配下が多かったです。そのため系統にはばらつきがありますが、アンデッドや霊体など、こちらの攻撃が通用しなさそうな敵がいるという情報は無かったので、とりあえずは問題無いと思います」


 アンデッドや霊体が確認できない、というシスの言葉に、俺は歓喜する。

 その報告は非常に喜ばしいものだった。

 俺の新兵器は非常に強力だが、アンデッドには効果が薄いし、霊体に至っては無効化される。だが今回の戦場では、その厄介な存在がいない可能性が高い。これは大きなアドバンテージだ。


「ありがとう。これで作戦立案が捗るよ。シスも会議に加わってくれるか?」

「はい。よろこんで」


 シスが俺の隣、アルスとは反対の右手側に腰を下ろす。そして静かに地図を見据えた。

 俺は作戦会議を続ける。


「…さて、シスのおかげで【女帝】の戦力がある程度見えて来た。俺が【女帝】なら、1000体を拠点の防衛に置いて、あとは全戦力で打って出るな」


 圧倒的な兵力差がある以上、【女帝】は全ての軍を使って拠点を守れば勝てる。

 だが彼女の性格を考えれば、きっと打って出てくる。全力で戦うと宣言した以上、俺が納得する形で敗北させようしてくるだろう。今回は、それを利用させてもらう。


 俺の言葉に、アルスが頷く。


「…拠点の防に1000。小島の占拠、要塞化に1000。あとは1000体ずつの三つの街道から進軍っすかね」

「そうですね。どの街道で戦闘になっても、三倍以上の数をぶつけることができる。我々の兵数を知っていれば妥当な数字です」


 こちらはどれだけ戦力を捻り出しても、300体ほどしかいない。

 【女帝】が本当に俺の力を警戒しているのなら、その三倍の数値を当ててくるのは至極当然な動きだろう。


「もし戦いになって足を止められれば、即座に援軍が飛んできて敵の数が十倍に膨れ上がる。そうなれば流石に厳しいかもな」

「自分もそう思います。強力な武器があるとはいっても、十倍の敵に囲まれたら厳しいっすから」


 そうなると、残る道は一つしかないように思える。


「それなら各個撃破がいいの!」


 残る可能性の一つについて思案していると、いきなり現れたルリがそう言った。


「お帰りルリ。各個撃破については俺も考えていたよ。だけどそうも行かない気がしてね」


 仕事をこなしてくれたルリを労いつつそう言うと、彼女が首を傾げた。


「何か問題があるの? こっちは300人だけど、パパも含めてSクラスが四人もいるんだよ?」


 彼女の意見は実に正しい。

 単純な兵数で劣る俺達が取るべきは、敵部隊の各個撃破だ。

 だが、これは単純な殺し合いではない。戦争という、ルールが定められた争いだ。


「実は【拠点】っていう項目があってね。多分だけど、ここを守らないと戦争には勝てないようにできてるんだ」

「ぶぅ。面倒なの」


 ルリがつまらなそうに唇を尖らせる。


 個々の力で見れば、俺の軍は【女帝】のそれに匹敵する。

 だが、兵力差はどうしようもない。


 拠点が落とされれば、敵をどれだけ倒しても敗北する。

 あくまで予想の範疇を出ないが、俺は戦争というものをそう見ている。

 こちらが全軍で各個撃破を行っても、その間に別動隊が拠点を落とすという事態は予想できた。

 

 しかし、やはり各個撃破というのは悪い作戦ではない。

 一般的に見れば、俺達に残された唯一の活路だろう。

 なんとか上手いこと各個撃破できる状況を作れないだろうか。


 …そこまで考えて、脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。


「…アルス、一つ聞きたいんだがいいか」

「はい! なんなりとどうぞっす!」

「【女帝】の立場から見て、俺達の活路は他にあると思えるか?」


 アルスは知略に長けている。

 相手の戦力とこちらの戦力、そして相手の強さを鑑みれば、その行動を容易に予想できる。

 少しだけ考えて、アルスは首を横に振った。


「……ないと思います。ご主人の力を警戒しているとはいっても、この兵力差では各個撃破を徹底しないと勝てないと予想するのが自然っす」


 その言葉に、俺はほくそ笑み。


「そうか。なら一つ、面白い作戦がとれるかもしれないな」

「作戦っすか」

「ああ。少し聞いてくれ」


 俺はそう頷いて、地図上にある道を指さして続ける。


「…【女帝】が軍を分けて来た場合は、やっぱり各個撃破戦法でいこうと思う」

「それでは、全員で拠点を捨てて動くということですか?」

「ああ」


 シスの言葉に、俺は大きく頷きを返す。

 拠点に引きこもっていては、合流した敵軍に蹂躙されるだけだ。それなら拠点を捨てて、合流する前に叩いた方が勝率が高い。


 先程とはまるで反対の主張に、ルリが目を丸くした。


「でも全員で同じ敵と戦うと、お父様がさっき言ったみたいに別動隊が拠点に攻め込んじゃうの」


 まさに、俺が危惧している事態をルリが指摘してくれる。

 だが、だからこそ俺は静かに微笑んだ。


「ああ。その通りだ。こちらの戦力が一か所に集中していると分かれば、【女帝】は俺達の背後と、拠点を襲撃しようと動くだろう」


 俺が【女帝】の立場であれば、必ずそうする。

 さきほど予想した戦力通りであれば、相手は5000もの大軍だ。

 拠点と高台の防衛に2000、攻めに3000とすると、俺達を潰すために2000、拠点を落とすために1000を使うと予想できる。


 2000対300では、俺達は全く身動きが取れない状況に陥る。

 その状況になれば、【女帝】は残りの1000で悠々と俺の拠点を攻め落とすだろう。


 部隊が三ついる状況では、どの部隊と最初に当たってもその構図に収束する。予想できる範囲の話でしかないが、はじめから詰んでいるようにも見える状況だ。


 だが、【女帝】がこちらの思惑通りに動いてくれるなら、彼女を出し抜ける方法が一つだけ存在する。


「…【女帝】は優秀で強い。だからこそ通用するかもしれない作戦を考えた。鍵になるのは”これ”と、”拠点の前を流れる川”だ」


 俺は【芸具模倣】でフード付きマントを作り出して、それを羽織る。

 そして頭の中で組み立てた作戦を三人に伝えていった。

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