第十七話:戦闘訓練
Lv2ダンジョンでのレベリングを始めてから、一週間が経った。
アルスはレベル8に上がり、めきめきとその力を伸ばしている。
そして、この数日で俺達のレベリングに大きな変化があった。
それはアルスだけではなく、俺も戦闘に参加しているということだ。
一週間前、アルスの戦いぶりに感化された俺は、ローゼに戦闘指南を頼んだ。
すると彼女は、俺に魔物との戦闘を提案してきたのだ。
当然俺は、彼女の提案に乗った。
幸いレベル2に上がったことで紙装甲ではなくなったし、ここの魔物は多様な武器を扱うので戦闘訓練にも最適な環境だったからだ。
そして今まさに、Eランクの魔物リザードマンを相手に戦っている最中だった。
『キュエエエ!!』
長剣を持ったトカゲ人間が、凄まじい雄叫びと共に斬りかかってくる。
俺はそれをじっと見据えて、手に握った剣を一閃させた。
狙いはリザードマンの剣だ。
「はぁッ!!」
ローゼの教え通り、力を入れすぎないことを意識して剣を振るう。
円弧を描いた俺の剣は、吸い込まれるようにしてリザードマンの手元へと向かう。そして狙い通りヤツの剣を空中へと弾き飛ばした。
その衝撃でリザードマンは大きくのけ反る。しかし、すぐに体制を立て直して数メートル後方へ跳躍した。
俺は迷うことなく、武器を失ったリザードマンに向かって疾走する。
アルスに比べれば遅くてキレの無い動きだが、これでも成長したほうだ。というか、攻撃力と機動力に優れた彼女と比べること自体、あまり意味がない気がする。
リザードマンの瞳がぎょろりと俺に向いて、腕がピクリと動く。
殴りかかってくるのか。
俺はそう思い剣を斜めに構え、ヤツの拳を警戒する。
しかし、攻撃は予想外の方向から飛んできた。
『グルァ!!』
魂の籠った叫びと共に、意識外にあったヤツの右足が俺の顔目掛けて放たれる。
俺はそれをギリギリのところで回避すると、ヤツの心臓に剣を突き立てた。
ボフっという音と共にリザードマンが塵となって消え、EPが入る。
俺は手に持っていた剣を振ってリザードマンの血を落とし、剣を鞘に戻した。
心臓がバクバク鳴っている。
冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。
最後の最後でやられかけた。危ないところだった。
ちなみに使っているのは、街で購入してきた長剣だ。
本当は【芸具模倣】で武具を呼び出そうと思ったのだが、ノルンとの戦いで生み出した刀同様、形になってもすぐに消えてしまった。俺のレベルが足りないのか、それとも別の理由があるのか分からないが、やはり武具作成はまだ難しい。
少し焦りが出る。時間が来るまでに武具くらいは満足なものを揃えたいところだ。
戦闘で乱れた息を整えていると、背後から声が掛かる。
「…プルソン様。相手と距離を詰める時は、相手を誘導することを心がけてください」
振り返るとノルンの側近、妖精のローゼがいた。
ローゼの隣には、今は休憩中のアルスがいる。
「それと、最後リザードマンのフェイントに騙されていたので、そこを注意してください。戦いが得意な帝王は、あのようなフェイントを効果的に活用してきます。相手の動きだけではなく、目線、表情、態度から行動を予想できるようになることが大事です。次はそこにも注意するようにしてください」
ローゼは俺とアルスに、戦闘に関するアドバイスをくれる。
彼女は改善点を端的に指摘してくれるので次の戦闘に生かしやすい。
「分かった。アドバイスありがとう、ローゼ」
「はい。ですが能力に頼らずにあの動きができるのは見事でした。どんどんと動きは良くなっていますので、続けてくださいね」
厳しい指摘の最後に、ローゼは笑顔で付け加えた。
彼女はこういう気配りもできる女性だ。それにアルスからの相談を熱心に聞いてくれているように面倒見がいい。
彼女が言うように、俺は今の戦闘で、何一つ能力を使っていない。
【芸の主】を使えばリザードマンなど一瞬で倒せるだろう。だがEPがもったいないし、俺にも訓練をしなくてはならない理由があった。
それは、他の帝王が戦闘に有利な能力を持っている可能性が高いからだ。
ノルンに話を聞いたところ、高い戦闘能力を有している帝王は多いそうだ。
そんな彼彼女らに、レベルと特性で劣っている俺は、戦闘能力で大きな後れをとっていると考えて然るべきだろう。帝王と同じSランク、高い能力値を持つアルスの戦いぶりを見て、改めてそう思った。
そしてその差を少しでも埋めるためには、戦闘技術を習得する必要がある。
まだ敵対勢力がいない今の内に、ある程度の力はつけておきたいのだ。
能力ばかりに頼り、己の技術を磨くことを忘れれば、俺は成すすべなく敗北する。
その可能性が見えているのに、鍛錬を妥協することはできなかった。
「プルソン様、まだ戦えますか?」
「…ちょっと疲れたな。少し休憩したい」
続けて戦えるかもしれないが、注意力が散漫になってきている。
このまま戦闘を継続しても、得られるものは少ないだろう。
それよりはアルスの戦闘を見て学んだ方がいい。
「分かりました。……ではアルス。今度はあなたの番ですよ」
「はいっす!」
俺と変わるようにして、アルスが先頭に立つ。
その背中を眺めながら、俺は新しい仲間の重要性についても考えていた。
【円卓】がどんなものかは分からないが、必ずしも平和的に終わるとは限らない。むしろ他の帝王たちから喧嘩を吹っ掛けられる可能性を考慮しておくべきだろう。
もしかしたら、戦争に発展する可能性もある。その重責をアルス一人に全てを背負わせてしまうのはかわいそうだし、何より軍隊と呼べるものが欲しい。
「…あと二ヵ月と少し。やりたいことは多いが、優先順位を決めておかないとな」
ノルンが教えてくれた期限まで、あまり猶予は残されていない。
【固有召喚】や【選択召喚】で配下を増やすにしても、しっかりと計画を練らないと良い結果にはならない。帝王として生まれて一週間程度しか経っていないが、すでに俺の帝王としての力は試されていると思った方がいいだろう。
そのためにも、まずは少し長い目で現状を見る必要がある。
俺は【帝王録】を呼び出して、現在のステータスを確認する。
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名前:プルソン
種族名:魔族
ランク:S
LV:2
EP:108,800
統率36 知略42 耐久25 攻撃22 魔力65 機動32 幸運15 特殊120
特性:芸の主 芸具模倣 鼓舞の音色 ??? ???
固有能力:顕現の芸者
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よし、EPがかなり溜まっている。
要因は大きく分けて二つある。
一つは俺が戦闘を行うようになったので、直接経験値を得る機会が増えたこと。そのおかげてアルスに頼りきりだった時に比べてEPの獲得効率も上がっている。
もう一つは、アルスに釣られてハードなスケジュールを組んでいたことだ。アルスが定めた目標は、一日に四十体のリザードマンを倒すこと。俺もそれを見習って、技術の成長という意味もこめて、一日に三十体のリザードマンを倒すノルマを設定した。
リザードマン一体を倒した時に入手できるEPは平均で300くらいだ。それを三十体倒すと9,000EPが手に入り、アルスの倒した敵の経験値を一部取得できるので、合計すると一日で一万前後のEPを獲得できる。
この調子であと一週間と少し、レベリングを続ければEPは20万を超えるだろう。
そうすれば【固有召喚】でSランクの仲間を呼び出し、【円卓】までにレベリングができるはずだ。
正直言ってかなり大変だが、ここで手を抜けば他の帝王に一気に差をつけられてしまう。最初は地道に力を蓄えていくしかないだろうし、そこに近道などない。それを考えるのは、もう少しできることが増えてからだ。
俺は自分にそう言い聞かせて、アルスの戦いに目を向ける。
そして少しでも彼女から技術を盗もうと、必死に頭を回した。