第二十三話:理想の領地を目指して
その後は三人が交代でレベリングを行い、ある程度の時間で切り上げて帰還した。
アルブヘイムには夜の帳が訪れ、俺は寝室で【帝王録】と睨めっこをしている。
椅子に腰かけて考えごとしていると、左の方から寝言が聞こえてくる。
「ぜったい追いつくの…」
「ルリたちには負けないっす…」
何の夢を見ているのか、ある程度予想ができて微笑ましい。
ベッドの一つでは、既にアルスとルリが熟睡していた。
アルスはネグリジェ、ルイはピンクのパジャマで眠っている。
レベリングの疲れもあったのだろう。
ルリが先に寝落ちし、それに続いてアルスも眠りに落ちた。
ルリの寝相は良いが、アルスは壊滅的なので定期的に布団が捲れてしまう。
俺は立ち上がって二人に布団をかけてやりながら、もう片方のベッドで熱心に魔法書を読んでいるシスに目を向けた。
「シスはまだ寝ないんだな」
「私は夜型なので。けっこう遅くまで起きてるんですよ」
シスが微笑む。
今の時間は夜の九時過ぎくらいだ。
レベリングは朝の九時くらいから行うので、今から眠ると大体十一時間くらいは眠ることができる。
俺は十時に寝て八時に起きるという、十時間の睡眠サイクルを組んでいるが、アルスやルリはそれ以上に眠る。Sランクという膨大な力を制御するには、かなりの体力を消費するのだろう。
その理論でいくと、ルリと双子であるシスもこの時間に寝ているはずだが、彼女はばっちり起きている。
確か昨日も俺と同じくらいまで起きていたはずだ。
少し心配になる。
「夜更かししたらレベリングに支障がでないか?」
「早めに寝てしまうと夜中に起きてしまいますし、魔術を使って睡眠をコントロールしているので大丈夫なんです」
その言葉に驚く。
「睡眠をコントロールできるのか」
「はい。私は魔術が得意なので、深い睡眠が持続できるように回路を組んであるんですよ」
「へえ。さすがだな」
器用な子だ。まさか寝ている間にも魔術を行使できるとは、さすがSランクに匹敵する力を持つ存在だ。ステータス上ではAランクだが、実際の所はそれ以上だろう。
俺が感心していると、シスは自慢気に胸を張った。
「パパの子供ですから」
「そうだったな」
初めてステータスを見た時も、彼女はそう言っていた。
やはり力を二人に分け、知性を保たせる選択をしたのは正解だった。
コミュニケーションから能力や性格を知ることができるし、何より自分に近い存在なのでリラックスできる。
そんなことを考えていると、シスがふと真面目な顔になる。
そして魔法書を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
「パパ、一つ聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「私とルリは双子です。ルリには戦いに関する才能があるように、私には膨大な知識があります」
シスの瞳が、わずかに揺れる。
「…知識の中には、帝王という存在に関する知識もありました。帝王は領地を作ってそれを反映させると」
「ああ。その通りだ」
それは俺もノルンから聞いている。
そう頷くと、シスは俺に向き直って、まっすぐと目を合わせて来た。
「そこで一つ聞きたいのです。パパはどのように、領地を運営していくおつもりなのですか?」
これまでレベリングに夢中だったためか、あまり問われる機会が無かった疑問だ。
「不安なのです。私の知識の中にあるような力は、パパにはありません。愚かな他の帝王に狙われないとも限りません」
「まあ、その可能性は高いだろうな」
俺の能力を欲する帝王は多いだろう。いずれ戦いになることは予想ができる。
少し先の未来を思い浮かべながら呟くと、シスはゆっくりと頭を下げた。
「パパの力を疑っているわけではないのです。戦いになったら、私たちは全力で戦います。でも、それでルリやアルス姉さん、そしてこれから生まれてくるであろう妹や弟を失ってしまうのだと思うと、どうしても不安なのです」
シスの気持ちはよくわかる。
俺も戦争で仲間を失いたくない。
「そうだね、それは俺も嫌だよ。シスもルリもアルスも、俺にとって大事な仲間だ。だから極力戦いにならない道を選ぼうと思う。俺も戦いは好きじゃないからね」
帝王として生まれたが、俺は心のどこかで戦いを拒絶している。
芸能に特化した帝王であることが影響しているのか、それとも別の理由があるのか分からない。
しかし一つ言えるのは、戦いで仲間が死ぬことを恐れている、ということだ。
「だから、できるだけ平和的な領地を運営したいと思ってるんだ。俺が作るのは街だけど、他の帝王とは違う。どんな種族でも、どんなヤツでも楽しく暮らせる理想の街を目指そうと思う。そのために平和を乱さない限り、たとえ帝王だって受け入れる」
集客のためというのもあるが、大きな目的は他にある。
帝王には派閥が存在すると、かつてノルンが教えてくれた。
俺は将来的に、自分の派閥を作りたいと思っている。そうすれば易々と戦争を仕掛けられることはなくなるし、万が一戦争になっても援軍が期待できるからだ。
それに、俺の街は他の帝王の力を取り込むことで、何倍もの速さで成長できる。
俺の帝王としての≪特性≫【芸の主】には、極まったありとあらゆる知識が納められている。それらを活用すれば大抵のことはできるだろうが、一つ問題があるのだ。
俺はあくまで知っているだけで、創ることには長けていない。
だが、他の帝王と友好的な関係にあれば、その弱点は少なからず克服できる。
そして、友好的な関係を築くためには、俺と街を知ってもらうのが効果的だ。
知りもしない相手のことを信用しようとするのは盲信であり、そんなヤツと友好関係を結んだところでまるで意味がない。
手を組むなら、俺のことを疑い、知ろうとしてくれるヤツがいい。
「もし平和を乱す存在が現れたら、どうするのですか?」
「その時は全力で滅ぼすよ」
俺の思惑通りの街ができれば、それは誘惑の塊となるだろう。
新しい技術や娯楽が次々と誕生し、世界中から無数の商品や種族が集まってくる楽園だ。
そんな極上の果実を狙う者は、必ず現れるだろう。
「だけど心配しなくていい。俺はシスたちを失うような状況にはさせない。そのために、万が一戦争になっても圧勝できるように、これから準備を始めるんだからな」
俺の言葉に、シスが小首を傾げる。
「これからですか? てっきり私とルリを召喚した時から始まっているのかと思っていました」
「俺は二人を最強の戦力として召喚したけど、それは何も必ず敵に突撃させるってわけじゃない。敵を滅ぼすために、俺はもっと凶悪な軍隊を作るつもりだよ」
戦い嫌いな気質と矛盾するようだが、俺は平和主義者ではない。
もし平和を脅かそうとする敵が現れたのなら、全力で滅ぼすつもりだ。
純粋なSランクのアルス、条件次第でSランクとなるルリとシス。
Sランク三人を仲間にした今、もはや特級戦力に問題はない。
そこで俺は、これから本格的に軍隊の作成に取り掛かろうと考えていた。
敵を殺す、そのことだけに特化した最強の軍隊を揃える。
「それが分かったら、今日は安心してお休み」
「はい。でもまだちょっと不安なので、今日は寝るまで一緒にいてくれませんか」
「いいよ。読み聞かせでもしておこうか」
横になったシスの頭を撫でて、俺はその隣に潜り込む。
そして【芸具模倣】を使って有名な絵本を幾つか作り出した。
シスが微笑む。
「私は、そんな子供じゃありませんよ」
「俺から見ればシスは可愛い娘だよ。例え完成された形で生まれて来たとしてもね」
俺の言葉に、シスが意外そうに目を瞬く。それから小さく笑って紅の瞳を閉じた。
「そうでしたね。……それではパパ、おやすみなさい」
「ああ。お休み」
それから数分間、俺は彼女の隣で読み聞かせを続ける。
やはり、この子たちは俺にとって代え難い存在だ。
幸せそうに眠る三人の寝顔を見て、俺は改めてそう思った。




