第30話 決意
「誰だ全く。外に冷気が漏れたら困る。早く閉めたまえよ」
「師匠。私だよ。マシェリだ」
「何? もう戻ったのかね? もっと時間が掛かると思ったのだよ。とにかく中に入って扉を閉めたまえよ」
「ファウ。入るぞ」
「お邪魔します……」
「……子供?」
中に入ると……広い部屋の中央に巨大な氷塊がそびえ立っていた。
天然氷には見えない。
どうやって作ったんだろう?
……いや。ラギ・アルデの力以外考えられない。
「何やってるんだい。師匠」
「見れば分かる。実験なのだよ。それで? その子供は誰なのだよ」
この人が……えーと、トリシュタイン・ネビウスさん。
四十㈹くらいの長身の男性だ。いかにも研究者っぽい。
黒髪で、ちょび髭が生えてる。
痩せているし、剣で戦う人にはまず見えない。
「この子はファウだ。ちょっと行きがかりで拾ったんだ」
「拾ったとは正しい表現では無いのだよ。詳しく話たまえ」
「あの。僕はファーヴィル・ブランザスと申します。オードレート国から来ました。マシェリさんに手助けされて……竜を、守りながら育てたいんです!」
「ふむ。礼儀正しい子なのだよ。だが、どういうつもりだ。竜を育てる?」
「キュルルー」
「まさか幼竜!? 見せてくれたまえ。その身に着けているものを外すのだよ」
「はい……キュルル。窮屈だった? ご免よ……」
「キュルルー!」
服を外してやると、嬉しそうに体を舐め始めた。
ゴワゴワしてたのかな。つけっぱなしはやっぱり可哀そうだ。
「ってことだから師匠。よろしくね。私は報告に行ってくるから」
「よろしくも何も、全く理解に苦しむのだよ……よりによって、白竜の子か。ファーヴィル君。その竜は国に預け……」
「嫌です! 僕が絶対育てます!」
「……ふうむ。マシェリが任せて出て行ったということはそういうことか。少し落ち着いて話そう。ガルンヘルドア!」
マシェリさんの師匠が手に持った杖を氷に向けながらそう叫ぶと、氷に向けて勢いよく大きな火の塊が飛んでいく。
凄い……今のって、ガルンヘルアの上位術ってこと!?
マシェリさんの言っていた通り、凄い人なのかもしれない。
でも……。
「ふむ。まだ少し寒いか。まぁこれくらいなら構うまいよ。こちらへ来て座りたまえ。何か飲むかね?」
「ではお言葉に甘えて……キュルルに水を頂けると」
「私は君に聞いたのだよ。まぁいい。竜にも出してやるのだよ」
「有難うございます。僕がキュルルを育てるというのは、何をどう言われても変えませんから」
「君一人では到底無理な話なのだよ」
「でも!」
「まぁ落ち着きたまえ。最後まで話を聞くのは大事なのだよ」
「はい……仰る通りです」
「よろしい。君一人では到底無理だ。なぜならば、竜は大きく育つ。それに、力の制御が大変なのだよ。抑制してやらねば、君の竜はいつか意図せず村や町を破壊する。あるいは人を殺してしまうだろう。その責任を君では負えないのだよ」
「……」
最もなことを言われた。確かに……その通りだ。
今のところキュルルは俺が連れ歩いているだけ。
精々後をついて来るだけだ。
でも、本で見たのが確かならば……この人もマシェリさんも白竜だとはっきり言う。
本には白竜のこととして書いていなかった。
聞かなければいけない。
この子がどんな竜なのかを。
それに、もっともっと尋ねなければならないことがある。
「我々は大人なのだよ。マールが君だけでなく、竜も置いていった。つまりそれは、私に両方面倒を見てやれという合図なのだよ。全く。困った弟子なのだよ」
「ええ!? では、トリシュタ……えーと」
「トリシュタイン・ネビウス。トリシュ、あるいはネビウスで構わないのだよ」
「すみません。では……ネビウスさんは竜を僕が育てても良いと?」
「だから言ったはずなのだよ。君一人では無理だ。私とマール。そして君でその竜を育ててやるのだよ。それが大人の務めだ。そして育てるとは、君のことも含まれるのだよ」
……その言葉。マシェリさんも言ってた。
この人が伝えた言葉なのかもしれない。
「あの……ネビウスさん。有難うございます。僕、手伝えることは頑張って手伝いますから」
「当然なのだよ。それが子供の務め。そして学ぶのも子供の務めであるが……時にファーヴィル君」
「ファウで良いです」
「ふむ。ファウ君。ラギ・アルデの力は使えるかね? 興味は?」
「はい。基本中の基本だけですが、行使出来ます。興味は……とてもあります」
「非常によろしい。マールから聞いているかもしれないが、私はラギ・アルデの研究をしているのだよ。それの助手を、努めてみないかね?」
「僕が……いいんですか?」
「君がもし学ぶ気概があればだがね。中々見つからないのだよ。変わり者と呼ばれる私の研究に携わろうとする者がね」
「ぜひ、お願いしたいです! あ……でもお金を稼がないといけないんです。銅貨一枚すら持っていないどころか、マシェリさんに借金をしてて……肩代わりするにも竜の角や爪、牙くらいしか無くて」
「ふむ。それはいかん。宿泊はここで構わないがね。食いぶちは自分で持たねばならんのだよ。後ほど部屋を案内してやるのだよ。竜の爪や牙と言ったがそれらは手放すべきでは無い。後ほど箱に入れておきなさい」
「いいんですか!? 有難うございます。それと……僕、マシェリさんにオードレートへ帰るべきだと言われてて」
「この都からオードレートへ向かうのであれば、ここでしっかり稼いで向かわねば行き倒れは確実なのだよ。直ぐに経つことは勧められない」
「やっぱりそうですよね……ここへ着いたらマシェリさんにも話そうと決めてたんです。僕、ここでしばらくお金を貯め、経験を、知識を身に着けたいと思います。焦って命を落としたら、キュルルは取り残されてしまうし」
「それは結構。ふむ。君の年齢はいくつなのだよ?」
「七歳です」
「七歳……にしてはしっかりしているのだよ。少なくとも十歳、あるいはそれ以上の女性だと思っていたのだよ。そうだね……君が十歳になる頃には、旅立っても平気かもしれない。本来はもっと、大人になってからの方が良い。だがね。君は精神的に成長しているようなのだよ。過酷な環境で育った影響かもしれないが……」
「僕、男なんです……」
「そうだったのか。それは失礼したのだよ。君はどう見ても女性に見える。少し恰好や髪型を改めてみる方がいいが……お金が無いといっていたね。後ほどちょっとした仕事も頼んでみるのだよ」
もしかしたら……この人なら信じてもらえるかもしれない。
いや、理屈を通す人だから分からない。
でも真剣に話を聞いてくれる、初めてのタイプだ。
打ち明けてみよう……自分が転生者であることを。