第十一話:新たな覚悟
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「【芸具模倣】」
小さくそう呟くと、頭の中に、数多の芸能に使用する道具が思い浮かぶ。
直感的に、それぞれの道具がどのような力を発揮するかを理解できる。
【芸の主】か【芸具模倣】のおかげだろう。
やがて俺は、一つの楽器を選択した。
多くの者に愛され、多岐にわたる音楽を奏でた弦楽器。
「わー! 凄いっす!」
アルスがキラキラとした目で、俺の手の中を見ていた。
EPが放出される感覚があり、眩い光が俺の手の中に生まれる。
それは次第に六十センチほどの大きさの弦楽器になった。
白い木材を基調としたボディ。ピンと張られた弦が美しい。
俺の腕の中にすっぽりと収まるようにして生まれたその楽器は、まぎれもないアコースティックギターだった。
能力のおかげで、この楽器がどのような効果を発揮するかを知ることができる。アコースティックギターに被さるようにして、俺の視界にその説明が浮かんだ。
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アコースティックギター……精神鎮静作用(小)、感動作用(小)、活力上昇(小)
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これはアコースティックギターにもともと付与されている力だろう。
そして俺は、もう一つの能力である【鼓舞の音色】を起動させる。
もう一度、アコースティックギターの説明を見やった。
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アコースティックギター……精神鎮静作用(中)、感動作用(中)、活力上昇(中)
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自然と笑みがこぼれる。
実験は成功だ。アコースティックギターに付与された力が、俺の【鼓舞の音色】によって強化されている。芸具にはそれぞれ能力が付与されているようだし、他の物にも同じような効果が表れると見るべきだろう。なかなか面白い力だ。他の物もぜひ試してみたい。
アコースティックギターを見て、アルスが鼻息を荒くする。
「見たことないっすけど、なんかかっけえです!」
「だろ。アコースティックギター、アコギって呼ばれてるギターだ。俺の能力で再現してみた」
アルスの気持ちは良く分かる。
アコギはかっこいい。持っているだけで気分があがる。
それに見た目も良いが、何と言ってもこれ一つで完結する男らしさが好きだ。たまに引っ張り出してきて一曲、なんていうのも風情があって大変よろしい。
「さすがご主人っす! なんか演奏してくださいよ」
「そうだな。ちょうど俺も弾いてみたいと思ってたし、いいよ」
「やったー!」
もともとリラックスできるような曲を、寝れないアルスのために弾くつもりだった。それに、このアコギは最高品質のものだ。これを弾きたいと【芸帝】の本能が暴れる。
それにしても、まさか呼び出される楽器も最高峰のものとは恐れ入った。さすがは帝王の力だ。
アルスがわくわくした様子で見てくるので、俺も気合いが入る。
ベッドの上にあぐらをかいて、アコギを膝の上に乗せて構える。
構え方も人それぞれで構わない。アコギはこういう自由な所も魅力的だ。
試しに、六本ある弦を上から順番にストロークする。
その瞬間……。
「わあぁ!」
「うおぉ……」
俺とアルスの声が重なった。
正直、想像を遥かに超えてきた。
穏やかな日差しの中、花畑の真ん中で風に吹かれる。そんな幻想が見えるほど素晴らしい音だった。
アルスに至っては、ふわふわした表情で天井を見上げたままだ。
ただの上から順番に音を鳴らしただけ。それでこの満足感だ。
もしこのギターで曲を弾いたら、一体どうなってしまうのだろうか。
そんな興味に駆られて、俺は魂の赴くままに演奏を始めた。
♢
「めちゃくちゃ落ち着きました。ご主人凄いっすね」
何曲か演奏を終えて、気の向くままに音を鳴らしていると、相変わらずふわふわした顔でアルスが言った。
今は解除してしまったが【鼓舞の音色】の効果によって、アルスには精神鎮静作用付与されている。先ほどまでは不安そうだったが、すっかり落ち着いている。これで安心して寝れるだろう。
それと、今回の実験で分かったことがもう一つあった。【鼓舞の音色】の使用には、EPではなく魔力=MPを消費するようだ。MP量はステータスの能力値に依存するようで、能力値に×10をした値が、総MP量になるらしい。
俺の場合は、≪魔力≫能力値が60なので、それに×10をした600が総MP量になる。
アルスの場合は能力値が40なので、総MP量は400だ。
今回【鼓舞の音色】を使って演奏をした時間は三十分。俺の総MPが600で、MP残量が300であることを考えると、【鼓舞の音色】を使えるのは一時間がきっかりが限界といったところだろう。
ノルンに習った限りでは、能力値はレベルに応じて上昇するらしい。だからMP量もレベル上昇に伴って増加するのだろうが、MPを気にしつつ【鼓舞の音色】を使用していくのが、俺のメインの戦い方になりそうだ。
「そうだろう。さて、そろそろ寝ようか」
俺は収納ケースを作ってギターをしまおうとする。すると、アルスが俺の手を止めた。
「…もう少し聞いていたいっす。ダメっすか?」
ちらっとアルスが俺を見上げる。
…全く、俺のために頑張ってくれる彼女に、そんな目をされたら断れるわけがないだろう。
「…仕方ない。アルスが寝るまで奏でてるよ……だから今日は安心して寝てくれ。明日からも頼りにしてるぞ」
「まかせてくださいっす」
そうしてアルスが安心しきった表情で、俺の太ももを枕に横になる。
そんな彼女に苦笑しながらも、俺は自分の感覚に身を委ね、心地よい音を響かせ続けた。
しばらくして、アルスが穏やかな寝息をたてはじめた。
実験の成功と演奏に満足した俺も、具現化したケースにギターを収納してアルスの隣に潜り込む。
彼女の体温が心地よいおかげか、かなりリラックスできる。これなら体の疲れもしっかりと取れて明日も頑張れそうだ。
「…俺を守るのが最優先か」
こんないい子が生まれてくれて良かった。
帝王としての仕事が何なのか、それはまだ良く分からないが、明日からは自分のためだけではなく、この子のためにも頑張らないといけない。
すやすやと寝息を立てるアルスの頭をもう一度だけ撫でて、俺は灯りを落とす。そして目を閉じた。
基本は0時30分投稿ですが、土日はたまにこうやってゲリラ投稿します! 毎日投稿は二十話くらいまで続くので、よろしくおねがいします!