第十六話:Lv2ダンジョン
翌日、俺とアルスはローゼに連れられてLv2ダンジョンを訪れていた。
今日はノルンがいない。彼女は俺達の世話をローゼに一任している。仕事が忙しいとのことだったが、デリケートな話題だと思ったので俺も詳しい話は聞いていない。
「あんまりLv1と変化はないんだな」
「そうっすね」
ダンジョンの中で、俺とアルスは辺りを見渡しながら呟く。
Lv2ダンジョンの基本的な構造はLv1と同じで、洞窟型のダンジョンだった。
違いは最低でもレベル20の魔物が出るということ。そのため危険は増すがレベリングの効率が良い。
俺たちの声に、前方を行くローゼが反応した。
「大きく形状が変わるのはLv3からです。ですがLv2の魔物であっても、様々な武器を使いますから油断はできませんよ」
「分かってる。アルスはともかく、俺はまだレベル1だしな。気を抜いたら大怪我じゃすまない」
相手のレベルは俺よりも遥かに高いはずだ。ランク差があるとはいえ、気を抜くことはできない。
深呼吸して意識を攻略に集中させていると、ローゼがこちらを振り返った。
「そのことなのですが、プルソン様。ノルン様より伝言がございます」
「伝言?」
「はい。『一つでいいからレベルをあげておいた方がいいよ!』とのことでした。一撃を耐えられるかどうか、それが生死を分けると思っての言葉だと思います。おそらく1万EPくらいでレベル2に到達できるので……上げておいて損はないかと」
ローゼが少し控えめに発言する。
もしかしたら、他の帝王にEP使用を促すことに躊躇しているのかもしれない。
だが俺もその意見には賛成だった。
いつまでもレベル1のままでは攻略についていけなくなる。それに、いつでもローゼやアルスが守ってくれるとは限らない。自分を強化する必要があるとは、俺も前々から思っていたことだった。
「そうだな。ちょうどいい機会だし、レベルを上げておこう」
俺は頷いて【帝王録】を開く。
幸いにも、昨日のレベリングでEPが4万近くまで増加している。レベルを一つあげるくらい、どうということはないだろう。
「【レベル上昇】」
俺はEPをレベルアップに使用する。
すると魂がドクンと震えた。体中を膨大なエネルギーが駆け巡り、力が湧いてくる。
なるほど、これがレベルアップか。
一応、ステータスを確認しておく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前:プルソン
種族名:魔族
ランク:S
LV:2
EP:28,400
統率36 知略42 耐久25 攻撃22 魔力65 機動32 幸運15 特殊120
特性:芸の主 芸具模倣 鼓舞の音色 ??? ???
固有能力:顕現の芸者
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
一万EPほどを消費したが、レベルが一つ上昇し、また能力値も上がっていた。
統率が1、知略・攻撃・機動がそれぞれ2、魔力が5、耐久に至っては20も上昇している。
アルスに比べて能力値の上り幅が大きいのは、おそらく元の能力値が低いからだろう。
なんにせよ、ノルンのアドバイス通りレベルを上げて良かった。
特に耐久と魔力が大きく上昇したのは嬉しい。
耐久が上がればその分死にずらいし、魔力は俺のメインウェポンでもある【鼓舞の音色】の発動時間に直結する。上げておいて損はない。
それに何というか、帝王としての格が上がった様な気がする。
「…力が湧き上がってくるな」
【帝王録】を閉じてそう言うと、ローゼがゆっくりと頷く。
「帝王のレベルアップは存在の進化そのものですからね。一つ一つのレベルアップの恩恵が大きいと聞いたことがあります」
存在の進化か。言い得て妙だ。
ふと思ったが、先輩の帝王たちは一体どのくらいのレベルなのだろう。
「…答えられる範囲で良いんだけど、上位の帝王のレベルはどのくらいなんだ?」
「私も詳しいことは存じ上げませんが、最強の帝王だと70後半といったところでしょうね。帝王のレベルは機密情報なので滅多に手に入らないんです」
「そっか。…それにしてもレベル70か」
一人心地にそう呟く。
レベル一つを上げるのにも相当苦労する。きっと何十年、いや何百年と己と配下を鍛え続けた帝王だろう。存在の進化を70回以上繰り返した先にある高み、そこから見る景色はどんなものなのだろうか。かなり興味がある。
どちらにしても、凄まじい力の持ち主であることは疑いようもない。できれば敵対したくない存在だ。友好的な関係を築けるようにうまく立ち回らなければ…。
思考の渦に入りかけた俺を、ローゼの言葉が引き留める。
「さて、それじゃあ狩りを始めましょう」
ローゼの言葉で、一気に気が引き締まる。
そうだ。俺達はレベリングのためにここにいる。今はそれ以外のことを考える余裕は無い。
「ああ」
俺はしっかりとうなずく。
それからあまり時間を空けずに、ぞろぞろと人型の魔物が現れた。
二足歩行で武器を構えている、全身を覆う鱗と爬虫類型の頭が特徴的な魔物である。ゲームや漫画、アニメなどでよく見る存在だったので、知らず知らずの内に言葉が漏れた。
「…リザードマンか」
「仰る通り、あれはランクEの魔物リザードマンです。よくご存知でしたね?」
解説をしてくれたローゼが少し驚いている。
確かに帝王といえど、初めて見る魔物の名前を言い当てる機会はそうそうないだろう。
「まあ、何となくそうじゃないかって思っただけだ。それより、これは早速戦いになるな」
リザードマンの群れは通路を封鎖する形で進んできている。あれを避けて通るのは難しいだろう。
ローゼもそれは同意見のようで、静かに頷きを返した。
これから、戦いが始まる。
その空気を感じ取ったので、俺は隣に立つ少女の背中に手を当てた。
「…アルス、いけるか?」
戦うのは俺ではなく、アルスだ。
背中に手を当てているので、彼女の心拍数が徐々に上がっていくのが分かる。きっと戦いに興奮しているのだろう。
「任せてください! 魔物を倒しまくって、さくっとレベル15まで上げるっす!」
やる気に満ちた表情で、アルスがふんと鼻を鳴らす。
この調子なら、問題はなさそうだ。
ちなみに、俺が戦闘に参加しないのは、アルスにできる限り経験値を獲得させたいからだ。
彼女がレベル15になれば、Lv3ダンジョンでのレベリングの許可が下りる。そうすればEPにも多少の余裕が出てくるだろうし、帝王としてできることも広がるだろう。
ただ、俺もある程度の戦闘訓練を積んでおかなければならないのも事実だ。
いつか機会があったら、俺も実際に近接戦闘をしてみたい。何か得られるものがあるはずだ。
そんなことを考えながら、俺はアルスの背中を押す。
「さあアルス、頼んだぞ」
「ご主人のためにも、自分がたっくさん経験値を稼ぐっす!」
大きな声で意気込んだアルスは、リザードマンの群れに向かって走り出す。
そして宣言通り、レベルアップによって強化された力で敵を蹂躙していくのだった。