第57話 三人の野営
ラディが連れて来たのは、ツノが三本も生えている突進型のような小型の獣二匹。
左右ジグザグに走るラディをしつこく追い回しているものの、ラディは少しからかっているように逃げ回っている。
少なくとも心配するような大型の獣ではないようで安心した。
「あれは……確かメドロツノガイですね」
「メドロツノガイ? そう言えば目の淵が泥を塗ったように汚れて見えますね」
「ツノには薬効成分があっていい素材になるし、肉も食用として美味しいよ」
「なんかちょっと……キュルルが食べ物としてみているような気が……」
「そういえばラギも肉食だったね……ってええっ!?」
「キューールルーー!」
キュルルはラディを追い回しているメドロツノガイへ向けて、氷の息を放出。
上手く足を凍らせて、二匹とも倒させてしまった。
以前にも増して、氷の息が強化されているように思える。
これも成長のお陰なのかな?
……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
これは、ちょっとまずい気がする。
さすがにラギは氷の息なんて吐かないよね。
「凄いな。あんなことも出来るラギ種がいるなんて。道中頼りになりそうだね」
「え、ええ。そうですね。あんまり無理はさせられないですけど」
どうやらセーフだったようだ。
どんな生物でもラギ・アルデの力は使えるみたいだけど、少し離れていたので口からだとは思わなかったのかな。
それか、そういったラギ種もいるのかもしれない。
倒れたメドロツノガイの解体を手早く始めるラディ。
大切な命。有難く頂かないと失礼だ。
生物の解体は前世でも理科の実験程度しか経験が無く、俺が苦手なことをラディは良く知っている。
ラディとは、生き物の命を大事にするためにも食べないなら極力殺傷しないようにと誓い合った。
ただ、例外は存在する。それは、相手に襲われて、かつ逃げられない場合だ。
そういった場合でも、最後は埋葬しようと決めている。
そんな日が来ないといいのだが。
生物の死には、手も足も直ぐに震えてしまう。
これは一長一短で治るようなものじゃないのだと思う。
とはいえ獣医業を目指すなら、避けては通れず慣れなければならない。
ラディが解体をしてくれる間、獣の生態系や行動、毒の調査などを調べることにしている。
このメドロツノガイが走った場所を調べるだけでも情報は見つかったりする。
……この生物が走った場所が平坦な地形へと変わっている。
どうやら土のラギ・アルデの力を行使しながら走っていたようだ。
本来そこまで移動が速くない獣でも、こうした力を用いることで素早く移動したりするらしい。
残念ながら土の適性は持っていないので、自分にはこういった利用方法は出来ない。
それにしてもなぜ草木が生えていないのだろう。
触ってみた限りでも、土の質が悪いようには思えない。
――そう考えていると、ラディがメドロツノガイを捌き終えるのを終始見届けていたクルンが、酷く関心した声を上げる。
「本当に手際がいいね。私も解体経験はあるけど、そこまで器用には出来そうにないよ」
「へへっ。オオグニ族はみんな上手いんだぜ。なぁ、こいつの皮少しもらってもいいか?」
「うん。皮細工ならラディが一番だからね」
「なぁこいつの肉、すげー美味そうだぞキュルル」
「キュー!」
ラディがメドロツノガイを見せると、頂きますと言わんばかりに飛びつこうとするキュルル。
「わわっ。生は止めようねキュルル。お腹壊したら大変だし」
「はっはっは。ラギなら大丈夫じゃないかな。でも、焼いた肉の方が美味いかな?」
「ファウ。キュルルに余分な荷物持たせてみていいか? 肉はファウ、持てるよな。あっちに岩場あったんだ。先に行って安全か確認しようとしたら、遠くからコイツが走って来てさ。調理はそこでやろうぜ」
「うん。そんなに遠くない距離なら大丈夫だと思う。気を付けてね」
ラディは再度走り出すと、また直ぐに見えなくなった。
ラディの分の荷物を持ったキュルルまで一緒に走っていく。
重たい荷物なのに、平気でラディについて行ってしまった。
クルンとその他の荷物を持ち、その方向へ進んでいくと、確かに岩場が確認できた。
左右と前方を囲む形の大きな岩で、ラディは既に、フェスタをそこへ張っていた。
「どうにか夜になる前に野営出来そうだね」
「クルン。僕たちが夕飯を用意しますから、その間にフェスタの中を確認してみて下さい」
「いいのかい? 二人だけじゃ大変だろう?」
「俺たち、結構野営して遊んでたりしたから大丈夫だぜ。ファウの料理がうめーんだ」
「しょっちゅうお母さんの手伝いをしないといけなかったから……頂いた日用品のお礼も兼ねて、今日は任せて下さいね」
「そうか。それならお言葉に甘えるよ。獣避けも用意しておくか。ガルンサフェス」
クルンが岩のない地面へ手をかざして土の力を行使すると、土がゆっくり隆起し始める。
まともな土の力を見るのはこれが初めて。
凄く便利だけど、みるみる顔色が悪くなっていく。
それなりの大きさまで隆起させたので、立派な土壁が出来ていた。
これで四方が囲まれ、天井だけ開いた場所が出来上がった。
岩には多少の隙間もあるので、空気の流れとしては困らないだろう。
クルンは少しふらふらとしながら、フェスタの中を確認しに行った。
……そのまま少し休憩していてもらおう。
こちらは早速、調理の支度に取り掛かろう。
まずは石を組み上げていき、囲いを作る。
キュルルがその囲いの中に枝を口に加えて入れてくれる。
これは狩りでキュルルが覚えてくれたことだ。
まだたったの二歳なのに、キュルルはとても賢くて優しい。
「ガルンヘルア! ……よし。キュルル、有難う」
火起こしが終わったところで、ラディが丁度良い大きさのまな板替わりの木を持って来てくれた。
「ファウ。これくらいでいいか?」
「うん。まな板としては十分だね。この木、何処にあったの?」
「来る途中だぜ。切り落とすのは楽だったから、あんまり硬い木じゃないぜ」
「そっか。ガルンリキド! ……よし。お肉、結構な量あるよね。日持ちしないだろうし今日中に調理しちゃおう」
「ああ。これくらい直ぐ無くなるんじゃねーか? キュルル、最近一杯食うだろ?」
「うん……そうだ。あれを使おう」
「そーいや気になってたんだけど、何だそれ?」
持ってきた荷物の中から取り出したものを不思議そうに見るラディ。
疑問に思って当然だと思う。
でも肉を焼くならこれがないとね。
「これは岩塩っていうんだ。マトフさんのとこで仕入れてもらったんだけど、ちょっと大きかったかな」
布に包んだ淡い白色のもの。
この地域は海が近いからか、あるいは塩湖があるのか、塩がよく取れるようだ。
そのため良質な塩の味わいが楽しめる料理が多い。
塩は保存にも用いるので、あって困ることは無いと思い少し多めに持ってきた。
迷ったら塩を振っておけば食べられるというのは間違いない。
特に脱水と同時に気を付けた方がいいのは体内の塩分バランスなのだから。
ナイフを取り出して薄く肉を斬り、綺麗に洗った石の上に乗せて肉を焼いてみる。
それに細かく砕いた塩を振り、枝を二本短く切ってもらったものでラディに味見してもらった。
キュルルに上げる方には塩を振っていない。
「くーーーっ! うんめぇ! 外で食う飯って何でこんなに美味いんだろうな」
「それ、分かるなぁ。家の中で同じものを食べるより解放感があるよね」
「そーだ。こんな形の石があったんだけどよ。これ使えるか?」
それは、内側がくりぬかれたような形をした石だった。
形状は浅底鍋みたいだ。これなら石鍋スープも作れるかな。
ガッシュもあるし、冷たいスープより暖かいスープの方がいい。
飲み水を入れる入れ物の一つに入れておけば、そのまま持ち歩けそうだ。
ただ、熱を通すのが中々大変だろうから、こっちは時間が掛かりそう。
早速準備に取り掛かろう。
前世とは似て非なるような野菜類がエストマージには売られていて、それらの中でもラディが好んで食べるものを持って来ていた。
香りが強い新鮮な作物。こういうのは早めに食べておかないと、匂いを嗅ぎつけられてしまうかもしれない。
この野菜を肉と一緒に混ぜ、塩で味付けしつつ灰汁を取り除けば、いいスープが出来そうだ。
スープの準備をしつつ肉を沢山焼いていると、キュルルに催促される。
「キュー、キューー」
「今あげるからちょっと待っててね。焼けたお肉、食べるかな?」
全部で五百グラム位? の肉をまず焼いて、大きい葉の上に乗せて出してみた。
キュルルが食べれなくても、これくらいは直ぐに食べ終われそうだ。
「俺には分かる。キュルルの目が早く食べたいって言ってるぜ……ってあんなに焼いた肉が一瞬で消えたぞ!?」
キュルルは焼いた肉をぺろりと平らげてしまった。
とても美味しかったのか、尻尾がぴんと立っている。
キュルルが幸せに感じているときは、尻尾を観察すると分かる。
これは明らかに幸せでいっぱいなときのキュルルだ。
「じゃんじゃん焼いて……ってそろそろクルンを呼びに行ってくるわ。無くなっちまう」
「あはは。まだまだ沢山あるから無くならないよ。このお肉はキュルルの好み……後で日記にも書いておこうかな」
その後、クルン、ラディと共に食事を堪能した。
クルンにもとても喜んでもらえた。
中でもガッシュとスープのコンビが最高だったようで、気に入ってもらえたようだ。
フェスタも大人が一人寝るにはちょうど良いらしく、俺たち三人は交代で見張りをすることに
して、その日の活動を終えたのだった。
荒野っていい響きですが、日本は多湿な地域なので残念ながら荒野はほぼ無いに等しいです。
草木が生えてるだけの平地なら多く存在します。
水辺があり局所的な荒野が存在するのはファウのように疑問を持って当然なのですが、この世界にはラギ・アルデという力があるのが鍵なわけですね。




