第二話:【星帝】オリアス
帝王たちの宴【円卓】が始まってから一時間ほどが経過した。
俺はその間、他の帝王たちと会話をして情報収集に徹した。
帝王は多種多様な種族の中に生まれるらしく、個性豊かな者達ばかりだった。
俺はテーブルにあったグラスを取り、注がれたワインの水面を見据える。
これまでの会話で確信したことがある。
それは、やはり帝王たちの情報網が存在するということ。
俺はこの三ヵ月の間、周囲警戒に長けたローゼに、何者かの目がある時は合図を出すように頼んでいた。合図が出た際は力を抑え、愚かな帝王を演じていたのだ。
その甲斐あって、その情報に踊らされた大半の帝王は俺を完全に格下に見ていた。
【三流帝王】と呼ばれた時には腹が立ったし、見下されるのは好きでは無い。
しかしここで相手を油断させておけば戦争で叩き潰せるので、甘んじて愚かな帝王を演じきった。
「…それにしても、まさかこれだけ残るとはな」
そう呟いて、俺は手に持っていたワインを一気に飲み干す。
旨い、力がみなぎってくる様な酒だった。
俺はグラスをテーブルの端に戻して、チラリと話しかけてこなかった帝王たちを見やる。
彼らは中堅の帝王、そして古い帝王たちだ。
その視線から、十中八九俺を警戒していることが分かる。
俺を警戒するということは、それ自体が彼らの力の証明になる。
ローゼの周囲警戒を掻い潜る者、偽の情報に騙されずに俺の力を疑う者、どちらにしても厄介な存在だ。さすが帝王と言うべきか、かなり力を入れた俺の情報操作に騙されない者達が、なんと全体の三割近くも存在している。
俺としては全ての帝王を騙すつもりで画策していたので、正直拍子抜けも良い所だ。
俺は迷っていた。
彼らに話しかければ、もしかしたら友好的な関係を築くことができるかも知れない。
しかし失敗すれば、危険視されて滅ぼされる可能性も出てくる。
「…だがタイミングを逃せば、接触すら難しくなるかもしれない。一体どうする」
行動するべきか、大人しく話しかけてくれるのを待つべきか。
どちらの行動が正解なのか、俺は測りかねている。
だが、古い帝王たちばかりに気を取られてはいけない。
彼ら以外にも、俺との会話の機会を伺っている帝王は多い。彼らの反感を買わないように、話せる内に話しておかなければ…。
「…全く、やることが多くて料理を楽しむ余裕もない」
新米かつ弱小のままでは、ここで行動を起こさないと生きていけない。
ある程度の力を身に付ければ、こちらが動かずとも周りが動いてくれるので、少しは【円卓】を楽しむ余裕も出てくるだろう。ひとまずはそれが目標だ。
「はやく派閥を作って【円卓】を楽しめるようになりたいな」
帝王の仕事は、思っていたよりも大変だ。
俺は小さく愚痴りつつ、気合いを入れて再び歩き出した。
♢
それから一時間ほど、俺はひたすら他の帝王と話して回った。
誰もかれも俺を見下しているのかと思ったが、中には同盟を組みたいという話もチラホラあったので、一応回答を濁して保留にしてある。万が一の時の保険になるし、後の繋がりとしても十分だ。
それに話していく中で、俺の街づくりを加速させてくれそうな力を持っている帝王を見つけた。いずれ彼らとは友好的な関係を築いていきたいと思う。
そんなことを考えて壁に寄りかかっていると、俺の肩に手を回してくる人物がいた。
「やぁ、初めましてだねキミ」
見上げると、そこには長身の青年がいた。
色白で白髪、そして白銀のモノクルと白いスーツと、とことん白い人だった。
いきなり身体接触をされて少し警戒する。
ノルンによれば、他の帝王を攻撃すると自分も死ぬらしいが、それならば幾らでも抜け道はある。
例えば自分の派閥に属する者にやらせる、というのは一つの手段だろう。
だが、目の前の青年が誰かに従うような人間には見えない。
その身から発せられるオーラが、今まで話してきた帝王たちとは桁違いだ。恐らく数百年を生きた帝王だろう。
だからこそ、気は抜けない。
俺は警戒を維持したまま、ゆっくりと口を開いた。
「初めまして、俺は【芸帝】プルソンと申します。何か御用でしょうか?」
俺がそう見上げると、男は驚いたように目を丸くしてから、静かに笑った。
「はははっ。やっぱり恐れないか。俺は【星帝】オリアス。よろしくだよキミ」
彼、【星帝】オリアスは、それからニヤニヤとした笑みを浮かべて顔を近づけて来た。
「それで、どうだ? いい感じの帝王は見つけたかい?」
そして早速、質問が飛んでくる。
こちらの情報を探っているのだろう。
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「そうですね。何人か派閥へ招待して頂き、同盟の申し出も頂けました。ただ少し考える時間を貰っています」
幾つかの同盟の申し出の他に、俺を下に見ている帝王達から派閥にも誘われた。
俺の力を見抜けない間抜けの派閥に属する気は更々ないが、目の前の男に優良物件だと思わせるために、引く手数多であることを匂わせる。
だがオリアスは、俺の言葉に目を丸くして笑うだけだった。
「ああ、いやいやそっちじゃないよ。可愛い子と話せたかってことだよキミ」
「…はい?」
俺は思わず、訝し気な視線を向けてしまう。
「【風帝】はどう思う? あの子は基本ツンツンしてるんだけど、実は寂しがりやな所あって良いと思ううんだよね」
このふざけた男は一体なんだ。
それが素直な感想だった。
というか、先程から語尾に「キミ」とつけてくるのが少し腹立たしい。
俺は引き攣りそうになる顔を必死に取り繕って、彼の腕から抜け出す。
俺には時間がない。
「そうでしたか。あいにくと俺はモテませんので、その手の話は苦手なんです。それでは俺はこれで失礼します」
俺がそうその場を後にしようとすると、【星帝】オリアスは慌てて後を追って来た。
「ああ、待った待った! 本題はそこじゃないんだって!」
俺はゆっくりと振り返って、オリアスを見据える。
他にも手に入れたい帝王の情報が山ほどあるのだ。
これ以上、こんなふざけた話で時間を無駄にするわけにはいかない。
「…なんですか?」
そんな思いを込めてため息を吐くと、彼は小さく頭を掻いて呟く。
「…全く、君は本当に冗談が通じない奴だねキミ」
「新米帝王なので時間に余裕が無いんですよ。それをご理解いただきたい」
俺にとっては今回が初めの【円卓】だ。
ここでどれだけ情報を入手できるかが、今後の動きを左右してくる。
情報は力だ。単純な武力だけでは帝王の世界を生き残っていくことはできない。
「そうだね、キミの言う通りだ。……さて、それじゃあ本題と行こう」
俺の言葉に、オリアスは小さく頷いて、真剣な表情になる。
そして身も凍る様な力を宿した瞳で俺を見やり、淡く笑った。
「俺は、キミを派閥に誘いに来たんだ」




