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プロローグ:誕生


 目を開ける。

 荘厳で巨大な城の玉座の間に、俺は寝ころんでいた。


 だが、不思議だ。


 こんな城に来た覚えはない。

 というか、ここはどこなのだろう。


(俺はどうしてこんなところに…)


 そこまで考えて、ふと違和感が頭をよぎる。


「あれ…?」


 今に至るまでの記憶が、ない。

 何も思い出せない。


 そもそも、俺は誰だ。

 自分に関する全ての記憶が曖昧だ。


 ここを建物の中であると認識できる知識、記憶が無いと理解できる知性はあるのに、俺の脳内から記憶だけがごっそりと抜け落ちている。奇妙な感覚だった。


「…ここはどこだ? 俺は一体…」


 辺りを見回すが、やはり見覚えがない。

 ふと大理石で作られた、まるで鏡のように景色を反射している床に目を向けると、そこには平凡な容姿をした少年がいた。何度か動いてみると、床に映った少年が同じ様に動く。


「…これが、俺か?」


 知らない顔が困惑に歪む。

 もしかしたら、俺は何かの拍子に記憶を失ってしまったのかもしれない。 


 そんなことを考えていると、背後から声が降ってきた。


「はじめまして。ボクのお城へようこそ」

 

 その声に、俺はゆっくりと振り返る。

 振り返った先には大きな椅子があった。その可愛らしい装飾が施された玉座に、十五歳くらいの可憐な美少女が座っていた。


 ウェーブがかかった栗色の長い髪、そして透き通ったように白い肌。

 まんまるとした大きな碧眼は吸い込まれそうになほどに青い。

 少しだけ長い耳、背中から見える二対の羽根が、彼女が妖精であることを教えてくれた。

 

 大きな瞳を嬉しそうに細めて、妖精の少女が口を開く。


「へえ、男の子が生まれたんだ。そっかそっか」


 歓喜、希望、諦観。

 甘い声の中には、様々な感情が入り乱れていた。

 目の前の少女の事を知りたいという欲求のままに、疑問を口にする。


「アンタは誰だ?」


 そう言うと、少女は人差し指を唇に当てる。

 それから小さく笑みを浮かべた。


「……それに答える前に、まずは少しだけ付き合ってもらおうかな」

「それはどういう意味だ……?」


 と、先を問う。

 その時だった。


「よいしょっと」

 

 玉座から立ち上がった少女が、ふわりと空中に飛び上がる。

 そしてゆらりとその姿が歪み、その場から掻き消えた。

 どこに行ったのか、と考える間もなく、次の瞬間には俺の目の前に出現する。

 

 そして……。

 

「えいやっ!」


 そんな可愛らしい掛け声と共に、少女がぐっと握った拳を俺に向って放ってきた。


 その行動が何を意味するか、俺は知っている。

 

 攻撃だ。

 少女は今しがた、俺に殴りかかってきたのだ。


 それも、明らかにじゃれ合いで収まるものではない。

 ごうっと風を切る音が聞こえるほどの、全く冗談にならない速度で拳が繰り出されてくる。


 なんとか目で追える速さであったことが、唯一の救いだろう。

 突然の攻撃に困惑しながらも、俺は何とか紙一重と言えるタイミングでの回避に成功する。


「…一体、なんだっ!」


 我ながら攻撃を回避できたことに感心する。

 しかし理解不能な事態に、思考の処理が追い付かない。


「良く避けたね。それじゃあこれはどうかな?」


 しかし、少女はそんな俺に構わず凄まじい速度で攻撃を続けてきた。

 右、左、右、左。目の回る様な連撃を、俺は無我夢中で回避していく。


 すると見た少女が驚いたように目を見開き、それから不敵な笑みを浮かべた。


「よく見て動いてるのは感心だな。キミは中々目が良いんだね」


 その瞳が翡翠色に光ると同時に、少女の攻撃速度が上がった。

 また一段階早くなった少女の拳が、俺に向って飛来してくる。


 俺は自分自身のことも分からない。

 だというのに、なぜいきなり襲われているのだろう。

 それとも記憶を失う前の俺は、こうなっても仕方ないような男だったのだろうか。


 そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。

 それでも俺にできるのは少女の攻撃から逃げ延びることだけだった。


 今この瞬間を生き残るために、体がほとんど無意識の内に回避行動をとる。


「なんだってんだっ…」


 情けない声を漏らしながら、必死に身を左に向って投げる。

 ゴロゴロと地面に転がり、一瞬少女から視線を切ってしまう。

 すると即座に追撃が飛んできた。


「ほいっ!」


 そんな声に、上方を見上げる。

 地面に倒れ込んだ俺に向って、少女が可愛らしい掛け声と共に拳を振り下ろしてきた。

 人間離れした速度、威力を誇るその一撃。


「…ちっ!!」


 俺は顔を僅かに逸らす事でそれを回避する。しかしその風圧だけで、俺の頬に切り傷が走った。

 攻撃がクリーンヒットした背後の大理石の床には、凄まじい亀裂が入る。


 見た目にそぐわない、何て馬鹿力だ。

 あんなものを喰らったらひとたまりもない。


「くそっ」


 少女から離れるべく、地面を転がるようにして攻撃を躱していく。

 情けなくもゴロゴロと床に転がって回避を続けていると、やがて少女が叫んだ。


「そうやって逃げてるだけなの? キミはそうやって逃げ回るだけの男じゃないはずだ! ボクに力を証明してみせて!」


 やかましい、というのが最初の感情だった。


 だってそうだろう。

 命は何よりも大切なものだ。

 少女の言葉に乗せられて、攻勢に出ようものなら一瞬で殺されて終わりだ。普通に考えればこのまま逃げ続けることが正解だろう。


 それは目の前の少女と対峙している俺が、彼我の圧倒的な実力差を知っている俺が一番良く分かっている。


 しかし、どうしてだろうか。

 その言葉が、不思議なほど心にスッと落ちてもいた。

 自分でも分からないが、俺の中で彼女の言葉を肯定する感情が強くなってくのだ。


 そして気が付いた時には、俺は必死に頭を回していた。


 回避ではなく、己の力を示すために。


(そうだ、そんな情けない男であってたまるものか)


 状況は混乱を極めている。

 目覚めたと思えば、いきなり襲い掛かってきた少女に殺されかけている。


 とても恐ろしい状況だ。

 正直死の恐怖に腹の底が冷える。


 だがそれ以上に、これ以上少女の前で無様を晒すことを、俺の魂は拒絶していた。

 

 彼女は力を示せと言った。

 それなら、この状況を打破する為には、彼女の攻撃を回避してこちらの力を示さなければならない。


 そのために何か、方法はないのか。

 何か、何か無いのか。


 俺の思考は極限状態で加速する。

 すると頭の中に、誰とも知らない声が響いた。


『逃げる必要はない。俺は知っているはずだ。力に対抗するためのわざを』


 その言葉に、体中を支配していた緊張がほどけていくのを感じる。


 そうだ、思い出せ。


 芸術、技術、そして力。

 極まった一つの事柄は、それ自体が【芸能】となり得る。

 極めたものは、全てが美しいわざなのだ。


 一つ、また一つと大切なことを思い出していく。

 カチッと、俺の中で何かが切り替わる音が聞こえる。


 魂の奥底から、膨大な熱が溢れ出た。

 胸が焼けるように熱い。


 俺という存在を、俺が初めて認識した瞬間だった。


(ああ、そうだ。この力はこうやって使えばいい)


 口から無意識の内に言葉が漏れる。


「我【わざの主】なり」


 そう呟いた瞬間、頭の中に無数の知識が広がった。 

 脳内に眠る【芸能】に関する知識。俺はその中から、【戦い】の為の”わざ”を抜き出す。


 それは極められた【体術】の記憶。

 攻撃に対応するための動きが、強制的に体を突き動かした。


 少女の攻撃を、後ろに体重を乗せることで回避する。


 視界すれすれを通り過ぎていく少女の拳から、視線を切る。そして即座に体を反転させて、後方に向って走り出した。


「…なにか考えがあるのかな? 面白い、乗ってあげるよ」


 少女が俺を追うようにして走り出した。

 

 耳を駆け抜けていく風の音が、俺に冷静さを取り戻させる。

 眠っていた力が徐々に覚醒し、頭にかかっていた靄が晴れていくような気がした。

 

 脳内に眠っていた膨大な知識から、俺は現状の打開に最適な”わざ”を選択していく。


 俺は手数で少女に劣る。

 ならば一撃必殺だ。


 彼女の攻撃を掻い潜り、一刀のもとに力を示す他ない。

 それに必要な知識を選択、模倣する。


「【鍛練たんれん】」


 鍛冶を極めた者が織りなす【鍛練】は、まさに美しい芸術だ。

 数々の名刀を生み出し続けた、最高の刀鍛冶が持つ知識と技術が俺に宿る。


 手の中に、燃え盛るように熱い何かを集める。

 何度も槌を振るうイメージが、舞い上がる火の粉が脳裏に鮮明に浮かぶ。

 その瞬間、片刃式、切断と刺突に特化した刀が生まれた。


「【芸具模倣】:刀」


 不思議と、口からその言葉が出ていた。

 俺は鍛練で生み出した刀を携え、後方に迫った少女へと向き直る。


 そしてその攻撃を見切り、懐へと飛び込んだ。

 俺からの初めての攻撃に、少女が驚いた様に目を見開く。そして防御態勢を取る為にスピードを緩めた。


 しかし、もう遅い。


 少女の圧倒的な速度と、俺の急加速。二つが相まって、俺は瞬く間に少女を自らの間合いに捉える。そしてだらりと構えていた刀を両手で握り直して、必殺の一撃を放った。


「【横一文字】」


 俺は体の自然な動きに逆らわずに、知識にある動きを模倣する。


 空間を切り裂く神速の横薙ぎ。

 それが【横一文字】だ。


 刀は吸い込まれるようにして、少女の首へと迫っていく。

 それを視認した少女が静かに笑みを浮かべると、辺りに暴風が巻き起こった。


 風が晴れる。


 俺の攻撃は、少女に届いていなかった。

 驚くべきことに、彼女は刀を右手の人差し指と中指で受け止めていた。


 もともと、俺は寸前で攻撃を止めるつもりだった。

 しかし、刀は俺の想定よりも外の間合いで止められている。それはつまり、俺の攻撃が完全に封殺されたことを意味する。


 この攻撃でも及ばない少女の力に、冷や汗をかく。

 だがそんな俺とは対照的に、少女はあっけらかんと笑った。


「あはは。いやあ驚いたな。まさかここまで追い込まれるなんてね」


 それから少女はひとしきり笑い声を響かせると、ゆっくりと刀から手を放して続けた。

 

「キミの力、確かに見せても貰ったよ。ボクたちは新しい帝王の誕生を歓迎する」


 その瞬間、少女から放たれていた異様な雰囲気が、嘘のように消失した。

 

 どうやら俺の力を認めてくれたらしい。

 

 その事を認識すると同時に、凄まじい疲労感が俺を襲った。

 思わず地面に膝をつく。手中にあった青い刀が消えていく。


 小さく項垂れてその様子を眺めていると、少女が頭上から声を掛けてくる。


「おめでとう。キミは己の帝王としての力を引き出すことができたわけだね」

「…悪い。まだ困惑しているんだ。アンタには色々と聞きたいことがある」


 色々な疑問が頭の中を巡っている。

 もう頭がパンクしそうなほどだ。


 少女は静かに笑って、その言葉に頷いた。


「だろうね。それなら、まずはそれを解消していこうか。手始めに、キミの質問に答えてあげよう。キミは人生最初の質問で、何が知りたいのかな?」

「そうだな…」


 なぜ少女が俺を攻撃したのか。

 俺が使った力は何なのか。

 彼女にあれだけの力があるのはどうしてなのか。

 ”帝王”とはなにか。

 

 疑問は山ほどあるが、俺には、その中でも一際巨大な疑問があった。

 迷わずそれを口にする。


「アンタは誰なのか、俺は誰なのか。まずはそれだけ教えてくれ」


 少女が誰なのか。

 そして何より、自分が何者なのか。

 今はとにかくそのことが知りたかった。


 少女は俺の問いにゆっくりと頷いて、翡翠の瞳を細めた。


「そうだね。それじゃあ簡潔に答えるよ」

 

 少女がにっこりと笑う。


「ボクは【運帝】ノルン。この世界に君臨する帝王の一人だ。そしてキミの先輩帝王でもある。ノルンって呼んでいいよ」

お読みいただきありがとうございます! ”伝統芸能の常識をぶち壊す”帝王の無双をお楽しみください!

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