第35話 キュルルの息
翌朝起きてから直ぐのこと。
いつものように朝起きたら直ぐにキュルルの食事入れを確認するようにしている。
昨日はオリナシ草を餌入れに入れたたままだったのだ……その入れ物を見て、食べ物には気を付けないとと感じたのだ。
キュルルも産まれてから十日以上は経ったはず。
そろそろ食事も気を付けてあげないと。
それにしても……「キュルル!? どうしたの、これ?」
「キュルルー!」
キュルルの餌入れが、カチコチに凍っていた。
このオリナシ草、どうしよう。
放っておけば解凍されるのかな。
ネビウスさんはこの部屋に来てないだろうし……やっぱキュルルがやったん
だよね。
「キュルル、これどうやってやったの?」
「キュルルー?」
首を傾げるキュルル。
高熱を出して以来とても元気で、感情表現を少しするようになったかな?
あれ、口を開けた――うわ! びっくりした!
口を開けて直ぐにキュルルは「キュールルー!」と鳴きながら氷の粒を口から放出してみせた。
そして、目の前にあった水入れがカチコチに凍る。
これがきっと、息だ。竜によって吐く息は違うって本には書いてあったけど、キュルルは氷の息を吐くんだ……凄い。
これが竜の魅力のうちの一つだと、本には興奮したように綴ってあったっけ。
大型の竜が吐く息はもっと凄いんだろうな……。
「キュルル。そこら中凍らせちゃダメだからね?」
「キュルルー?」
やっぱり首を傾げるキュルル。
まだよく分からないのかな。
今日はネビウスさんにキュルルを任せて、マトフさんのお店へ行かないと。
寂しそうにするキュルルだが、少しずつ慣れてくれないとね。
「それじゃネビウスさん。よろしくお願いします」
「一つ君にお使いの仕事を頼むのだよ。帰りにラギ皮紙に書いたものを買って来てくれ。代金はこれだ。ちゃんと報酬のお金も渡そう」
「はい。有難うございます……といっても僕、部屋を借りている立場なのに」
「なぁに使用していない部屋を綺麗に片づける者が現れただけだ。そちらは気にしなくていい。最低限の家具しかないのだよ」
「十分です。ご厚意に感謝します。では、行って参ります。えっと……ネビウス先生!」
「うむ。今はトの通り以外は行かないようにするのだよ」
こくりとうなずいてお金を受け取り外へ出ると、直ぐに歩き出す。
この道のりはもう三回目なので歩くのにも慣れてきた。
――道に迷わず【トの六】へ辿り着くと、お店の外にマトフさんがいた。
「お早うございます。マトフさん」
「おや、もう来てくれたのかい? ちょうどいい。少しだけ手伝ってくれないか?」
「もちろんです。何を手伝えばいいですか?」
「看板がようやく出来上がったので取り付けようと思っていたんだが、台の支え手が必要てね」
そういえばこのお店……トの六であることを示す標識はあるけれど、お店の看板が無かったんだ。
お店を始めて間もないからなのかな。
あれ? でも……お店の名前は書いてあったような。
……扉のところに小さい文字で【ロロアの装飾品と道具店】って書いてある。
奥さんの名前なのかな。
今はしっかり台を支えてあげないと。
マトフさんは太ってもいないし痩せてもいない。
どこにでもいそうな顔立ちの人に見える。
でも、こういう人こそ商売人って感じがする。
大衆受けするっていうのは大事なことだ。
奇抜な店主であれば奇抜な人は買い物に来るだろうけど……道具屋としてはこういう人の方が向いているんだろうな。
「よし。有難う。どうだ? この看板」
「えーっと……」
お店の扉の上部分に、これまた小さいサイズの看板。
……正直言って、全然目立たない。
「非常に申し上げにくいのですが、目立たないですね……」
「看板控えめ、値段も控えめ! そんな風に思われないか?」
「ええとですね、広告、宣伝の基本は目立つこと……だったはずです。看板が端っこにあって目立たないと、通りを歩いてる人には目立たなくて見えないからお値段を控えめにしていてもお値段に気付かないかなーって」
「しかし看板を大きくすると邪魔にならないか?」
「入り口の扉にお店の名前が書いてありますよね。あれを大きな文字に出来ませんか?」
「そうか。店の名前を目立たせればいいんだな! そうすると有名になりやすい!」
「いえ……その下の、装飾品と道具店の方だけを大きくしてはいかがでしょうか? 差をつけてみる方が目立つと思います」
「何? 店名はいいのか?」
「はい。小さい文字と大きい文字二つを用意すると、自然と大きい文字へ目がいきます」
これは新聞やニュースなんかでよくある手法だ。
大項目に真っ先に目がいき、見る人が気になる強い言葉で読ませる。
「ほう……」
「立ち止まって見た人は、こう読むんです。装飾と道具の店か……ロロアの店というんだな。どんな道具があるか覗いてみるか……と。ここに目玉商品があればさらに良し、です」
「それだけでも客引きは可能だろうか?」
「いえ。目玉となりそうな商品を外から見えるよう、お店に並べてみてください」
「いやしかしな。あそこは日の光を利用して店内を明るく見せているのだが……いや、せっかくだ。やってみよう」
「はい。試してみる価値はあると思います。特に入り口の文字だけでも!」
「よし。ファウ君も手伝ってくれるか? 今日は仕事の相談をするだけだと思ったのだが、お金も払おう」
「いえ、頂けません。まだアセナキの根のお金だって返せていませんから」
「実はそれなんだが……あれはね。売るために仕入れたわけじゃなく、植えようとしていたものなんだよ。店の前にね」
「植える? ……それは凄く大事なものだったんじゃ」
「そうだね。大事なもの……いや、思い出かな。妻が望んだものだったんだけどね。お金に換えられるものじゃないんだ」
「じゃあ、僕はどうやって返せば……」
「それはほら。君がここで働いて? 妻にも元気な顔を見せてくれればそれでいいんだよ」
「でも……」
「いいから。その代わりちゃんと仕事はしてもらうよ」
「分かりました……頑張ります! 絶対売り上げを伸ばしてみせますから!」
その後看板の話もして、付け替えも依頼した。
文字も書き替えてみて、品物の配置も変えてみた。
すると、直ぐにお客さんが二人入って来た。
やっぱり看板だけでも効果はあるけど、もっと入りやすいお店にしないとダメかも。
ラギ皮紙の隅にお店の外観を書いて、お店までの通りから人がどう動いているのかも
調べてみた。
通っていた学校、文化祭の出し物でどういったお店が人気が出たか……とか、いきつけだった文具屋さんの品物配置はどうやって決めて、どうしていたのかな? とか。
思い返せば必ずヒントがある。よく考えてみると、アドバイス出来そうなことが頭に浮かんできた。
その後、マトフさんは自分のラギ皮紙以外にもう一枚のラギ皮紙を貸してくれた。
このラギ皮紙には、どんな仕事をこなすかを話し合って書いてみた。
まず計算。三日に一度お店で働く際に前日と前々日の売上集計をして欲しいこと。
これには税金として納める計算も含まれる。
次に商品の陳列。これは棚卸も含まれる。不足した商品を補充して欲しいこと。
そして接客。お客が困っていたら相談に乗って欲しい。そしてお勧めもして欲しい。
最後に清掃。お店の清掃をして欲しい。これは当たり前だ。汚れてるお店に誰も行きたくない。
おおまかにこの四つが俺の仕事。
まずは商品について覚えることから始めて欲しいというので、内容も書き込んでいった。
お給金は売上にもよるが、基本は一日で銀貨四枚。ロブゥ狩りから考えれば良い対価だと思う。
もし良い意見があれば、その結果次第で追加の給金もあるそうだ。
それだけ話を聞いたら、商店街でネビウスさんに頼まれた本物の紙を購入した。
これは木から出来ている紙なのかな。素材が分からないや。
たった一枚で銀貨一枚。何度も使用出来るラギ皮紙を考えると高すぎる!
丸一日仕事をして、たったの四枚しか買えないなんて。
オードレートでエーデンさんに一枚もらったけど、こんなに高いんだ。
頼まれた数は十枚。それ以外に獣の毛で作られた先の細い筆ペン。
そして……膠かな、これは。
膠なら使い道が多いと思うから分かるけど。
何に使うのかは分からないけど、預かったお金を随分使った気がする。
大金をぽんと出せるなんて、ネビウスさんは何の仕事をしているのだろう?
今度時間があれば確認してみようかな。
――ネビウスさんの家に戻り、その日の話をマシェリさんにすると少し驚かれた。
「結構もらえるみたいだな。よかったじゃないかファウ。私が冒険者として駆け出しの頃は、稼げなくて随分困ったものだよ」
「マシェリさんはもう少し仕事を選んだ方が……いえ、僕が早く手伝えるようになりますから!」
「期待して待っている。私も今日から仕事で出掛ける。無理せず頑張りな。今日はこの後師匠と特訓するんだろう?」
「はい。その前にどんな適性があり、どういう術が僕に合うのか調べるって仰ってました」
「そうか。結果くらいは聞いておきたかったけどね。私はもう行くよ」
「気を付けて行ってきて下さいね」
マシェリさんを見送ると、キュルルに会いに行く。
すると、座り込んで真剣にキュルルを観察するネビウスさんがいた。




