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第二十五話:足りないもの

 ルリとシスが仲間に加わってから、およそ一週間が経った。

 俺は今、Lv2ダンジョンの前にいる。俺と向き合う形になっているアルスとルリが、装備の確認を終えて顔を上げた。


「それじゃご主人」

「行ってくるの!」


 俺は【円卓】に向けた準備のため、今日のレベリング、もとい戦闘訓練には参加しない。

 今日のダンジョン探索はアルスとルリ、それと付き添いのローゼだけで行われる。


「ああ、気をつけてな」


 俺はアルスとルリの頭をガシガシと強めに撫でてから、微笑を浮かべているローゼに目を向けた。


「ローゼ。二人を頼むよ」

「ええ、お任せください」


 俺は彼女に全幅の信頼を置いている。

 彼女は優しく、面倒見がよく、そして強い。付き添いを頼むのにこれ以上の人材はいないだろう。


 ローゼに小さく頷いて、俺は言葉を続ける。


「それと、これからの探索について一つ相談があるんだけど、いいか」

「はい。構いませんよ」

「他の帝王が情報を探ってるかもしれないから、探索中に周囲の警戒をしておいて欲しいんだ」


 相談というのは、他の帝王の監視についてだ。

 帝王やその配下にどのような存在がいるのか不明であるため、他の帝王が俺たちの情報を探るべく監視の目を張り巡らせているということもあり得る。もしローゼが他の帝王に情報を流すなら、もはや俺達に打てる手はない。しかし彼女が俺達に協力してくれるなら話は別だ。少しずるいかもしれないが、彼女の力を使わせて欲しい。


「もしそれが過干渉なら、断ってくれて構わないけど」


 正直な所、それはノルンに甘えすぎている気もする。

 しかし、それ以上に俺は仲間達が大切だ。ここは余計なプライドを発揮する場面ではない。


 俺が苦笑しつつそう言うと、ローゼは口角を緩めて優雅に一礼した。


「私はノルン様より、プルソン様の力になるように仰せつかっておりますので、全力で警戒いたしましょう。監視の目があると判断した場合は、如何なさいますか?」

「今日に限って言えば、アルスとルリに力を抑えるように伝えてくれ。俺がいる場合は俺に報告を頼む」


 どちらにせよ、監視の目がある時に全力をひけらかしたくはない。

 他の帝王達には俺を侮ってもらわないと困るのだ。俺達の本当の力を知られれば、どんな手段で滅ぼされるか分かったもんじゃない。


「かしこまりました。完璧にこなしてみせましょう」

「それは頼もしいな。それじゃ、改めて二人を頼むよ」

「ええ。それでは」


 再び一礼したローゼに、俺は安堵する。

 彼女が周囲警戒をしてくれるのであれば問題無いだろう。


 Lv2ダンジョンに向って歩き出したローゼの背中を、ルリとアルスが追いかけていく。

 その背中を少し不安な気持ちで見送っていると、二人がこちらを振り返って笑顔で手を振ってきた。


「行ってきます!」

「行ってくるっす」

「…ああ、頑張れ!」


 初めてあの子達だけで探索させるので不安だったが、あの調子なら心配せずとも大丈夫そうだ。

 Lv2ダンジョンへと入って行った三人を見送って、俺は大きく伸びをする。


「…さてと。俺も俺にできることをするか」


 そう呟いて、俺はノルンの城へと向かった。



 俺の感覚では、ノルンの城はかなり大きい部類に入ると思う。


 騎士文学に度々登場する城は、基本的に戦いを想定した要塞であることが多い。

 なぜなら騎士とは戦士階級であり、領地が危機にさらされたときには、城が防衛拠点になるものだったからだ。それに自分が捕獲されると身代金とかいろいろ面倒だったらしく、基本的に質素な外見で、中は複雑な構造になっていたらしい。


 ノルンの城はそれとは違い、どちらかと言えばゴージャスな、それでいて暮らしやすい城になっている。城壁の中には主に四つのエリアがあり、それぞれに分かりやすい役割が与えられているのだ。


 まずは本館。城の本体と言っていい、一番デカい建造物だ。

 ここには俺が誕生した玉座の間、ノルンの配下が使用する巨大な食堂、領地運営に必要な任務をこなす仕事場などが収まっている。ノルンやその配下が暮らしている場所だ。周囲を花々が咲き乱れる庭に囲まれており、白色の城と七色の花々のコントラストが実に美しい。


 次に別館。ここには「植物研究所」をはじめとした様々な研究施設があるらしい。「植物研究所」は他所の土地から持ってきた草木や野菜などを、この付近でも生産できるように品種改良する場所だと聞いている。


 あとは別館と同じくらいの大きさの建物として、腕試しのための決闘場がある。決闘場は文字通り小さなコロシアムのような感じで、日々ノルンの配下達が鍛練しているらしい。数十人が一斉に戦闘しても問題無いくらいの広さがあり、全力戦闘も可能だ。


 そして最後に、図書館だ。

 図書館は別館やコロシアムに比べて少し小さいが、それでもかなりの大きさがある。ノルンはかなりの読書家らしく、世界中から様々な本を収集してここに収納しているらしい。この世界に生まれたばかりの俺にとって、これほどありがたい場所はそうない。


 そして、この図書館こそ、俺の目的地だ。

 アルスとルリを見送って、一人で図書館までやってきた俺は、目の前の図書館を見上げる。

 

 図書館はドーム型の建物で、階層は全部で三つある。

 外見はさながら聖堂のようで、本館、別館と同じ白色の壁と青色の屋根の対比が実に美しい。

 中に入るための扉は木製で、重厚な両開きになっている。


 俺は迷うことなく、扉を開いて中に入った。


 建物は天井がガラス張りの吹き抜けになっていて、所狭しと本棚が並んでいる割にかなり解放感がある。本棚は円形でズラリと並んでおり、それが三階分あるのだから、膨大な量の本が納められていることは間違いない。この世界で本にどれだけの値打ちが付けられているのか分からないが、それでもここまで揃えるためにどれだけの歳月と金銭を費やしたのかは想像に難くない。


 この図書館には、やはりと言うべきか本を読んだり勉強したりできるスペースがある。

 俺は事前にとある人物から教えてもらった通りに図書館の中を進んで、その場所へ向かった。


 外の景色が見える大きな窓の前に設置された机と椅子。

 その一つに、一人の少女が腰を下ろしていた。彼女は本に目を通しながら、用紙にペンで何やら書き込んでいる。左右に数冊の本を積み上げ、それをテキパキと交換しながらペンを走らせていた。


 俺は迷わず声を掛ける。


「一人で行かせて悪かったな、シス」


 俺の声に、黒髪を揺らしてシスが振り返った。


「パパ。ずいぶんと早かったですね」

「そうか? 普通じゃないか?」

「パパのことですから、二人が不安でついて行ってしまうかと思ってましたので」

「そこまで過保護じゃないって」


 この子たちに甘いことは否定しないが、さすがに成長の機会を奪ってしまう訳にもいかない。だから今回は鋼の意志であの子達を送り出したのだ。


 それに、俺にもやるべきことがある。


「それで、ノルンはどこにいるんだ?」


 俺は辺りを見回しながら問う。


 そもそも、俺とシスがダンジョンでのレベリングに合流していないのは、先輩帝王ノルンに呼ばれたからだ。今朝、家の机に詳細な案内図と共に『図書館で待ってるからシスと一緒に来てね』というメモが机に置いてあったので来たのだが、肝心のノルンがどこにも見当たらない。


「もしかして遅刻…」


 俺がそんな事を言おうとした矢先、計ったかのように背後から声がかかった。


「ここだよ」

「おわぁ!?」


 いきなり背後に現れた存在に、俺は飛び上がる。

 それから大きく深呼吸をした。


「ノルン、心臓に悪いからやめてくれ」


 背後にいたのはノルンだった。

 彼女は悪びれもせずに「あはは」と笑う。


「まあまあ、これも授業の一環だからさ」

「授業?」


「そ。今日プルソンを呼び出したのは、この世界に関する知識を蓄えて欲しいからなんだ。それで何から学ぶべきかと思ったけど、まずは”魔術”について最低限の知識を持っておいて欲しくてね」


 ノルンが指先に炎を灯す。それからびしっと俺を指さした。


「それにプルソン。はっきり言ってキミに近距離戦闘は向いてない!」


 ノルンのしなやかな指を突きつけられて、俺は苦笑する。


「ずいぶんはっきり言うな。ローゼはレベリングの時に褒めてくれたぞ?」


 本当のことだ。

 ダンジョンでのレベリングを始めてから、戦闘訓練の一環として俺も剣で戦っている。そして剣を教えてくれるローゼも俺の力を認めてくれていた。


 俺が軽く反論すると、ノルンはふふんと鼻を鳴らした。


「ボクだって長い間帝王やってるからね、人を見抜く力には自信があるんだよ。確かにプルソンは目も良いし勘も悪くないし、体もちゃんと動かせてると思うよ」

「なら何で近距離戦がダメなんだ?」


 その三つがあればある程度は戦える、というかその三つが近接戦闘で最も大切だと思うのだが…。

 俺の言葉に、ノルンが少々真剣味を帯びた目を向けてくる。そしてゆっくりと口を開いた。


「それはね、圧倒的に自信が足りないからだよ」

「自信?」


 予想外の単語に目を瞬くと、ノルンは腕を組んで、チラリと横目で俺を見ながら続ける。


「これはボクの勝手な予想だけどね。プルソン、キミ近距離戦闘に対する自己評価、相当低いでしょ?」


 図星だった。

 俺は自分の近距離能力を信用していない。


「自信っていうのは、戦う上でとっても大事になってくるんだ。仮にそれが一時的なものだったとしても、自信の有無で勝敗が分かれる場合もある」


 確かにそうだ。

 同じ実力であれば自信を持っている、つまり自分を信用している者の動きの方が、迷いなく鋭いものになるだろう。俺の知っている知識で言えば、スポーツと似た様な考え方だ。


「ボクと戦った時のアレ、常にできるわけじゃないんでしょ?」


 アレというのは【芸具模倣】と【芸の主】の複合技についてだろう。

 【芸具模倣】によって生み出した武具を、【芸の主】によって引き出した知識によって振るう。それがノルンの前で見せた技だ。


「ああ。あれは俺の特性によるものだ。EPを使うから、普段から使う訳にはいかないな」


 一瞬の戦闘で4万ものEPを消費するのだ。

 それを常用できるのは、それこそ湯水のようにEPを獲得できるようになってからだろう。そしてそれは一朝一夕では不可能だ。


 軽く首を横に振ると、ノルンはうんうんと納得顔で頷く。


「だからだろうね。プルソンはアレを自分の力だとは思っていない。あくまで切り札的な立ち位置だと考えているからこそ、近距離戦闘に対する自信が足りないんだ」


 その言葉を聞いて、はっとした。

 確かに、俺は今までどこか恐れを抱いて戦っていた。それは切り札の万能さを知っているが故の恐れであり、それが自信の無さに繋がっていたのだろう。


「なるほどな……確かにその通りだ」


 ノルンには、本当に頭が上がらない。

 俺自身が気づいていない明確な弱点を、ノルンは誰よりも的確に指摘してくれる。


 得心がいった俺をどう思ったのか、彼女は一回手を叩いて表情を和らげた。


「まぁ、それは仕方ないことだよ。自信は成功体験に基づいて生まれるものだからね。もし他の帝王に対して近距離戦闘で勝てたなら、キミにも自信がついてくるかもしれないね」


 果たしてそうだろうか。

 俺は直接戦闘が得意な帝王ではない。例え一度や二度勝つことができたとしても、上には上がいるのだ。その事が分かっている以上、どれだけ勝利を重ねても自信を持つことは難しい気がする。


 そんな俺の思考を、ノルンの声が遮った。


「まぁとにかく、そんな訳で他の手段を模索しても良いんじゃないかと思ってね」


 その言葉で、ようやく俺はノルンの言葉の意味が分かった。


「つまり、そのとっかかりが魔法って訳か」


 近距離戦闘が苦手なら、それに代わる手段を見つければ良い。


 魔法による遠距離攻撃など、まさにその通りだろう。

 俺は魔法の使い方など知らないが、それで戦えるならEP的にもありがたい話だ。


 納得して頷くと、ノルンはふるふると首を振る。


「プルソン。今回教えるのは魔法じゃなくて魔術だよ」

「何か違いがあるのか?」

「厳密には同じものだよ。でも魔法は、大規模で世界の運命を左右するような魔術に付けられる名前なんだ。だから普通に使う分には魔術って呼ぶことが多いね」

「…なるほど」


 俺はそんな初歩的な事も知らない。というよりも、魔術に関する知識は皆無といっていい。


 【芸の主】で知識を引き出すこともできるが、今までそうしてこなかったのには理由がある。 

 それは魔術の知識量が膨大過ぎて、【芸の主】では細かい範囲まで限定することができないからだ。

 

 闇雲に知識を引き出しても魔術というものを深く知ることはできないだろうし、その術を行使できるとも限らない。ならば誰かに習うのが理想的だ。


 そんな俺にとって、ノルンの話は渡りに船だった。

 ここでノルンから魔術について学んでおけば、後々役に立つだろう。


「それじゃ、よろしく頼むよ」


 俺は小さく頭を下げて、シスの隣に腰を下ろす。

 するとノルンは俺達の正面に座り、一冊の本を取り出して笑顔で頷いた。


「任せて。ボクも魔術には少しだけ自信があるからね」

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