第82話 求婚を取りやめる方法
なぜか求婚をしたことになってしまった俺。
そんなつもりは全く無いし、この町にだって長くいるつもりは無かったのに。
早めにマシェリさんを探してこの大陸から移動しようと考えていたが、そう上手くはいかないようだ。
少女に話を聞いてみると、名はミレン・ロウナーというらしい。
年齢は九歳。俺と同い年だ。
俺が女の子だとばかり思って安心して近づき、キュルルを撫でたかったらしい。
しかもこの求婚。別の男性が現れて話に加わると……それは俺の女だ、勝負をしろという展開になるようだ。
……つまり巻き込まれたのは俺とラディ両方とも。
「そーいやさっき注意されたんだよな、ネビウスのおっちゃんにさ」
「僕、聞いてないよ!?」
「ファウにも伝えておいてくれって言われて。でも、そんなの無視すりゃいいんじゃねー?」
「それは……もし僕たちがそれを無かったことにするにはどうすればいいの?」
「わりゃし……ドジなの。取り消しされたら一生お嫁に行けないの……」
「う……すげー責任重いな。でも俺たち結婚とか良く分からねー年だしなぁ」
「一つだけ方法があるのれす……わりゃしを鈴の音の洞窟に連れてってくれればそこで水浴びをするのれす。そうすると清廉潔白? を守りたいから今は無理ということになるらしいのれす。それで赤玉さんは落ち着くのれす!」
「鈴の音の洞窟? 何だそりゃ」
「キュー?」
「そこって、どんな洞窟なの? 危ない場所?」
「危ない場所れす……変な生物がいっぱい出るから近寄っちゃダメって」
「参ったな……君のお父さんとお母さんは?」
「お父さんはいないれすけど、お母さんはいるれすよ?」
「事情を説明して、先生にも相談しよう。ラディ、宿屋の名前は分かる?」
「ああ。郎極の宿ってトコだってさ」
「わ、わりゃしのお家……そこれす」
「もしかして、宿屋の娘さんだったの!?」
コクコクと頷くミレン。
これはもう、避けようがないトラブルに違いない。
――宿屋までミレンと共に戻ると、母親と思われる宿屋の女将さんが近づいて来た。
「ミレン。あんたどこをうろついてたの?」
「ご免なさいお母さん……この子が可愛くて」
「キュー? キューー!」
「おや、お客さん連れて来てくれたのかい。いらっしゃい」
「既にネビウスで宿を取ってあると思うのですが」
「ああ、連れの人だったのかい。悪いね気付かなくてさ。うちは美味しい料理を出す良い店さ。ゆっくりしていきな」
「あのですね……この子に求婚したことになってしまったようなのですが……」
「ええっ? お客さんもしかしてどっちも男なのかい? 驚いた。どうみても女の子にしか見えないけどねえ」
「え、ええ。それはいいんです。それで、予期せぬことに求婚をしてしまって」
「あら良かったじゃないミレン。これは将来どっちも良い男になる。あんたも私の娘だ。きっと良い男に巡り合えると思ってたよ」
顔を真っ赤にして首をブンブンと振るミレン。
それはそうだ。何せ彼女が好きなのはキュルル。
俺に近づいてきたわけじゃない。
「違うんです。この子はキュルルに触りたくて……俺が女の子だと思って安心して近づいたんです」
「だから俺たち、その求婚を無かったことにしたくてさ」
「何だい、違うのかい……いい婿をもう見つけてきたと思ったんだけどねえ……そうなると少々厄介だねえ。鈴の音の洞窟に行かなきゃならない。あそこは危険な生物が出る。あんたたち戦えるのかい?」
「一応これでも冒険者なんだぜ」
「へえ。だがあんたらはまだ子供の駆け出しだろう。向かうならしっかり準備しないといけないよ。何せ大事な娘の命が懸かってるんだからね」
「この町にもマージはあるんですか?」
マージは冒険者依頼斡旋所だ。
巨大国には必ずあるはずだが、この港町にもあるのかどうか。
「ああ、あるよ。そこで依頼を出すのも良いかもしれないね」
「確かに……ドラグは絶対来ないだろうしな。アイツこの先どうするんだろ?」
「さぁ……でも、ここまで連れて来てくれただけでも有難いけどね」
「まーそうだな。アスラン……大丈夫かな」
「うん……アスランさんやラーギル先生もきっと大丈夫だって信じよう。まずはネビウス先生に報告をしよう。部屋まで案内してもらえますか?」
「トキの間さ。ミレン、連れて行ってやんな」
「はぁい。こっちなのれす」
ミレンはパタパタと足を動かし、宿の奥まで案内してくれた。
部屋から港を一望出来るいい部屋で、ネビウス先生は少々草臥れた表情をしながら何かを記していた。
こんな事態になって先生も平気なはずがない。
なるべく迷惑掛けたくなかったんだけど……。
「おや、戻ったのかね。ドラグ君はどうだった?」
「見失っちゃいました。後で探さないとですね」
「そちらのお嬢さんは宿屋の娘かね? あまり近づくのはよしたまえよ」
「先生……すまねえ。ファウに伝える前にはもう」
「ふむ……求婚してしまったというのかね? やれやれ、困ったものなのだよ」
「それで僕たち、鈴の音の洞窟ってところに行かなきゃいけないんです。でもネビウス先生に迷惑は掛けたくないので、マージで依頼を出そうかなと」
「ついでに引き受けられそうな依頼があればこなして、お金も稼がねーとな」
「うん。僕たち、お金全然無いもんね」
「ふむ……船を売却するとはいえ、これから先、今の路銀では心配である。ならば
手分けして仕事をこなすとしようか。私がこなせそうな依頼があればそちらも持ってくると良いのだよ」
「それってへーきなのか? 冒険者じゃない奴が依頼こなしてもさ」
「問題無いのだよ。例えば護衛任務を引き受けたとして、全員が冒険者である必要は無い。無論、そのせいで護衛が失敗するようであれば冒険者の責任なのだがね」
「分かりました。出来れば調合や実験の類の依頼が無いか探してみます」
「うむ。さすがはファウ。察しがいいのだよ。私はここで出来る限り情報を集めつつ、依頼をこなす。ドラグにも何かしらの依頼をこなしてもらいたいのだが」
「……あいつがやるかな。そもそもこの町まで届けたらどっか行っちまうんじゃねーのか?」
「それは無いのだよ。彼には船で少し話をした。しばらくはついて来てくれるはずなのだよ。協力するかどうかは、別の話だがね」
俺とラディは顔を見合わせる。
どんな話をしたらあのドラグが一緒に来てくれることになるんだろう?
とても信じ難いが、目的は決まった。
マージに赴いて同行可能な冒険者を探し、依頼を三つ受けたら手分けして依頼をこなす。
そしてミレンを鈴の音の洞窟まで連れて行き、清廉潔白を守るための儀式を行う。
港町から移動するのはその後になるだろう。
「ふう。到着早々大変だな」
「ご免ね……もう少し気を付けてれば」
「いけないのはわりゃしです! わわ、わりゃし、もう少ししっかりしないとお母さんいつも困らせちゃって……」
「だってまだ九歳でしょ? それで宿屋を手伝ってるなんてしっかりしてると思うよ」
顔がかぁーっと赤くなるミレン。
この子、顔に感情が出やすいんだろうなぁ。
褒められると恥ずかしいのは分かるけど、本当のことだ。
九歳って遊びたい盛りだろうから、友達と遊び回っててもおかしくないのに。
ってそう思うのは自分の体が九歳の体だからだろうか。
気持ち的にはもう二十七歳なんだよねぇ……はぁ。三十が近いのか。
「でで、でもでも二人とも凄いのれす。だってわりゃしと変わらない年なのに外国から来たれすよね? 凄いのれす!」
「俺たちは……逃げて来たんだ。今、隣の大陸が大変なことになってて。エストマージは西側の方から攻め込まれたんだ」
「攻め……攻め込まれれ? ららら、わりゃしも逃げないと!?」
「落ち着いてよ。この大陸まで攻めて来るほどの戦力じゃないんだと思う。攻めて来たのが何者なのかとか、現状どうなっているのかとか、分からないことが多いんだ」
「そ、そうなんれすか……わりゃし、怖いれす……」
「その辺の情報も、マージに行けば分かるんじゃねーか? マージに伝わってるか話も聞かねーと」
「そうだね。やらないといけないこと、調べないといけないことは多いけど、まずは行動しよう」
「ああ、そーだな! んじゃまずはマージからだぜ」
冒険者依頼斡旋所、マージ。
この大陸から冒険者活動は盛んになっていきそうですね。




