第六話:【女帝】ルシアーノ
俺と五帝との戦いに割り込んだ少女。
彼女の挑戦的な声が、静かに響いた。
俺は彼女を見やって、ごくりと唾を呑む。
「…っ」
凄味のある少女だった。
少女の姿をしているが、その存在の大きさに俺の魂が震えている。
彼女は一体何者だ。
厄介そうに目を細めていた【騎帝】が、やがて口を開く。
「…何のつもりですか、ルシアーノ」
その言葉で、俺は得心した。
(そうか、そういうことか)
漂ってくる雰囲気が只者では無かったので、もしかしたらとは思っていたが、この女性が噂に聞く【女帝】らしい。
【女帝】ルシアーノは、自信に満ちた笑みで続ける。
「今言った通りよ。この戦い、私も参加させて欲しいのよ」
その突拍子もない言葉に対する反論は、五帝同盟から起こった。
美の化身、美しさの権化の様な女性が、嘲るような態度で首を振る。
「呆れたわ。同盟を断ったあなたがいまさら何を…」
「黙りなさい【美帝】。今私が話しているのよ」
だが【美帝】の言葉は、途中でへし折られた。
美帝がその美しい顔に怒りを滲ませる。
「なんですって! あの小娘本当にムカつくわ!」
「まぁまぁセーレ、落ち着いてください」
優男風の騎士である【騎帝】が二人の間に立ちはだかる。
怒れる【美帝】を静めた彼は、視線を【女帝】ルシアーノに戻して続けた。
「…さてルシアーノ。我々の戦いに参加したいとの話でしたが、セーレが言ったようにあなたは我々の同盟を受け入れなかった。我々は同盟を組んでいるからこそ、一緒に戦うことができるのですよ。もはや宣戦布告を宣言してしまった以上、今あなたがこの場に飛び込んできてもできることはありません。我々と共に戦う事はおろか、【芸帝】プルソン殿に加勢することもできません」
その場の全ての者の視線が俺に向く。
俺をじっと見やった【女帝】は、静かに息を吐いて視線を戻した。
「そうね、それは百も承知だわ」
「でしたら…」
「でも、私が彼に宣戦布告をしたら、どうなるかしら?」
「ルシアーノ、まさかあなたは…」
【女帝】の言葉に【騎帝】は驚いた様に口を開く。
彼女は口の端を緩めると、その言葉を肯定した。
「そうよ。私も彼もあなた達の戦争では部外者。だから部外者同士で戦う事にしたの。私は彼と一対一で戦ってみたい」
【女帝】の瞳に、強烈な興味が滲んだ。
彼女は俺をじっと見やり、そして小さく笑みを浮かべて続ける。
「…知っての通り、宣戦布告は同時には受けられない。受けるとするなら、戦力が低い方を相手にするというルールがあるわ。ここで私が彼に宣戦布告をすれば、彼は私の宣戦布告を受けるか、それとも両方のそれを拒否するか、そのどちらかを選ばなければならない。それならあなた達にも理があるとは思わない?」
宣戦布告にそんなルールがあったとは初耳だ。
【女帝】が言ったルールが適応されるのなら、俺は五帝同盟と戦うために、まず【女帝】を倒さなくてはならない。
目を眇め、俺は【女帝】ルシアーノを見やる。
(まったく、厄介なことをしてくれるな)
自信に満ち溢れた笑みを浮かべる【女帝】。
そんな彼女に、再び【美帝】が食って掛かった。
「ルシアーノ、言わせておけば好き勝手言って。そんなの認められるわけないでしょう! まったく自由過ぎるわ。だから私はアンタが嫌いなのよ!」
完全な私怨にしか聞こえないが、俺は黙って事の成り行きを見守る。
すると【女帝】は嘲る様な笑みで答えた。
「あら、それならお互い様ね。私もあなたの大きすぎる声、本当に嫌いだから」
「何をっ! 【芸帝】の前に、まずはアンタを滅ぼしてやるわ!!」
むきー、と【美帝】が吠える。
美しい女性があのような仕草をすると、恐ろしさより面白さが先に立つ。
彼女を軽くあしらった【女帝】は、ゆっくりと辺りを見渡して声を張った。
「ねえ、みんな少し聞いてくれるかしら。最も若い帝王が、五帝の同盟に立ち向かおうとしているのよ。あなた達が同じ状況だったら、そんなことができるかしら?」
悠々たる態度、全身から滲み出る自信が、彼女の言葉をより強固なものにしている。
「私はその勇気を認めるわ。彼が欲しくなったの。だから彼の相手は私がする。認めてくれるかしら?」
そこかしこから【女帝】に賛同する声が上がる。
やがてそれは、この場の総意へと変わっていった。
「みんな認めてくれてありがとう。それなら五人は元の予定通り、【運帝】ノルン様に挑めばいいと思うわ」
彼女の意見を認める者が過半数となった状況に、満足げな笑みを浮かべて【女帝】ルシアーノは髪を払う。
すると、我に返ったように五帝から再び反論の声が出た。
「な、何を勝手に決めてるでありますか!」
鳥頭の獣人が嘴を大きく開けて吠える。
たしか彼は【鳥帝】だったか。
しかし【女帝】は、彼をじろりと睨みつけて、鋭い犬歯を覗かせた。
「黙りなさい。もし邪魔をするというなら、あなた達ごと食い殺してあげても良いのよ?」
その殺気に【鳥帝】がゴクリと唾を呑む。
直接向けられていない俺ですら、少しだけ手が震えた。
圧倒的な威圧感に冷や汗を流す五人の帝王。彼らを代表して、【騎帝】がゆっくりと息を吐いた。
「…分かりました。ルシアーノ、あなたの提案を呑みましょう」
緊張、諦め、呆れ、全ての感情に蓋をするように、【騎帝】は長い時間息を吐いた。
【美帝】が焦りながら言う。
「ちょっとエリゴス、本当に良いの? 私達の戦いに首を突っ込んできた新米帝王を野放しにして」
彼らが俺を直接叩き潰そうとしているのは、宣戦布告を邪魔されたというプライドからだ。
帝王はプライドを重視する傾向にある。彼らにしてみれば、晴れ舞台を穢した俺は直接殺しておきたいはずだ。
だが【騎帝】は静かに首を横に振るだけだった。
その顔には苦笑が浮かんでいる。
「…これだけの帝王に認められて、その決定を跳ねのけることはできませんよ。公の場で宣戦布告するデメリットとして、この様なことも承知済みです。加えて彼女の意見には正当性がある」
「だけど…」
「それに、我々にもメリットがある。これからの戦いに向けて、悪戯に戦力を割かなくて良くなるのですからね」
なるほど、ただ【女帝】に恐れをなしたわけではないらしい。
ここで感情的になって、俺に固執してくれればそれでも良かったが、そう上手くはいかない。結果的にではあるが、【女帝】の行動は彼らの戦力を大幅に救うことになった。
もし俺と戦っていれば、例え勝利したとしても、ノルンを陥れるだけの戦力は残らなかっただろう。
ノルン救出が一歩遠のいてしまった。
【女帝】がどこまで考えているのか分からないが、もしかしたら俺の計画は見透かされていたのかもしれない。どちらにせよ厄介な相手だ。
「分かれば良いのよ。それじゃ、私は少しお話をさせてもらうわね」
【女帝】はそう言って、ゆっくりと振り返る。
そして俺を見やり、わずかに口角を吊り上げた。
どうやらまずは、彼女との決着をつける必要があるらしい。
俺は静かに気合いを入れ、【女帝】を見据えた。




