断章2 ラディの特訓、ラディとキュルル
ここはエストマージ国。
この国は、王城以外その名前から由来するエ、ス、ト、マ、ア、ジにより区分分けされ
ている。
エ、スの通りにはエストマージ一般国民。
ト、マの通りは商店街通りから王城へと道が続く。
アの通りにはオオグニ族、スミグニ族などの流入した移民が住む。
ジの通りには研究者及び移民の一部が住んでいる。
町は騎士が巡回をしており、大騒ぎなどが起これば多くの騎士が駆けつけることとなる。
治安は比較的良く、物流も滞ることなく機能している。
地価は王城に近いほど値上がり、最も高い場所はトとマの二十となる。
ここには巨大な商会が存在するだけでなく、冒険者が集い仕事を斡旋する場所があるという。
これは王城内にも存在するが、町からの依頼などはこちらから請け負うことがほとんどだ。
――そしてここは、エストマージ国にあるオオグニ族やスミグニ族が住まうアに該当するエリア。
「ラディ。いつも言っているだろう。その状態で囲まれたらどうするつもりだ」
「やっべー、また同じ位置を取っちまった。ええと、囲まれたら剣士は終わりだから、とにかく周囲を、地形を意識しながら移動しろ……か」
ラディとアスランは、アの二付近にある広い空き地で木の棒に服を着せたものを無数に立てて特訓していた。
ラディは現在、位置取りの特訓をしている。
これは戦闘初歩の訓練。人間の場合は視界……視野角は標準でも百七十八度ほどしかない。
特に上への視野は狭く、上空からの攻撃に弱い……振り上げた攻撃が見え辛い種族が人間だ。
オオグニ族は目が大きく、視界が広い。また、耳が良く聞こえるので背後に敵がいたとしても、その音で多少の位置把握が可能。
しかしながら、修練を積まなければその真価は発揮出来ない。
「アスラン。風が弱くて衣のすれる音なんて聴こえねーよ」
「お前もオオグニ族であるなら聴こえるようになるはずだ。それに位置取りだけで耳を頼るのは良くない」
「そう言われてもなぁ……アスランの動きが速くて、簡単に追い込まれちゃうし」
「ふむ。ファウ君なら、そのような弱音を言うかな?」
「む……分かったよ。ちゃんとやるよ……ぜってー負けねーんだ。ファウにだって……」
「ではもう一度配置に着け。本来であるならその棒たちも動くことを忘れるな」
「ああ。もっと動けるようになったら、他のオオグニの奴らにも協力してもらわねーと」
「それは難しいだろうな……さぁ続けるぞ」
ラディの正面に立つアスラン。
ラディの左右と後方には木の立て棒が十五本、それぞれバラバラに配置されている。
アスランのいる正面へ向かいながら左右どちらかに展開しようとする。
アスラン側に立て棒は一本も無い。
そこを突破出来ればあるいは最良の位置取りが出来るが、これは真正面から強者に向かう悪手となる。
自分より瞬発力があり、相手の動きを読み取り、賢く動ける強者に良い位置取りをさせてもらえるはずがない。
「言ったはずだ。一人の場所を抜こうとする場合、相手の力量次第だと。無理だと判断したら直ぐに切り替えろ」
「うっ……」
「そして強者には背を向けず斜めに走れ。相手が中、遠距離で攻撃してくるとも限らないし、逃げに転じたと分かれば、より容易く追い詰められる」
「くっそぉー!」
すると、ドシンと後方にある立て棒にぶつかってしまうラディ。
「位置取りはどんな場面でも大事だ。例えばお前がドラグと対峙したときに、ファウ君がつかまれて突っかかったと言っていたな」
「……それがどうだってんだ?」
「つまりドラグはお前を見ていなかった。ドラグの背後から攻撃すれば最初から一矢報いてドラグを驚かせたんじゃないか」
「背後なんて卑怯だろ!?」
「死んだ後にあいつは卑怯だと言えるのか」
「それは……無理だけどさ。でも正々堂々戦いたい」
「戦いに正々堂々と言うのは無い。試合であるならばそれで構わない。だが、殺し合いに正々堂々は無い。もし冒険者となり仕事をするのであれば、大型の怪物のような獣とも暗殺者や賊とも戦わねばならん」
「……なぁアスラン」
「なんだ?」
「腹減った……」
「……分かった。ひとまずここまでにしよう」
――木の立て棒を数本片付けているところで、ファウが手を振りながらやって来る。
「おーい! ここだったんだね。はい、ガレット買って来たよ」
「ファウ! 丁度腹減ってたところなんだ、美味そう!」
「ちょっと待ってラディ……ガルンリキド!」
「ラギ・アルデの水術か。珍しい術を使える」
ファウは水を手の平から少し出してみせる。
わずかな水だが生成された綺麗な水だった。
「手を洗ってね。あんまり出せないんだけど、飲める程度の水みたい。ちょっと飲むには抵抗あるから飲んでないけど……」
「やっぱすげえなファウ。俺も早くラギ・アルデの適性調べたいな」
「ラディはまだまだやることがあるだろう。せめて位置取りだけでも出来ねば剣士としては致命的だぞ」
「でもなぁ……もっと、テインボルトさんみたいにすげー剣術とか、使ってみたいんだよ!」
「ラディ。僕の知ってる言葉にこんな言葉があるよ。ローマは一日にして成らず!」
「ローマ? 何だそれ」
「えっとね。ローマっていう巨大国家があって、全ての道はローマに通ずなんて言われるほど巨大な国があった。でも、それは七百年も積み重ねて造られたからこそって例え……だったかな? 長年の努力無くして、大事業は成し遂げることが出来ないよってことだよ」
「ほう。言い例えだな。オードレートに伝わる言葉か何かか」
「えっと……えへへ。本で読んだもの……です」
「ふーん。でもさ、巨大国家にするっていっても、こんな国にしたい! とか、こんな建物が欲しい! とかあったんじゃねえのか?」
「それは……確かにそうだね。夢は掲げていいと思う。もちろんそれに向けての努力は必要だけれど……っとそうだった。僕、ラディにお願いがあるのと、家に呼びに来たんだった。アスランさん。今日の訓練は終わりですか?」
「今片しているところだ。今日はもう終わろうとしていた」
「位置取りの練習ですよね。少し僕が手伝っても?」
「構わないが、もう一度やるか? ラディ」
「あたりめーだ。腹減ってただけだぞ。ファウに俺の腕が上がったのを見せてやる!」
「ふっ。ではもう一度やるぞ。ファウはラディの後方で、敵の役をやりながらラディの悪い部分を指摘してやってくれ」
「次はぜってーいい位置取りするから、悪いところなんてないぜ」
再度アスランと少し距離を取り、二人に挟まれる形で位置を取るラディ。
開始と同時に今度はアスランを見ながら東側に素早く進む。
ラディの東側後方には木の立て棒が四本。西側には木の立て棒が二本。
後方には、木の立て棒が二本とファウがいる。
ファウはその場から動かず、じっと様子を見ている。
アスランは既に西側へ位置取りを変えて、木の棒を二本勢いよく横切る。
「へへ、さっきより大分数が少ないからな。反転だ!」
「ガルンヘルア!」
ファウはラディの進行方向に対してラギ・アルデの火術を用い、進行を阻害する。
予測していたラディは身をかがめながらするすると避けて進む。
「わぁ……ラディってあんなに素早く動けるんだ! でも……」
「へへっ。お見通しだぜ。音が良く聞こえるから……な!?」
「直接狙ったんじゃない。誘導されていただけだ」
ラディの目の前には既にアスランが腕を組んでいた。
「今回木の立て棒が、あえて四本立っている方面へ向かうのはどう考えてもおかしい。反転すると言っているようなものだぞ」
「ちぇ。上手くいくと思ったのに」
「アスランさん。ちょっと気付いたんですけど、ラディの走り出しってこれでいいんですか?」
「俺の走り出し? 何か変だったか?」
「変っていうより、進行方向が分かりやすいっていうか……」
「……本人が気付くまで待とうかと考えていたが、一見しただけで気付くか」
「どういうことだ?」
「ええとね。僕で分かるくらいだから、良く観察する人なら直ぐ分かると思うんだ。体移動するときに、どこに重心が乗って、どっちに関節が向いててどっちに走り出すか。これは体の勉強をすると気になってしまう項目なんだ」
「項目? 体? ファウ、もっと分かりやすく教えてくれよ」
「うーん。僕は獣医を目指してたから、人や動物の体の構造と機能を理解しようと頑張ってたんだ。それでね。動き出しのとき、フェイントが無いからラディはこっちに行くなって直ぐ分かっちゃうんだよ」
「フェイントって何だ……」
「ああっ! フェイントっていうのはそのー……相手をだます動作!」
「むー……ファウまで正々堂々と戦わせてくれないのかよ」
「ラディ。それは違う。ティンボルトなど、だます動作の塊だぞ。一流の剣士ほど相手をだます術に長けているものだ」
「おお、なら俺もだましまくればいいんだな! よーし!」
「今日は終わりだ。ファウ、用事があるのだろう? 助言の礼だ。片づけはいいから行って来い」
「有難うございますアスランさん」
「それと、ガレットをもらった礼もする。今度は私の家まで食事をしに来い」
「はい。必ず伺います! 行こ、ラディ」
「あ、ちょっと待てよ! おい、ファウー!」
ラディと二人でジの五、ネビウス先生の家へ向かう。
道中皮細工の話を聞いたら、オオグニ族は皮細工を、スミグニ族は細かい装飾品などを作るのが
得意とのことだった。
ラディの両親やラディも、なめし皮加工や革細工で生計を立てているらしい。
ということはマシェリさんの仕事依頼はオオグニ族からのものだったのだろうか。
――色々話している間にネウス先生の家に到着した。
家に入るとネビウス先生に挨拶をして、キュルルの下へ急いだ。
どうやら眠っているようだ。待ちくたびれたのかな。
「うはーー、可愛いな。ラギだろ、これ」
「ううん。あのねラディ。落ち着いて聞いてね。この子、本物の竜なんだ」
「へ? 竜って、あの竜か?」
「うん。どの竜か分からないけど、きっとその竜」
「ええーーー!? 本物? 本物の本物か? なぁなぁ、皮とか無いのか? 脱皮したりしないのか!?」
「脱皮はしないよ。鱗と牙、爪の生え代わりとかはあるみたいだけど」
「無いのかー。鱗? 竜鱗っていうやつか。たはー、すげぇ。なぁなぁ、もし鱗が生え代わったら俺に加工させてくれよ!」
「う、うん。ラディは全然怖がらないんだね」
「当たり前だろ。すげー恰好良いじゃねーか。くー、俺もいつか竜と一緒に暮らしてみてぇ!」
「あはは。ラディって本当、ラディだよね……僕、ちょっと嬉しいな。キュルル、触ってみる?」
「いいのか? でも、噛みついたりしないか? 話に聞いただけだけど、結構恐ろしい種族なんだろ? ファウは平気だけど、他のやつはダメとか?」
「ううん。キュルルは凄くいい子だよ。僕はこの世界で他の竜に触れたこと……ほぼ無いから全ての竜がそうかは分からないけれど」
「強え竜だと国を滅ぼしちゃうとか聞いたぜ。なんだっけな。そうそう、逆鱗に触れる! だったかな? 逆鱗ってどこだ?」
「逆鱗!? そういえばキュルルにも逆鱗ってあるのかな。前に触ったときはそれっぽいのがあったけど何も起こらなかったんだよね」
「キュー……キュルルー……」
「あ、起こしちゃった。ご免ねキュルル。友達連れて来たんだ」
「キュ?」
「か……可愛い。何て可愛さだ。キュって言ったぞ。俺、こいつもらってっていいか?」
「ダメ! キュルルは僕の家族なの。誰にもあげないよ!」
「冗談だよ。でも確かに大人には見せない方がいいな。大人ってさ。直ぐ何でも決めつけるだろ? 竜は危険だー! とか、子供には早いー! とかさ。でもそんなの、体験してみてから言えって俺は思うんだよなー」
「ラディ……うん、その通りだね。確かに危険な竜もいるだろうし、子供には出来ないことも多い。でも、全てがそうとは限らない。面倒だから全部ダメにしてるだけなんだよね」
「そうそう。俺はこいつが危険なんて全然思わない。あのネビウスっておっちゃんもそうなんだろ? いいよな、理解出来る大人が近くにいるってさ。うちは全然だよ」
「うん。ネビウス先生は尊敬出来る人だよ。ラディと同じくらい信用してるから」
「何だよ恥ずいだろ。それで、俺への依頼はこいつの服だよな? それならさ。こいつどこから見てもラギにしか見えないようにして、一緒に行動出来るようにしよーぜ!」
「ええっ!? そんなこと出来るの?」
「俺に任せておけって。こう見えても皮細工ならすっげー認められてるんだぜ。剣士の方はまだまだだけど……」
「そっちは僕だって手伝うから。有難う。お願いするね。他にもいくつか頼みたいことがあるけど、お金足りるかなー」
「特訓がてら素材も取りにいこーぜ! 出来上がるの、楽しみに待っててな、キュルル!」
「キュルルー!」
「おっと。ファウに一個俺からお願いしていいか?」
「うん。何かお返し出来そう?」
「俺、ちょっとしか文字読めないんだよ。勉強してるけど上手くいかねーんだ。教えてくれるか?」
「もちろんだよ。僕も引き続き勉強しないと……計算をマシェリさんに教えてるから、ラディも一緒にやる?」
「計算かぁ……苦手なんだよな。でも、正確に計算出来ないともっといい皮細工も作れないし教えてもらおーかな……」
「うん。僕たち結構……」
「やること一杯だな。ははは……」
こうしてファウとラディは、互いに出来ることを補い合い、キュルルと共に成長していくのだった。




