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第一話:帝王の世界

 少女との攻防が収束した。

 

 少しだけ呼吸を整え、落ち着きを取り戻した俺は、改めて玉座に座った少女と向き合っていた。


「さて、改めてはじめましてだね。ボクは【運帝】ノルン。君の先輩だよ。ノルンって呼んでほしいな」


 ノルン。

 その言葉が妙にしっくりくる。


 俺は頷きつつ、浮かんできた純粋な気持ちを口にした。


「帝王っていうのはさっきも聞いたな。ノルンが俺の先輩で、俺も帝王だとか」


 確か彼女はそう言っていた。

 俺の言葉に、ノルンは大きく頷く。


「そうだよ。この世界に産み落とされた、帝王の雛。それがキミだ」


 あまり実感が湧かない。

 俺はいたって普通の人間だと思うが、さきほど使った力と関係があるのだろうか。


「そもそも帝王ってのは何だ?」


 問うと、ノルンは少し思案して答える。


「そうだね。概念的に言えば、生まれもった特殊能力で、自分の領地を発展させる存在かな?」

「特殊能力?」

「うん。キミも既にその力に目覚めているはずだよ」

「さっき使った力のことか」


 ノルンに力を示せと言われて、ほとんど無意識に使った力。あれは確かに特殊な力だった。

 俺の答えに、ノルンはうんうんと頷く。


「その通り! この世界には色々な力を持った帝王がたくさんいるんだ。帝王は互いに協力し合い、時には喰らい合って自分達の領地を発展させていく。キミも帝王として生まれたからには、領地を発展させるっていうお仕事があるんだよ」


 複雑な話に、俺は首を傾げる。


「面倒だな。帝王なのに仕事があるのか」


 帝王は民の上に君臨するだけの存在だと思っていたが、そうではないらしい。

 意外にも世知辛い帝王事情に言及すると、ノルンは朗らかに笑った。


「あはは。たしかに帝王って玉座に座ってるだけってイメージあるよね。でも残念ながら、この世界の帝王はそんなに甘くないよ。まあ説明だけしても分かりにくいだろうから、一緒に玉座に座ってくれる?」


 ノルンに手招きされて、俺は彼女の隣に座る。

 ふかふかとしたソファのような玉座は、かなり座り心地いい。

 隣に座るノルンから、ふわっと花のような甘い匂いがした。


「それじゃあ今から、帝王の力を見せるよ。よく見ててね。……えいやっ!」


 そんなかけ声と共にノルンが手を二回叩くと、彼女の手の上に可愛らしい絵本が出現した。


 絵本は誰に言われるまでもなく開き、そしてどんどんとページが捲られていく。

 やがて外見からは想像もできない、緻密に数字が書き込まれたページが開かれた。


 そこにあったのは、膨大な情報だった。

 ノルンがそのページに触れ、スッと空中に向けて指をスライドさせると、そこに記載されていた情報が空中に浮かび上がる。


 その一連の動作に、思わず声が漏れた。


「おお、これは…」

「すごいでしょ。これは【帝王録ていおうろく】って言って、帝王はこれを使ってお仕事をするんだ。具体的な内容で言えば、領地や配下の管理でしょ、あとはEPを使ったり集めたりだね」


 自慢げに、嬉しそうに語るノルン。

 だが、俺には一つ疑問があった。


「その、EPってのはなんだ?」


 耳慣れない単語だ。

 ノルンは【帝王録】とやらを操作する手を止めずに答える。

 

「まあボクたちのご飯だと思ってくれればいいよ。ボクたち帝王が生き残っていくためには、このEPが重要なんだ。敵を倒したり、他の帝王を倒したり、自分の【領地】が発展したりすると入手できる」

「EPが得られないと、死ぬのか?」


 今の言い方だと、餓死するようには思えない。

 だが意外にも、ノルンは俺の疑問を肯定した。


「うーん、まぁ簡単に言えばそうなるかな。別にお腹がすいて死んじゃうってわけじゃないんだけど、獲得してるEPが少ないってバレると、他の帝王たちから狙われやすくなるんだよね」

「他の帝王を倒した時にEPが手に入るからか?」


 EPの入手方法に、その項目があった。

 俺の言葉に、ノルンが感心した様子で頷く。


「そう! よく覚えてたね。何万っていう生き物を倒すより、帝王一人倒したほうが遥かに効率的なんだよ。もし獲得EPが少ないってバレたら、他の帝王が積極的に倒しにくる。実際、帝王同士の【戦争】は頻繁に起きてるから巻き込まれないように注意してほしいかな」


 そうなると不安になる。

 俺はまだ生まれたての帝王だ。当然、EPを取得できる見込みもない。もし俺の存在を感じ取られれば、俺よりも先に生まれた帝王たちが戦争を仕掛けてくる可能性が高いということだ。

 俺の不安に気が付いたらしいノルンは、なぜか嬉しそうに俺を見つめた。


「キミは強いのに頭も回るね。でも大丈夫だよ。帝王はたまに生まれているけど、分かるのはどんな帝王が生まれたかってことだけだから」

「……それも結構な問題じゃないか?」


 俺にしてみれば、その情報も致命的な弱点のように思える。

 しかし、ノルンは首を横に振った。


「帝王が【戦争】を仕掛けるには、相手の【領地】を知っている必要があるんだ。だけど生まれたてのキミにはまだ領地がない。だから自分から仕掛けさえしなければ、たとえ能力を知られても【戦争】にはならないよ」


 なるほど、ひとまずは安心ということか。 


「ちなみに教えておくけど、新米帝王が【領地】を作れるのは最初の【円卓】に参加してからなんだ。だからどんなに無茶しても、キミはまだ【領地】を作れない」

「【円卓】?」


 耳慣れない言葉に、首を傾げる。

 また知らない単語が出てきた。

 

 その意味を問うよりも早く、ノルンが続ける。


「【円卓】っていうのは、定期的に開かれている帝王が集うパーティーみたいなものだよ。全部の帝王が強制参加だから、生まれたての帝王から最強の帝王まで、全部の帝王が一堂に会するんだ~」


 ノルンの言葉で、俺を取り巻く大体の状況が理解できた。

 一応状況を整理しておく。


「…つまり俺は新しく生まれた新米帝王で、まだ【領地】を作れない。そんな状況で【円卓】までにどれだけ力をつけられるかが勝負ってことか?」


 ノルンがうんうんと頷く。


「そういうこと! 飲み込みが早くて助かるよ。次の【円卓】が開かれるのは今から三か月後だから、これから準備となるとけっこう忙しいよ~。じゃんじゃんEPを稼いで強くなっていかないとね!」


 未だに自分の置かれた状況に困惑してはいるが、現状をはっきりさせておく。

 これまでのノルンの話で分かったことは、全部で四つだ。

 

 一つ目は、俺が帝王として生まれたということ。


 二つ目は、帝王にとって必要不可欠なのがEPと呼ばれるものであり、EPは生物や他の帝王を倒したり、自分の【領地】なるものが発展すると手に入る。俺はまだ【領地】を持つことはできないが、ある期間を過ぎればそれが可能になる、ということ。


 三つ目は、三か月後に、【円卓】という帝王たちが集まる宴があるということ。


 そして四つ目が、【円卓】までにそれ相応の力を手に入れていないと、他の帝王に狙われる可能性があるということ。


 その恐怖に、少しだけ身震いする。

 訳も分からず他の帝王に殺されるのは御免だ。


 そんな気持ちのまま、俺は縋る様な思いでノルンに尋ねる。


「なぁノルン。他の帝王に殺されないためには、どうすればいい?」


 俺は死を恐れている。


 …いや、そうではないのかもしれない。

 俺は自分が死ぬことによって、何か大切なものや人が傷つくことを恐れている。


 俺の魂は、その恐怖や痛みを知っているようだった。

 死ぬわけにはいかないという強い使命感が、俺の魂に刻み付けれていた。


 複雑な感情を内包した俺の言葉に、ノルンが柔らかい笑みで答える。


「それは強くなるしかないんじゃないかな。強さにも色々あるからね。戦い、領地運営、交渉……なんでもいいから、とにかく自分の武器を見極めて強くなっていくこと。これがキミの成すべきことだ」


 俺の武器。

 それを知るには、まず自分を知らなくてはどうしようもない。

 しかし、俺は自分のことを何も知らない。記憶も無い。それを知りたいという欲求が心の底から湧いてくる。


「その顔、キミが何を考えているか想像がつくよ。自分が誰なのかを知りたいんでしょ?」

「…良く分かったな」

「ボクにもそういう時期があったからね。だからこそ言わせてもらうけど、それを知りたいなら強い帝王になることだよ」


 ノルンが真剣な顔で続ける。


「生半可な力しか持っていない帝王じゃ、絶対にそこには行きつけない。だけど強くなれば”それ”を知る機会も生まれてくるはずさ。だからその始まりとして…」

「【円卓】だな」

「その通り。この【円卓】までに力を高めるんだ。それがキミを知るための第一歩だよ」


 当面の目標が決まった。

 それは三か月で大量のEPを手に入れて、できる限り強くなること。

 もし目標を達成できなければ、俺は早々に他の帝王たちに喰われることになるだろう。


 覚悟を決めた俺の両肩を、ノルンがぽんぽんと叩く。


「さて、生まれてからやることはある程度決まってるんだ。疲れてるかもしれないけど、この道を通ると通らないとじゃ大きな違いがでるからね。しっかりとやっておこうか」

「ああ、頼むよ」


 頷きつつ、脳裏に一筋の光が指すのを感じる。


 俺の頭の中に眠る知識や記憶は何なのか。 

 何のために、どうやってこの世界に生まれたのか。 

 そして、「俺」とは何者なのか。


 それはまだ分からない。

 しかしノルンは、それを知る道標をくれた。

 

 それは、誰よりも強い帝王になるということ。


 最強の帝王を目指して、努力を積み重ねていく。

 これからはただそのことだけを考えて生きていこう。 

 

 頭の中に渦巻く不安や恐怖を振り払って、俺はそう心に決めた。 

初回投稿なので、二話分投稿です! 定期更新がんばります!


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