第十八話:目標達成と不安
あれから、かれこれ十日が過ぎた。
気が付けば、帝王として生まれて一月が経とうとしている。
ここ最近は、とにかく戦いに明け暮れていた。
戦闘訓練という意味もあるが、やはりEPをはやく獲得したいという思いが大きかった。
今日も一日中Lv2ダンジョンで狩りをした。
そして今、アルスが今日のノルマを達成する。
「これでラストっす!」
気合いの入った掛け声と共に、アルスが剣を一閃させる。
最後のリザードマンが一刀両断され、経験値を落として消えていった。
経験値から生み出されたEPが、俺の中に吸収される。
俺はアルスの戦闘を何回も見てきたが、彼女の戦闘は本当に勉強になる。
洞窟という狭い空間。動きがかなり制限される状況のなかで、複数のリザードマンを圧倒する力と判断能力は見事としか言いようがない。
ただローゼは、今の戦闘における課題を見出していたようだ。
戻ってきたアルスをまっすぐに見て、声を発する。
「アルス。一撃一撃をもっと大切にしてください。相手がただのリザードマンではなく、プルソン様を狙う敵だと思って剣を振るうことができれば、そんなやわな剣筋にはならないはずですよ。それに、最後少しだけ気が抜けていましたね。仮に相手が帝王であればその隙は致命的ですよ。追い込んだ敵ほど難しい相手はいません。そのことを良く覚えておくように」
「はいっす」
ローゼはアルスに対してかなり辛口な評価を出す。しかしそれは他でもないアルスが望んだことだ。
言葉を優しさに包むローゼに、アルスは「それじゃあ自分はいつまでも強くなれないっす」と言って、あえて厳しいアドバイスが欲しいと頼み込んでいたのだ。
そんな背景があるため、ローゼの厳しい指摘にも嫌な顔はしない。
アルスは今も自分の失敗を認め、さらに強くなろうと努力を続けている。その姿勢を俺も見習わなくてはならない。
ちなみに、俺もローゼに厳しく言ってくれと頼んだのだが、さすがに遠慮された。やはり妹分であるアルスと俺では少し見方が違うのだろう。
そんなやり取りを眺めたあとで、俺は呟く。
「…今日の分はこれで終わりだな」
「ええ。プルソン様もアルスも、お疲れさまでした」
ローゼがうなずく。
アルスはたった今ノルマを達成したし、俺も彼女より先に完了しているので、今日のレベリングはこれで終わりだ。
疲労感を感じ、ゆっくりと伸びをしながら答える。
「ああ。今日はゆっくり休むことにするよ。それと、明日は休みにしてもらってもいいか」
いきなりの俺の言葉に、彼女が目を丸くした。
「あら、珍しいですね。ここ最近はずっとレベリングをしていたのに」
ローゼの言葉に、俺は口角を吊り上げる。
「明日は特別だ。やっと必要なEPが溜まったんでね」
ここ二週間はEPを溜めるためにずっと戦い続けてきた。そして明日は、溜めに溜めた膨大なEPを使う。
「あ! ご主人! それはもしかして!」
アルスがぱあっと笑顔になった。
俺は頷きつつ、その言葉に答える。
「ああ。やっと俺達の新しい仲間が生まれるんだ」
今日の狩りでようやく22万EPが溜まった。
それは【固有召喚】一回分のEP。
ここまでかなり長かったが、これで次のステップへと進むことができる。
「わーい! 楽しみっす!」
「なるほど。そういうことであれば、明日はお休みにしましょう」
【固有召喚】はEPを大量に放出する。その際の疲労は想像を絶するものだ。
当然、今日のようにレベリングをすることはできない。
ローゼはそのことを理解しているようだった。
「ありがとう。それとローゼ、明日ノルンと一緒に家まで来てくれないか」
もう一つ頼みごとをする。
ローゼが翡翠の瞳を、ぱちくりと動かした。
「ノルン様と二人で、ですか」
「ああ。ちょっと手伝ってほしいことがあってね」
想像できる範囲だけでも、俺にとって【固有召喚】は様々なリスクが伴う。
代表的なもので言えば、二つだ。
まず一つは、EPの大半を使い切ること。
もし今、俺を監視している存在がいるのなら、俺の力の概要も明らかになっている可能性が高い。俺の将来性を危険視する者、その力を欲する者からすればこれは絶好のチャンスだ。暗殺を仕掛けてくる可能性も考えられる。
そうなれば、EPが無くなった俺では対処は難しいだろう。しかし、アルスだけでなくノルンやローゼが一緒にいてくれるのであれば、この問題は余裕で解決できる。
もう一つのリスクは、生み出す存在がSランクであるということだ。
俺が具体的に危惧しているのはこちらだ。それこそ、ノルンとローゼを呼びたいと考えるほどに。
それはSランクという規格外だからこそ起こる問題。帝王を打倒しうる存在だからこそ、注意を払うべき問題だ。
アルスは二つ目のリスクを理解できなかったようだが、ローゼはちらりとアルスを見やってから不敵に笑った。
「……なるほど。そういうことであれば、ノルン様にお声がけしておきます」
「悪い、頼んだ」
どうやら俺の言葉に含まれた危惧を全て理解してくれたらしい。
アルス、ノルン、ローゼがいれば、大抵の事態には対応できるだろう。
彼女たちが協力してくれるのは非常にありがたい。最悪の事態を回避するためには二人の協力が必要不可欠だ。
「さて、それでは帰りましょうか。今日のご飯は何がいいですか?」
「俺はピザかな」
「自分はクリームパスタがいいっす!」
そんな他愛もない会話をしながら、俺達は帰路についた。
頭の中にはすでに、召喚する仲間についてある程度の構想がある。
もしかしたらアルス以上の化け物が生まれるかもしれない。
それは楽しみだ。しかし、同時に恐ろしくもある。
アルスが召喚された直後にノルンへと斬りかかったように、次に生まれる存在も暴走する可能性がある。
いや、俺の構想通りの存在が生まれた場合は半分以上の確率で暴走するだろう。しかし、その賭けに勝てば、俺は最強の矛を手に入れることができるはずだ。
だが、今になって否定的な感情が表に出始めている。
もし生まれた配下が暴走したら、その時は……。
「…こっちも全力で対処する必要がある、か」
楽し気にローゼと話すアルスを見やって、静かに息を吐く。
「……だが戦力は必要だ。最後までそうならない可能性を模索するしかない」
俺は湧き上がってくる様々な感情を静めるように、明日の【固有召喚】に向けた構想を練った。
♢
今日、ようやく二体目の仲間を召喚する。
昨日はレベリングを終えて家に戻ったあと、ローゼの料理を楽しんで英気を養い、しっかりと睡眠をとった。その甲斐あって体調は万全だ。
「ご主人、戻りました!」
「ああ、ありがとう」
リビングで【固有召喚】のための最終調整を行っていると、アルスに連れられてノルンとローゼがやってきた。
相変わらずニコニコとした笑顔を浮かべたノルンが、やあと片手を上げる。
「プルソン。誘ってくれてありがとう」
「それはこっちのセリフだ。わざわざ来てもらって悪いな」
【帝王録】から意識を逸らしてそう言うと、ノルンは満面の笑みで頷いた。
「大丈夫だよ~、ボクの方は色々ひと段落したからね。それでさっそくだけど、今回はどんな子を召喚するか、もう決めてるのかな?」
「ああ。純粋な戦力になってくれる子を召喚したいと思ってるよ」
そう答えると、隣に座っているアルスの表情が曇った。
「ご主人、自分じゃ力不足っすか」
悲し気な声を漏らしたアルスの頭を撫でつつ、俺は苦笑する。
「そういうことじゃない。アルスのことは信頼してるし、強さも疑ってないよ。アルスは俺にとって最強の懐刀だ」
戦闘能力が高いことはもちろん、一緒にいる時間が長いため俺の動きを良く分かっている。護衛にするなら彼女以上の適任はいないだろう。
「だけど、もし【円卓】で他の帝王と揉めごとになったら、アルス一人じゃ足りないんだ。俺を守りつつ相手の戦力を削るっていうのは、いくらアルスでも難しいだろう?」
「…それは、その通りっすね」
アルスは賢い。
だからこそ、即座にその状況を想像できたのだろう。
戦争という場面で考えてみると、よりイメージしやすい。
アルスを俺の盾として考えるならば、戦争に勝つためには相手の戦力を削る矛が必要だ。最強の盾と最強の矛が揃えばこちらも打てる手が多くなる。
今回生み出す存在には、俺の矛としての役割を担ってもらう必要がある。そのため純粋な戦力として生まれて欲しい。
「アルスがいらなくなるとか、そういうことじゃないんだ。これからどんな子が生まれてきても、アルスは俺にとって大事な仲間だよ」
「はい! 分かりました。もう大丈夫っす!」
強いので忘れがちだが、アルスは戦闘に特化しているわけではない。
全てのことを高い水準でこなすオールラウンダーだ。
オールラウンダーであるアルスですら、これだけの強さを持っている。
戦闘に特化したSランクでは、どれだけの強さを持つのだろうか。
それを想像しただけで寒気がする。
そして、ノルンとローゼに来てもらった理由はそこにある。
今回は単純な戦力を願うので、意思疎通が難しい存在が生まれる可能性もある。
もしそんな存在が暴走したら、この街にも被害が出てしまうかもしれない。
だからこその二人だ。
「さて、始めるか」
もはや憂いは無くなった。
俺は立ち上がり、【帝王録】から【配下召喚】を選択する。
そして、今日まで貯めてきた全てのEPを解放した。
「【固有召喚】」
俺の体から膨大なEPが放出される。
そして、新しい仲間の誕生が始まった。