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第八話:【戦争】のルール

 俺達の背後に現れたのは、身長二メートルを超える大男だった。

 好々爺然としているが、全身から凄まじい威圧感が放たれている。

 俺の前にいる【女帝】が、竜人に対して恭しく膝をついた。


「【竜帝】アガレス様、お久しぶりでございます」

「うむ。ルシアーノも元気そうで何よりだ。して、状況の説明を頼んでも良いかの」

「はっ」


 大きく頷いたルシアーノが凛とした声を出す。


「まず【騎帝】を筆頭とした同盟が【運帝】ノルン様に宣戦布告を行いました。そして、それを阻止するべくこの者が立ち塞がったのですが、彼は同盟者でも派閥の者でもありません。そこで、他の些細な事情もございましたので、私一人で彼の相手をしようとしていた次第です」

「なるほど。……ふむ、やはりお主が【芸帝】か。良い目をしておる」


 じっと見据えられて、俺の全身がゾクッと震えた。

 当然のように俺のことを知っており、一目で俺の全てを見抜かれたと確信できる。

 きっと、彼にはどんなブラフも通じないだろう。


 周囲の帝王たちがざわめく。


「【竜帝】様が【芸帝】如きの名を!?」

「他人に興味が無く、いつも『お主は誰だったかのう?』とばかり口にされる【竜帝】様が!?」


 そこまで行くと、もはや【竜帝】を馬鹿にしているようにしか思えない。


 だが彼にそんなつもりはないだろう。

 彼だって自滅するほど愚かではないはずだ。


 【竜帝】の身から放たれる威圧感はこの場の誰よりも強力だった。

 これでも抑えているのだろうが、溢れ出る力だけで全身が震える。


「…ヤバいな」


 肉体、オーラ、威圧感、全てが普通の帝王とは桁違いに大きい。

 【女帝】を始めて見た時も凄まじいと思ったが、今はそれ以上だ。 

 これが全ての帝王の頂点に立つ存在、”二十大帝”と呼ばれる存在か。


 冷や汗を流してその姿を目に焼き付けていると、【竜帝】が俺に向き直った。

 その顔には、荒々しい獰猛な笑みが浮かんでいる。

 彼はじっと俺を見据えて、口の端を緩めた。


「さて【芸帝】よ。お主には一つ聞いておかねばならないことがある」


 腹の底まで響くような重い声だ。

 しかし、いずれは越えなければならない壁であることも事実。ここで臆して声が出ないなどという醜態を晒したくはない。

 俺は気合いを入れて、腹から声を出した。


「はい、なんでしょう?」

「お主ほどの男が彼我の力量差を見誤ることはあるまい。…五帝同盟は強い、それを承知で【運帝】ノルンのために動いた理由を知りたい」


 竜人は見定める様な目で俺を見やる。

 ここで答えを誤れば、殺されるような予感がした。

 俺は一度喉を鳴らしながら、ゆっくりと口を開く。 


「…俺が、俺であるためです」

「ほう? それはどういう意味だ?」


 【竜帝】の瞳に興味の色が浮かんだ。

 俺は忙しくも充実していた、この三ヵ月のことを振り返えりながら続ける。


「…俺は帝王として生まれてから、ずっとノルンに助けられてきました。頼るべき記憶も力も無い俺を、ノルンは帝王として成長させてくれました。だから俺は、何もできずに彼女が滅ぼされるのは許せない。例え死ぬ運命にあるのだとしても、最後まで受けた恩に報いたいのです」


 帝王としての正解、そんなものに興味はない。

 俺は、俺だ。その正解は俺にしか分からない。


 俺の答えに、なぜか【竜帝】は腹の底から笑った。


「ふははは! そうか、やはりお主がそうか! ノルンはついに使ったのじゃな」

「…?」


 今の話のどこにノルンが関係あるのだろうか。

 訳が分からず、困惑する。

 【竜帝】はゆっくりと首を振ると、俺を見やって微笑を浮かべた。


「いやすまぬ。こちらの話じゃ。そうか、恩を返すために戦いたい、それを何の建前も無く言えるのはいい男じゃのう。ルシアーノが欲しがるのも無理は無いわい」


 【女帝】は静かに笑みを浮かべるだけで、何も言わない。

 きっと彼女も同じ意見だからだろう。少し誇らしい。


 だが、【竜帝】は僅かに目を眇めて続けた。


「じゃが、それだけではあるまい。お主の言葉に偽りはないが、他にも何か理由があるのだろう? それも教えてもらおうか」


 さすが全ての帝王の頂点に立つ存在だ。

 どうやら隠し事は通用しないらしい。

 俺は限界まで隠しておきたかった話を、仕方なく口にした。


「…俺の配下が、仲間が願ったことですから。もしノルンに危機が迫るのであれば、絶対に助けてあげてくれと」


 アルス達の存在は、【女帝】の前ではできる限り隠しておきたかった。

 俺に言葉を伝えられる、それだけの知性を持った仲間がいるという情報を【女帝】に与えることになってしまったが、致し方ないだろう。


「…ふむ、配下を仲間と呼ぶか。なんだか昔似た様な帝王がおったわい。懐かしいのう」


 俺の答えに、【竜帝】は腕を組んで獰猛に笑った。

 首に提げた金色のネックレスがジャラジャラと音を立てて揺れる。


「…あい分かった。腑抜けた理由であればワシが軽くボコってやろうと思ったが、その二つが理由であれば、もはや何も言うまい。今回の【女帝】と【芸帝】による戦争については、ワシが見届け人を務めてやろう」

「なんと!」

「じゃが、条件がある」


 【竜帝】が指を二本立てて続ける。


「まず戦争を今この場で行うこと、そして全ての者に観戦する権利を与えること。この二つが条件じゃ。もしこの条件を両者が呑めぬというのなら、今回の戦争は破棄。片方が呑めぬというなら、その方の負けとする。……【女帝】並びに【芸帝】よ。そなたらはその覚悟があるか?」


 余計な事をしてくれる、というのが正直な感想だ。

 当事者でない帝王たちに情報を与えないために、秘密裏に戦いを進めるのが戦争の基本だ。だが今回はそれを封じられている。


 この条件を呑むということ。

 それは即ち、この場にいる全ての者に俺の力を明かすことに等しい。


 【女帝】は強敵だ。

 俺が想定していた、安全に勝てるラインの限界である中堅帝王よりも、ワンランク上にいる存在と見て良いだろう。今の時点での全力を出さなければ、勝利を収めることは難しい。


 初めての戦争は、できれば力を温存できる相手が良かった。

 だが俺自身の行動の結果であり、ノルンを助けるためだ。

 もう引き下がることはできない。


 俺は頬を伝って来た汗を手の甲で拭って、震える手を握り占めて答えた。


「…もちろん。望むところです」

「私も、その条件で構いません」


 俺とは対照的に、涼やかな声で【女帝】が答える。

 彼女はとっくに、情報を盗まれる覚悟を決めていたようだ。


「よう言った。やはりそなたらは見込みがある。では話を進めようか、今回の戦争についてじゃ」


 俺と【女帝】の言葉に、【竜帝】は満足気に頷く。

 だがその表情とは対照的な言葉が彼の口から放たれて、俺は気を引き締める。

 すると【竜帝】が、思い出したように呟いた。


「おっと。その前に確認しておくことがあった」


 そして彼は、俺を見やって続ける。


「【芸帝】よ。お主は【戦争】は今回が初めてじゃったな?」

「はい。そうですが…」

「ならばお主に、戦争のルールを説明しておこう。これを見よ」


 【竜帝】が指を鳴らすと、俺の前に一枚の紙が降ってきた。

 俺はそれを難なくキャッチして、【竜帝】の言葉通りそれを眺める。


 紙には箇条書きで、戦争におけるルールが記されていた。

 それは以下の通りだった。


ーーーーーーーーーーーー


・戦争は仕掛けられた側が攻守の選択権を得る。

せめ手はまもり手の領地を攻撃する。

・戦争の勝利条件は、事前に両者合意の下で決定するものとする。

・敵兵、捕虜に対する過剰な暴力、凌辱、拷問などの残虐行為は禁止とする。また敵領地における戦闘に無関係な略奪行為も禁止とする。

・戦争に加担しようとする者は、宣戦布告の24時間前までに同盟、派閥に属する必要がある。

・戦争に勝利した者は、戦争を終結させる方法を選ぶ権限を持つ。

・戦争終結後に、相手の行動に対して異議申し立てがあった場合、独立した第三者によって戦争が分析される。その結果帝王の行いとして相応しいものではなかったと判断される場合は、勝負を無効とし、再戦とする。

・その他、戦争においては帝王間の合意によって形成された規則を適応するものとする。


ーーーーーーーーーーーーー


 様々なルールがあるようで、少し安心した。


 「敵兵や捕虜に対する残虐行為の禁止」という項目があるのは、もしかしたら、大昔にそういった行為が行われていた苦い記憶があるからかもしれない。もし仲間達がそんな目に遭ったらと考えると寒気がするし、これは戦争において互いが不幸にならないためにも、絶対的に必要なルールだ。


(戦争において遺恨を残すのは、そういった残虐行為が原因だったりするからな。ただ拷問が禁止と言うのは優しすぎるんじゃないか?)


 戦争は情報戦だ。

 時にそう言ったことも必要ではと思うが、それがルールなら従わなければならない。

 俺は頭の片隅に「拷問は禁止」とメモして、他にも気になるルールを重点的に眺めていく。


 次に気になったのは、攻守という概念だ。

 普通の戦争も戦況によって攻守に分かれるので、それを考えればなんら不思議はない。ただここまで明確に攻守を定める戦争というのは想像できないので、少しだけ驚いた。


 それから戦争勝利者に与えられる「戦争を終結させる方法を選ぶ権限」というのが興味深い。

 恐らく戦後処理をある程度自由に決められるのだろうが、どれだけの自由度があるのかが気になる。勝者にとって一方的に有利な条件を突きつけられるのか、それともある程度第三者の干渉があるのか、いずれにせよ戦争に勝利してみないことには分からないだろう。


 …目を引かれたルールはそのくらいだろうか。

 俺が一通りルールに目を通したことを確認すると、【竜帝】が一つ咳ばらいをした。


「さて【芸帝】よ、最後まで読み終えたか?」

「はい」


 俺がそう頷くと、【竜帝】は改めて声を張る。


「では、これから今回の戦争について説明する。大前提として、戦争のルールは守れ」


 当然だろう。

 いくら新人同士の戦争とはいえ、ルールは遵守しなくてはならない。


「それと、お主らの戦争には特別なルールを設ける。まず、今回の戦争は両者のみで行うものとする。援軍は許可せん。おぬしら二人の真剣勝負じゃ。それと【芸帝】が領地を持たぬゆえ、今回の戦場はワシが作るとしよう。戦いを始めるのは今より一時間後、場所は森林地帯じゃ。開始と同時に配下は全て戦場に移動するが、持ち物が必要であれば準備をしておけ。森林地帯の情報については、後に使用人に持たせるとしよう。ワシからは以上だ」


 その言葉に、俺は少し安堵する。

 【竜帝】は、俺が領地を持っていないことを知っている。だから『どちらかの帝王の領地で攻防戦を行う』という本来の戦争の基本形が取れないと判断したのだろう。


 俺としては【女帝】の領地に攻め込むことも覚悟していた。

 しかし、それは相手の情報が殆どない状況で、完璧に防御陣形を取っている相手に飛び込んでいくことになる。だが【竜帝】が戦場を用意してくれるなら、俺がとれる選択肢も増えてくる。ありがたい提案だ。


 【竜帝】はちらりと、俺達の背後を見やる。

 そこにいる五人の帝王とノルンを見やって、彼は言う。


「そして、もう一つの戦争についてじゃが、そちらを執り行うのは【芸帝】と【女帝】の戦争が終結してからとする。ノルン、異論ないな?」


 戦争が延期になったという事実よりも、俺は【竜帝】がノルンを名前で呼んだことに驚いた。

 二十大帝が名前を直接呼ぶ相手など、もはや一つしかいない気がするが…。

 ノルンはやれやれと苦笑して、首を縦に振る。


「…分かったよアガレス。今回ボクは当事者だからね、第三者であるキミの裁量に任せるよ」

「ふむ、ならば良い」


 今の一連の流れでノルンがどのような存在なのか見えて来た。

 二十大帝と名前で呼び合う仲であり、全盛期であれば中堅帝王の同盟と同等の戦力を持つ存在であることが確定した。つまり彼女は二十大帝か、或いはそれと同等の存在であることになる。

 

(…どんだけ強かったんだ、ノルン)


 ノルンの言質をとった【竜帝】が、再び俺達を見やる。


「では一時間後に戦争を始める。【芸帝】と【女帝】はそれまでに準備せよ」

「「はい」」


 俺と【女帝】が同時に頭を下げると、彼はその場を後にしていった。


 何とか一つの危機は切り抜けられたようだ。

 あの爺さんは俺の覚悟が半端なものであれば、俺を叩きのめしていただろう。戦争を吹っ掛けることは無理でも、彼が他のやり方を知っている可能性は高い。これからも用心した方が良さそうだ。


 ゆっくりと立ち上がった俺に、一足早く動き出した【女帝】が言う。


「プルソン、一つ忠告しておくわ」

「なんだ?」

「今回の戦い、私は全力で挑ませてもらうわ。あなたへの敬意を込めてね。もし大切な配下が傷つくのを見たくないなら、途中で降伏なさい。降伏しても悪いようにはしないわ」


 【女帝】はそう言って、気高く、美しい仕草で金色の髪を靡かせた。

 その仕草に、そこかしこから惚けた声が上がる。男を虜にする危うい魅力に満ちた女性だ。

 俺も一瞬見とれそうになったが、今はそんな事をしている場合ではない。


「…ありがたい申し出だが、その言い方だと悪い様にされるような気がするな」

「あら、ずいぶんと余裕があるのね」


 俺の冗談に、【女帝】は目の力を抜いて笑った。

 緊張は無い。数々の修羅場を潜り抜けてきた者特有の余裕が、彼女からは感じられる。

 

「まぁそれだけ覚えておいてくれればいいわ。それじゃあ、戦場でね」


 【女帝】は最後にそれだけ言って、軽やかな足取りで俺の前から去って行った。


 彼女の背中を見送りながら、俺の思考は急速にシフトチェンジする。

 敵である以上、同情はできない。例え彼女が強大な帝王であっても、俺は負けるわけにはいかないのだ。

少し長めのお話でした。前回が少し短かったので……。

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