第十話:【芸帝】の力
案内してもらった家で、俺とアルスは早めに食事と風呂を楽しんだ。
料理はローゼが作ってくれた。彼女の料理は美味かったし、風呂も広くて快適だった。
今日やるべきことをすべて終えて、案内された寝室のベッドの上に寝転がる。
そしてローゼに用意してもらった世界に関する本を読みながら、俺は小さくため息をつく。
「…なぁアルス」
隣に寝転がって同じ本を見上げていた少女が、愛くるしいくりくりの翡翠の瞳を瞬く。
「どうしたんすか、ご主人?」
「せっかくベッドを二つ用意してもらってるんだ。やっぱりあっちで寝てくれないか?」
この部屋にベッドは二つある。しかし使われているのは一つだけ。
俺とアルスは一つのベッドを共有していた。
俺は別に気にしないが、あまり良い状況でもないだろう。
そう思って放った俺の言葉に、アルスはいたずらっぽく目を光らせてさらに密着度を増してきた。
「別にいいじゃないっすか。ご主人がそういうつもりが無いのは分かってますし」
「む。それは確かにそうだが…」
彼女に抱く感情として、大部分を占めているのが「仲間」そして「娘」に対する気持ちだ。自分の魂ともいえるEPを糧に生み出しているだけあって、彼女に対して邪な感情というのは生まれなかった。
アルスに割と正論を言われてしまって、返す言葉が見つからない。
もうこのままでも良いかな、なんて思考が頭を過ったその時、アルスがぽつりと呟く。
「それに、ローゼさんが近くにいるかもしれない状況だと、ご主人を守るにはこれしかないんです。あの人超速いっすから、自分がご主人を確実に守れるのは、この距離なんです」
その言葉で、俺はようやくアルスの気持ちを理解した。
この子はずっと、俺を守ることを考えてくれていたのだ。
ぎゅっと俺の右腕を抱き寄せるアルス。
彼女の思いに気が付いてやれなかったことを恥じつつ、俺は左手でアルスの柔らかな髪を撫でた。
「…アルスはずっと心配してくれてたんだな。ありがとう」
「自分はご主人の懐刀なんで、当然っす」
アルスはどこか嬉しそうに呟く。
心地よいさらさらの髪を暫く撫でてから、俺は続ける。
「だがそこまで神経を張り巡らせてると、余計疲れて肝心の時に対応できなくなるぞ。今は明日に備えて体を休めておいてくれ」
「それが、実は気が立っちゃって寝れそうになくて」
確かにそうだ。警戒している状態から、いきなり寝ろというのも無理な話だろう。
落ち着かない様子の彼女を見て、俺はひらめく。
「そうだ。いいことを思いついた。寝れるようになるまで、ちょっと俺の実験に付き合ってくれないか?」
「実験っすか?」
「ああ。明日から経験値稼ぎで忙しくなるだろうし丁度良かった。少し待っててくれ」
「了解っす」
アルスが俺の腕から離れる。
俺は指を鳴らして【帝王録】を呼び出し、改めてステータスを眺めた。
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名前:プルソン
種族名:魔族
ランク:S
LV:1
EP:41,350
統率35 知略40 耐久5 攻撃20 魔力60 機動30 幸運15 特殊120
特性:芸の主 芸具模倣 鼓舞の音色 ??? ???
固有能力:顕現の芸者
≪特性≫
芸の主……芸能に通ずる全ての知識を保有する。またそこに込められた思い、魂、知識などを獲得する。(当人以外閲覧不可)
芸具模倣……あらゆる芸能にまつわる道具を使用可能。知識にある楽器、道具などをEPを消費して具現化可能。その規模によりEP消費量は変化する。
鼓舞の音色……発動中・自身の芸能を見聞きした味方の全能力値上昇(上昇幅は熟練度、レベルに応じて変化する)・攻撃力、防御力、機動、固有能力に補正(中)。芸能に応じて様々な効果を付与する。
≪固有能力≫
顕現の芸者……芸に携わる者を方向性を持って召喚可能。また召喚した者の存在の強弱によって必要な経験値は変化する。また選択した配下の能力値に補正(残り七体)。ただし必要EPが従来に比べて二倍になる。(当人以外閲覧不可)
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初めてステータスを見た時から、試したいと思っていたことがあった。
それは俺の特性、【芸具模倣】と【鼓舞の音色】だ。
【芸具模倣】は道具や楽器を召喚できる特性、【鼓舞の音色】は芸能を使うことで味方のサポートができる能力だ。【芸具模倣】は単体では趣味が広がる程度の力しかないが、【芸の主】と【鼓舞の音色】があれば話は変わる。
ある意味これは【芸帝】である俺本来の力かもしれない。
「えっと、残りのEPは……」
【芸具模倣】がEPを消費する能力なので、EP残量を確認しておく。
もともとあったのが16万1350EPで、ノルンに貰った10万を足して26万1350。そしてアルスを召喚したことで22万が放出され、今手元に残っているのは4万1350EPだ。まあこれだけあれば十分だろう。
【帝王録】を閉じて、俺は深呼吸する。
そして能力を発動した。