第33話 付きっ切りの看病
「ファウ! やっと帰って来……」
「ご免なさいマシェリさん! 僕、どうしても自分の力で薬の材料を手に入れたかったんです」
勝手に飛び出したのは間違いなく良くないこと。
絶対に心配をかけた。
七歳の子供が町のことも知らずに飛び出すなんて、危険すぎる。
「分かってるならいい。それよりほら」
「えっ?」
マシェリさんが渡してくれたもの。
すり鉢のようなものと、すり潰す道具だった。
……なぜそこまでこの人は自分に優しくしてくれるのだろう。
これじゃまた、返す恩が増えていく一方だよ。
「そんな顔をするな。それは買ったものじゃない。師匠の家にないか探して見つけた物だよ。だから安心して借りてやんな」
「わざわざ探してくれてたんですか。どうしてそこまで僕に」
「ほら。早くキュルルのところへ行ってやんなよ。きっと待ってるから」
「はい……有難うございます。必ず、皆さんの恩義に報いてみせますから!」
もうまともに顔だって見れやしない。
何て情けないんだ。今の俺は。
「キュルルー……」
部屋の前まで来ると、元気の無い苦しそうなキュルルの声が聞こえてくる。
待ってろ。今すぐ薬を作って助けてやる。
あの頁だけは何十回も確認した。
一文字たりとも漏らさずに、頭の中に入っているんだ。
幼竜と出会うことを考えていたからじゃない。
竜を、どんな竜にだって効果がある、生きる可能性を多く生み出せる項目だからだ。
「戻ったのかね。さて……私は部屋に戻るぞ、竜よ」
「キュルルー……」
「看病していただいて有難うございます。早速薬の調合を開始します」
「……ガルンフロト」
ネビウスさんは突如、少し大きめの器に氷を出した。
凄い……氷のラギ・アルデの力に違いない。
そういえば初めてネビウスさんの家を訪れたときに、大きな氷が部屋にあった。
あれもネビウスさんが出したものだったのかな。
「水と氷は必要だろう。水はそこの容器の中だ。無くなったら言うのだよ。ではな」
「はい。感謝しても……したり無いや。キュルル……」
乾燥させていたバイオレの葉を取り出す。それの中心部分を綺麗に取り除いていく。
枚数は五枚あれば足りる。
これをすり鉢ですり潰しつつ水を少しずつ加えていく。
十分な紫の色が出たら、緑のアセナキの根を漬けて、しばらく置いておく。
竜は汗をかかない。
その分熱が非常に体内へこもりやすい。
口から放出する能力が備わっていない幼竜が最も危惧されるのが呼吸。
本来幼竜は気性が激しい個体がほとんどだが、もし大人しい竜であれば口を十分に開けさせろ……そしてそのまま固定しろ。
そう書いてあった。
「キュルル、ご免!」
「キュルルー!」
キュルルの口を無理やり開けて、自分の腕を口の中に入れる。
頑張れ。僕の腕を嚙んでも構わないから。
そう……そうやって口から大きく呼吸するんだ。
苦しそうだ。どこか痛むのかもしれない。かなりの高熱なんだ。
体だってしんどいはずだ。
氷を少し手にとって、口の中の舌に置いてあげる。
薬が出来るまでもう少し時間が掛かる。
キュルルは腕を噛もうとはしない。
きっと信じてるんだ。僕のことを。
そのままもう片方の手で頭を撫でてやる。
苦しそうだけど、少し安心している顔だ。ご免よ。そばにいなくてご免よ。
口から吸い込む息の量も多くなってきた。
そう。吸って。ゆっくり吐いて。いい子だよ、キュルル。
――その状態で十分ほど過ぎただろうか。
漬けていた薬の周囲の色が紫色から灰色へと変化していく。
少しキュルルの顔を持ち、薬液を混ぜて、口の中にそのままゆっくりと注いで飲ませた。
ゆっくり。少しずつ。少しくらいこぼしたって平気だよ。
全部……飲んでくれた。
後は、薬が効いてくれるのを願って先ほどと同様の姿勢で看病し続けるしかない。
今日はこのまま寝ないで看病しよう。
キュルルだって戦ってるんだ。
――そのまま何度もキュルルを撫で、ずっとキュルルを見守っていた。
キュルルが発する熱が落ち着くのに、どのくらい時間が経ったのだろう。
「キュルルーー!」
「キュルル……熱、引いたのか。よかった、よかったよ……」
「キュルルー!」
「お腹、空いたかい? 待ってて。今、水と草を、取るから……」
あれ……全然、力が入らない。
安心したから、どっと疲れが出たのかな。
考えてみたら、ラギ車の中では乗り物酔いが酷くて全然眠れなかったんだ……。
でも、キュルルはもっと頑張ったんだ。頑張れ。俺だって頑張れ。
「は、い……。食べて、飲んで……キュルル、よく、頑張ったね……」
「キュルルーーーー!」
凄く大きく鳴くキュルルの声を最後に、俺は意識を失ってしまった。




