第二十七話:お約束
魔術の練習を始めてから数時間後。
太陽が遠くの山脈の向こうに沈み、辺りに紺碧が満ちる時間。本日のノルン特別講義を終えた俺とシスは、家に戻ってきていた。
「今日のご飯も美味しそうなの!」
「ルリ、野菜もしっかり食べないとダメですよ」
「シスは肉が足りないっすよ。そんなんじゃすぐバテちゃいます」
「アルスはもう少し沢山食べなさい」
ルリ、シス、アルス、ローゼの声が、俺の耳に届いてくる。
家の中を明るく照らすシャンデリアの光に包まれ、俺はローゼが作ってくれた料理の前にいた。
人数が人数なだけに、食事はオードブル形式でとることになっている。
アルスの皿には肉野菜バランスよく、ルリは肉が多め、シスは野菜中心で、食事一つとっても各々の性格が出ていた。
ただその中にあって、俺の皿は一際目立っていた。
なんと言っても、白一色。それはこの場において非常に目立つ。これまではあり得なかったことだ。
ローゼの食事は美味いし、俺はかなり食べる方だ。いつも皿が空くのは全ての料理が終わった時だった。しかし今日は、料理に手をつけられていない。
それは何故か。
単刀直入に言えば、ショックが大きすぎて食べられなかったのである。
「…ちくしょう……」
一人で俯いて絶望していると、事情を知っているシスが背中を擦ってくれた。
「パパ、大丈夫ですか?」
「ああ。ごめんなシス。こんな頼りない帝王で…」
「そんなことは……」
そのやり取りを見ていたルリとアルスが、俺達を見やって目を瞬く。
「お父様、どうしたの?」
「いつものご主人らしく無いっすね」
二人の言葉に苦笑したシスは、俺に目を向けてくる。
それから彼女は、意気消沈して声も出せない俺に代わって、何があったか説明してくれた。
「ええっと。実はですね……ちょっと大変なことがありまして……」
事の発端は、俺がノルンに魔術を習っている時に遡る。
あの後、俺はノルンに言われた通り、魔力を拳に集めようと努力した。
しかし、どれだけ試してもその感覚が掴めなかったのだ。
三十分ほど格闘した末に、不思議に思ったノルンが俺の体を調べてくれた。
すると魔力を魔術式に変換するための組織、皮膚の下を走っている【魔力回路】なるものが、俺には存在しないことが分かったのだ。
あの時のノルンとの会話を、俺は鮮明に覚えている。
『…プルソン。とっても言いずらいけど、キミには魔力回路が無いみたいなんだ』
『…それはどういう意味だ?』
『えっと、要するにね………MP自体は存在するんだけど、それを取り出す手段が無いってこと。聞けば特性ではMPを消費できたらしいから、そっちを伸ばす方向の方が良いのかもしれないね』
『え? それじゃあつまり……』
魔術は自身の内側にあるMPを魔力回路を使って外部に放出し、それを使って式を練り上げるものだ。よってどれだけMPが多かろうが、高等魔術を理解していようが、魔力回路が無ければ魔術は発動できない。魔術式を形成するために必要なMPが放出できないのだから当然だ。
さて、ここまでの話を聞けば誰でも理解できるだろう。
つまりは……。
「パパは魔術を使うことはできない……みたいなんです」
シスの言葉に、この場にいる全ての者が驚愕した。
魔術を使えない帝王など、なんと情けない。
俺が顔を上げると、少し驚いた顔をして話を聞いていたルリが、ゆっくりとその表情を笑みに変える。
「大丈夫なの! 魔術が使えなくても、お父様は十分強いの!」
「そうっすよ。それに自分達も頑張るんで、そんなに落ち込まないでください」
「別の戦い方を考えましょう」
アルスもローゼも、それに続いて励ましてくれる。
こういう時、励まされた方が惨めな気持ちになるのは何故だろうか。
だが、もはや魔術が使えないと分かった以上、ローゼの言うように他の戦い方を考えるしかない。それに、俺は帝王であり父なのだ。これ以上仲間達に情けない姿を見せる訳にもいかない。
「…そうだな。そうだよな」
俺は一度深呼吸をして、頬を両手で叩いて気合いを入れる。
そして何とかいつも通りの顔になるよう努力した。
「悪い、もう大丈夫だ。みんなありがとう。戦い方についてはまた考えてみる」
そうだ。方法が無いなら方法が無いなら考えればいい。
最後の最後まで往生際悪く足掻く、それが俺にできる唯一の努力だ。絶望するのは、その果てでいい。全ての方法を試し、死力を尽くして、それでもダメだった時で良いのだ。
それに、俺の強みは戦うことではない。
そんなことは、最初から分かっていたはずだ。
俺には頼もしい仲間達がいる。
自分にできないことは、この子達に頼っていけばいいのだ。
それに、せっかくローゼが作ってくれた美味しい料理が目の前にあるのだ。いつまでも不貞腐れていないで、楽しまなくては損というものだろう。
「悪かったな。んじゃ、いつも通り飯にするか」
自分の気持ちに整理をつけ、気合いを入れる。
それまで俺は相当ひどい顔をしていたらしく、みんな明らかに安堵した表情を浮かべた。
「それが良いと思うの!」
ルリの微笑み。
それを皮切りにして、いつも通りの食事が始まった。
「ですね。さて、それじゃあお皿をください」
「ああ、悪いな」
「いいんですよ」
そう言って、シスが手際よく俺の皿にバランスよく料理を乗せてくれる。
それを受け取って、俺は両手を合わせた。
「ありがとう。頂きます」
すっかりお腹が空いていたことを思い出した俺は、最初に目についたブロッコリーを口に運ぶ。
噛み砕くと、瑞々しさと共に旨味が口の中に広がった。
旨い。茹で加減がとても絶妙で、素材の味がとてもよく引き出されている。
俺はそれを咀嚼して飲み込んでから、微笑まし気にこちらを見守っていたローゼに声を掛けた。
「ローゼ、これはアルブヘイムでとれた野菜なのか?」
「ええ。ダンジョン帰りにお店で買って来たものですよ。名前はブロリーですね」
なんだその名前は、というツッコミは一旦置いておこう。
ローゼの言葉通りなら、このブロッコリーは一般人も手にできる食材ということになる。この味と美しい見た目は、現代の野菜とも遜色ない。それをこんな世界で作れるとは、一体どれだけの技術力があるのだろうか。
ブロッコリー……否、ブロリーをフォークで持ち上げつつ、俺は呟く。
「…やっぱり変な世界だな」
前から薄々感づいていたが、この世界はかなりアンバランスだ。
今例に出した野菜の品種改良に始まり、近代的な思考が取り入れられた頑丈な建物など近代的な文化がある側面、未だに移動は徒歩、良くても馬車が使われていたりする。
まるで文明のパッチワークだ。
しかし、この世界にいる存在。そして歴史に深くかかわってきた存在を考えれば、こんなアンバランスな状況にも納得がいく。
この世界の文明を進めているのは、おそらく帝王だ。
帝王は特定の知識を持ち、この世界に生まれる。そしてその力を発揮して成長していくのだ。ゆえにその力の余波は、技術革新やその他の恩恵として世界に影響をもたらすことになる。それが繰り返された結果がこのアンバランスな世界なのだろう。
脳裏に、シスと交わした約束が思い浮かぶ。
俺は自分の【領地】を、全力で発展させるつもりだ。
この力を使えば、きっと豊かな【領地】ができる。そしてそれは仲間や俺の【領地】に携わる全ての者を幸せにするだろう。
俺はそれを望んでいる。
しかし、それと同時に不安でもあるのだ。
俺が持つ知識が具現化すれば、その技術や知識は必ず世界中に知れ渡る。そしてそれがもたらす影響は、今までの帝王のそれよりも、明らかに巨大なものになるだろう。
(俺はこの世界に、どこまで影響を与えて良いんだろうか)
そんなことを漠然と考えながら、俺はフォークに刺さったブロリーを口に放り込んだ。




