第十四話:死の笛
ノルンたちに続いてダンジョンに入ってから、しばらく経った。
その間何度か魔物と遭遇し、俺は早速自分の力を試そうと意気込んでいたのだが…。
「遅いっすよ! はぁっ!」
金色の剣が一閃される。
するとまたしても、ランクGの魔物スケルトンが何もできずに、ただの骨に変わった。
アルスに倒されたスケルトンが青い塵になって消えていく。
ノルン曰く、魔物は死体が残らないため、ああやって消えていくらしい。
スケルトンたちが消えた直後、俺の中にEPが蓄積される。
どうやら近くにいるアルスが敵を倒した場合、俺にもEPが入るようだ。
直接戦闘が得意ではない俺にとって、これは非常にありがたい。
それから間を置かずに新たなスケルトンたちが現れるが、俺以上にやる気に満ちているアルスによって即座に蹂躙されていく。
その様子を眺めながら、ノルンがあははと笑った。
「ほんとにアルスは強いな~。これじゃあプルソンの出番はないね」
その通りだった。
俺達はアルスが蹂躙したあとを歩いているだけだ。
不完全燃焼な思いを取りあえず棚上げして、俺はこの惨状について問う。
「…スケルトンはレベル10以上あるはずだろ? アルスはまだレベル1だ。それなのに、どうしてあんなに一方的な勝負になるんだ?」
「それは仕方ないよ。レベル10以上っていっても、スケルトンはGランク。Sランクは生まれた時から、Cランクの最大レベルくらいの力を持ってるからね。当然こうなるよ」
これは重要な情報だ。
一見すると「アルスがめちゃ強い!」という情報に見えるが、実はさらに大事な情報がある。
それは、レベル次第で、上のランクの相手を倒せる可能性があるということだ。
アルスを例にすると分かりやすい。
彼女はSランク、ノルンも認める規格外の存在だ。それでもレベル1なので、今のままだと高レベルのBランクに負ける可能性があるのだ。Aランク上位が相手となると負ける確率の方が高い。
Sランクであっても無敵ではない。そのことを忘れないようにしないと。
俺が頭にメモっていると、戦闘を終えたアルスがとことこと駆け寄ってきた。
今の彼女は戦闘用に鎧を着ている。デフォルメされた騎士人形みたいで可愛らしい。
「ご主人! 見てくれたっすか!」
「ああ。アルスは強いな」
俺は素直に称賛を送る。
Sランクである事とは別に、アルスは戦闘スキルが高い。
多対一でも焦らず、確実に相手を倒せる時まで無理をしないのだ。それを打ち崩さんと相手が動きを見せれば、的確にその隙をつく。非常に上手な戦い方だ。
戦いが上手すぎること、ランク差があること。二つが相互に影響し合った結果、スケルトンたちは蹂躙されてしまったわけだ。正直やつらには同情を禁じ得ない。
「えへへ。ほめられたっす!」
アルスが嬉しそうに笑う。
無意識の内に彼女の頭を撫でながら、俺はあることを考えていた。
それは、俺自身の戦い方についてだ。
アルスが強烈過ぎて忘れがちだが、実は俺もSランクである。
帝王が全員Sランクで生まれるため、純粋な戦闘能力を持っている帝王との戦いだと、俺は何の役にも立たない。しかし、雑兵相手なら何か良い戦い方があるはずだ。
何かいい方法は無いか、少し知識を漁ってみよう。
「ご主人? どうしたっすか?」
アルスの声で意識が現実に引き戻される。
ノルンと話している時もそうだが、誰かと話している時にふと考え込んでしまう事が多い気がする。これからは気を付けよう。
「いや、悪い。ちょっと考えごとをしてた。アルス、ちょっとだけ交代しよう。俺も試したいことがある」
そしてちょうど、知識の中から面白そうなものを見つけた。
【芸具模倣】を生かせるものだ。
能力を試したいので、アルスには一度下がってもらおう。
「分かりました! ご主人に従うっす!」
「ありがとう」
満面の笑みで頷いてくれたアルスは、そそくさとノルンたちの元に合流した。
ダンジョンに入ってからアルスは、ノルンとローゼに戦闘指南を受けており、もうすっかり打ち解け合っている。最初は嫌そうな顔をしていたが、アルスも内心では仲良くしたかったのだろう。
三人が仲良くしてくれるのは、非常に喜ばしいことだ。
さて、眼福はこのくらいにして、集中しよう。
さっそくEPを消費して、知識にある芸能を形にする。
「【芸具模倣】」
今のEPは3万7500。
アルスの活躍でそこそこEPが増えているが、昨日の実験では、4万1350あったEPが3万6000まで減少していた。
この結果から、今回は最高級のアコースティックギターを、5350EPを消費して作成した計算になる。アコースティックギターでその程度の消費であれば、さらに小さなサイズの”これ”は問題なく作れるはずだ。
片手間でそんなことを考えつつ、俺は正確に道具を選び、作り出す。
「これがプルソンの力か~」
「珍しいタイプですね。生産系でしょうか」
後ろでノルンとローゼが呟く。
やがて一際眩い光が、俺の手中から放たれた。
俺の手の中にあったのは、やや小さい拳大の頭蓋骨。
禍々しい赤色の、人間の頭蓋骨をかたどった小さな陶器の笛だ。
例の如く、能力を確認してみる。
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死の笛……即死効果(小)。レベル差、ランク差に応じて効力が変化。既に死んでいる者には効果が無い。近いレベルや近いランクの者にも効果が無い。
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ふざけた名前だが、これは実在する道具だ。れっきとした伝統芸能に関わる芸具なのである。
はじまりは古代アステカ、メソアメリカ文明の国家だ。その奇形、独特な音から注目を集め、現代にも受け継がれてきた芸具、それが死の笛である。
色物であっても、その効果は絶大だ。
死の笛を握った俺の前に、ぞろぞろとランクFの魔物たちが現れる。ゴブリンの群れだ。
運がいい。
どれもさきほどのスケルトンのようなアンデッドではなく、生きとし生けるものだ。死の笛の発動条件を完全に満たしている。
一応、≪特性≫【鼓舞の音色】を発動する。
【鼓舞の音色】の効果は次のとおりだ。
【鼓舞の音色】……発動中・自身の芸能を見聞きした味方の全能力値上昇(上昇幅は熟練度、レベルに応じて変化する)・攻撃力、防御力、機動、固有能力に補正(中)。芸能に応じて様々な効果を付与する。
昨日アコギに付与された力が強化された理由は、おそらく味方支援の力をもっていたからだ。
両者の説明を見た限りでは望みが薄いが、今回の死の笛にも効果が乗ってくれれば、俺のメインウエポンになりえるのだが……。
再び死の笛の説明に目を向ける。
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死の笛……即死効果(小)。レベル差、ランク差に応じて効力が変化。既に死んでいる者には効果が無い。近いレベルや近いランクの者にも効果が無い。
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残念ながら、死の笛の説明を見ても、なんら変化は無い。
やはり、そう上手くはいかないか。
もはや不要になった【鼓舞の音色】を解除して、攻撃に移ろうとする。
「あ、そうだ」
その前に、やっておくことがある。
俺は攻撃に移る前に、背後を振り向いて美少女たちに笑みを向けた。
「みんな、耳を塞いどいてくれるか?」
三人が困惑しつつも耳を塞いだのを確認して、俺は敵に向きなおった。
そして死の笛を構え、発動する。
使い方は簡単で、後頭部に空いている穴から空気を吹き込むだけ。するとどうなるか……。
『キ”ャアアアアアアアアアアアアアアア!!』
大絶叫である。
即死効果を持った女性の悲鳴の様な音が、ゴブリンたちに届く。
即座に、ドサッと崩れ落ちる音がして、ゴブリンの群れはそのまま絶命した。
「おお、結構使えるなこれ」
俺の中にEPが流れ込む。
その心地よい感覚を堪能していると、背後からノルンが駆け寄ってきた。
「ちょっと! なにそれ! すっごい嫌な声が聞こえて来たんだけど!」
「耳塞いでたんだろ?」
俺がそう言うと、ノルンはむっとした顔で猛抗議してくる。
「妖精の耳はすっごく良いの! だから耳塞いでても聞こえてきちゃうんだよ! もうそれ使わないでよね!」
「でも、一撃で倒せるから効率良いし……」
これは戦闘能力に自信が無いからこその工夫だ。
だが俺の言葉は、ノルンの怒りに油を注ぐだけだった。
「とにかく! それはもう使用禁止! 破ったら絶交だからね!」
それにノルンだけでなく、ローゼとアルスも眉を潜めていた。
「私もその音はあまり得意ではありませんね」
「ご主人、なんか胸がきゅってなるんで、できれば使わないで欲しいっす…」
そう言われてしまうとローゼにも申し訳ないし、何よりアルスが泣きそうな顔をしているのが一番効く。まだ十代半ばの少女に聞かせて良い音では無かったかもしれない。
「……分かった」
死の笛は素晴らしい能力を発揮した。
しかし、俺は金輪際この武器を封印しようと決める。美少女たちの大バッシングを受けて使い続けられるほど、俺は強メンタルではない。
もし次使う機会があるとすれば、それは彼女たちがいない戦場だろう。