第39話 不注意は危険
エストマージに移り住むようになってから、それなりに日にちが経った。
この世界では日付の感覚が未だ持てていない。
もちろん日付を指し示すようなものは存在するらしいのだが、それは国民が知るようなことではないらしい。
王城には時刻を示すための道具や、日付を表す年号があり、きちんと管理しているようだ。
ではどうやって国民は年齢を知るのか。
それはやはり、以前マシェリさんからその名を聞いた日絶。
これで判断しているようだ。
そして……王城の中にはちゃんと図書館もあるようだ。
本自体は売ってはいるのだが、どれも高い。
父さんはよく高い本を買えたなと思う。
無理もない。何せ紙一枚で銀貨一枚もするのだから、その集合体である本が安いはずがない。
それなりにお金を使用するネビウス先生の家にも本は数冊しか無かった。
それらも分厚い本ではない。
もっと勉強したいけど、今はお金を貯めてマシェリさんに借金を返済し、ラギ・アルデの力を身に着けるときだ。
キュルルの方はどうかというと、少しは親離れし始めてくれた。
今ではすっかりトイレも覚えて、俺がいない日は一人で遊ぶことも覚えた。
とはいっても、寂しくないように購入した人形の布をかじって遊ぶ程度だが。
この布には俺のお下がりの服を縫い込んである。
キュルルのお気に入りの一品。大事にして欲しい。
……既にところどころほつれているけれど。
――今日はラディと一緒にオオグニ族が多く住んでいる地域へ外出する予定。
ラディにネビウスさんの住処は教えてあるので、今か今かと待っている最中だ。
今は午後過ぎくらいの時間かな。ラディはまだ来ていない。
「ラディ、早く来ないかなー」
「キュルルー?」
「ラディはお友達だよ。キュルルのことも紹介して平気なのかなー」
「キュ?」
「ふふっ。驚いちゃうかもね。一応着替え、付けておくね、キュルル」
「キュルルー!」
キュルルの着替えはまだ新しくしていない。
そろそろ大きさも変わって来たし、新しいのを買ってあげたい。
お金、全然足りないや。先は長いだろうな。
ネビウス先生のお手伝いで少しお金に余裕は出てきた。
買い揃えないといけない物がとにかく多くて、出費がかさむ。
マシェリさんはまだ帰って来ないけど、少しずつ借金を返そうと思ってそのお金は別に避けてある。
食べ物はマトフさんから聞いて、安くて健康的な食べ物が売っているお店を利用しているが、もう少し変わったものも食べてみたい。
そういう話をラディにしたら「俺たちの住んでる場所なら美味い飯があるぜ」という話になり、本日向かうことになったというわけだ。
「まだかなー。場所、間違えたのかな?」
「おーーいファウーー! いるかーーー!」
「来た! いるよー。今行くから待ってて!」
部屋を出て入り口へ行くと、少しネビウスさんに睨まれた。
ご免なさい、静かにします……はしゃぎすぎた。
「お待たせしました。こちらがお世話になってるネビウス先生です」
「変わり者の研究者だろ。知ってるって。こんちは。俺、ラディです」
「うむ。今日は出掛けるのだろう? 二人で平気かね?」
「はい。少し家に上げてもいいですか?」
あれ? あんまりよくないのかな。
首を横に振られてしまった。近くに来るように合図される。
「ファウ。竜のことは信頼出来るか見定めるまで、伏せておくのだよ。分かる者が見れば竜だと気付かれる。それはなるべく避けるべきだろう」
「ラディは信頼出来るけど……分かりました先生。ご忠告、感謝します」
「竜は私が見ておく。あまり遅くならないように気を付けるのだよ。遠くへは行かないように。特に夜は危険だ」
「はい」
確かにそうだよね。可愛いキュルルを見て欲しいけど……エストマージでは一度も竜を見ていない。我慢しておこう。
「ごめんラディ。お部屋はまた今度にしよう。行こ!」
「なんだよ散らかってるのか? それじゃえーと、変な先生。またな」
「変な先生とは失礼なのだよ! まったく」
ラディはさばさばしているというか、何というか。
ずばっと物事を言うタイプだ。
でも、一緒にいて裏も無い感じがするし、何より明るい。
「にしてもお前の家、面白いな。何で家の中に氷飾ってるんだ?」
「あれは実験してるんだよ。先生の仕事で。今日で何回目だったかなー」
「やっぱ変な先生だな。氷のラギ・アルデが使えるのはすげーけど。うらやましいな」
「ラディはどんな力が使えるの?」
「さぁ。俺適性確認したことないから」
「そっか。適性無しでも術の詠唱を知っていれば使えたりするんじゃないの? ほら、火の詠唱みたいに」
「いや。オオグニ族のしきたりで、十歳までは使っちゃいけねーんだ」
「しきたり……ご免ね。余計なこと聞いたよね」
「別に謝ることじゃねーよ。不自由だとは思うけど。それに俺はさ。ラギ・アルデの力に頼るんじゃなくて、剣を使えるようになりてーんだ。すっげー格好いい剣士がいるの、知ってるか?」
「ううん。僕は都に来てまだ日が浅くて。マトフさんのお店と、ネビウスさんの家。それにちょっとした食べ物屋さんがある商店街、それに、これから向かうラディのところ以外、よく分からないんだ」
「そっか……悪りー。これから色々教えてやるよ。それでさ。その剣士、ティンボルトって言うんだけど、滅茶苦茶恰好良いんだぜ。一度だけ本物を見たことあるんだよ」
「ティンボルト?」
「そう。王国近衛隊長ティンボルト。いつか俺もそんな剣技を身に着けてーんだ」
「それがラディの夢なんだね。僕は……」
「ん? どうした?」
「ううん、何でもないよ。ラディが言ってたすげー美味い店って、この辺り?」
ここは、アの三付近かな。エストマージは道が六本ある。
俺が向かったことがあるのは、トとマのいわゆる商店街通りと、ジのネビウス先生が住む家だけだ。
アの通りは初めて来るが、裕福なエリアとは言い難い。
「もう直ぐだよ。この通りの奥は俺みたいなオオグニ族や、もっと奥にはスミグニ族が住んでる」
「スミグニ族?」
「ああ。仲が悪いんだよ。普段あいつらは奥から出て来ない。あまり関わらない奴らだから……っとここだ」
【ヤーセ・ホウナの店】
そのように木の板に書かれていて、店内に入るといい香りがした。
これは……カレーみたいなスパイスが効いた料理?
木のテーブルと椅子が雑多に並んでる。
「美味そうな匂いだろ。おっちゃん。いつもの二つくれよ。ファウ、今日は俺が出してやるから」
「案内までしてくれたんだから自分で払うよ。いくらですか?」
「一杯銅貨三枚だよ」
「安い! はい、これで……うわー、これで銅貨三枚なんて信じられないや」
値段からそんな多くない量だと思ったら、凄く盛られてある。
しかも……直ぐ近くで嗅ぐと何ていい匂いなんだ。
「ファウは欲が無いなー。まぁ払ってくれんなら別にいいけど」
中にはあまり見たことが無い具材が入っていた。
でも、すごく美味しそう。祈りは……止めておこう。
いくらなんでもここではまずいかもしれない。
煮込みスープを口に運んでみると、とっても刺激的で美味しかった。
沢山具材を入れて煮込むといい味になる。
「こんなに美味しいの、この都に来て初めて食べたよ!」
「だろ? うめーんだよ、これが」
「ふん。当たり前だ。誰が作ったと思っておる。ほれ」
「ん? 頼んでねーぞ」
「客寄せの礼だよ。お前さんの分もだ。気に入ったらまた来い」
「いいんですか? 有難うございます!」
「お前さんこの辺りの者じゃないだろう。あんまり奥にはいかん方がいいからな。それと、ここへも来るならもっと早い時間に来い」
「どうしてですか?」
「奥にはスミグニ族が住んでおる。彼らはあまり異国の者に良い感情を持っておらぬからな」
「そうなんですか……」
「あんま気にしなくてもいいんじゃねーか? ほとんど無口な奴らだし」
「何を言うておる。それを食ったら真っすぐ帰るんだぞ」
「はい……分かりました」
行くなと言われると気になってしまうが……忠告は聞いておくべきか。
サービスで出してくれた肉も美味しくいただき、礼をして店を出ようとした。
タイミング悪く、入ろうとした大柄な人にぶつかってしまう。
「ごめんなさ……ぐっ」
いきなり胸ぐらをつかまれて持ち上げられた! く、苦しい……。
「おい。どういうことだ。なぜこんなところに白装のガキがいる」
……えっ?




