第26話 初めての買い物
ラギを退けた後、マシェリさんと一緒に町を見物する。
変わった店があるので、町中を見ているだけで楽しい。
そして……文明が見て取れるのが、町の景色だ。
この町は、文明が前世の中世以下と感じる。
それでも、前世には見られないようなラギ・アルデの力を行使している場面がちらほらと見てとれる。
例えば……この辺りの気温はオードレートより暖かい。
そのため、生肉などをそのまま出して置けば、直ぐに痛んでしまう。
しかし、どう見ても氷のような物が敷き詰められた場所に、肉を保存しているように見える。
これは氷のラギ・アルデの力を使っているからだ。
……と、あちらこちらをキョロキョロと見ながら歩いていると、マシェリさんが立ち止まった。
「ここだよ」
「……【裁縫師メルズリオ】のお店? 裁縫屋さんですか」
「そうだ。革細工に布細工なんかも取り扱ってる。腕は悪くない。少々がめつい程度だ」
「がめついって……ここでマシェリさんは買い物を?」
「ああ。私はその……計算が苦手だ。だからあっち任せで依頼したんだけどね。随分とお金を取られたよ。相場が分からないから」
「そうなんですか……お店に入る前にお金の種類とか確認してもいいですか? 僕、お金を持ったことが無いので」
「そうだったのか。まだ七歳だからな……」
「いえ。オードレートでは周りにお店が一軒も無かったので」
……事情を説明すると、とても驚かれた。
あそこまで過酷な生活をしている地域なんてそうそう無いか。
自分でも良く頑張っていたなと思う。
それはそれで前世と違い楽しかったけど。
「巨大国はそれぞれ、共通の硬貨を使用している。これがレギオン金貨。銀貨、銅貨もある。それぞれ十枚で銅を銀、銀を金に交換できる」
「ふむふむ。銅貨百枚で金貨一枚分ってことですか?」
「そうだ。本来純金であればそうはならないだろう。これは合金だからな」
「これが使用出来るのは四つの巨大国だけですか?」
「いや。大陸の西部分を除いて、ほぼ利用出来ると言っていい。比重が異なるとはいえ、金属に変わりは無いからな」
「そうか……そうですよね。本来紙の価値があるってこと自体おかしいわけですし」
「うん? 何か言ったか?」
「いえ。マシェリさんは紙とか書く物って持ってたりします?」
「紙は貴重な物だ。そのため、ラギ・アルデの力を用いて描くことが出来るラギ皮を用いて何度も使用するのが普通だ」
「ラギ……皮? さっきの動物を使った皮紙ですか!?」
羊皮紙じゃなくラギ皮紙か。それも、何度も使える?
ラギ・アルデの力を使って出来るのかな。
それは凄い。これは出来る限り早く手に入れておきたい。
「その皮紙を頂けませんか!? 必ずいつかお金で返します。それに書き方も出来れば教えてもらえると……」
「いいよ。ラギ皮紙は私のお下がりをや……」
「ダメです。金額を教えてください。マシェリさんにも必要になりますから」
「そうか? それなら……直ぐそこに売ってる。先に買いに行こう」
――目の前の裁縫屋の隣の隣にある店へ入る。
ここは小物屋かな? 変な物が沢山並んでる店だ。
「あれ? さっきの人?」
「おや? あなたたちは先程の!」
「なんだこの店の主か。ここへは寄るつもり、無かったんだけどな」
「何かお求めで?」
「ラギ皮が欲しい。筆記用のやつだ」
「それなら……これをどうぞ」
「これは上級品だろう? 出来れば安い方で頼むよ。持ち合わせがそんなに無いんだ」
「いえ。一番安い、金貨一枚と同じで構わないですよ。あのままラギが町民を怪我させてたら、これでも安いくらいだ」
金貨一枚!? それでも結構な値段だと思う。
これは……早速借金が増えた気分だ。
十八歳だった頃から考えると、借金なんて経験無い。
いいのかな。
……結局マシェリさんがお金を払ってくれた。
お店を出ると早速ラギ皮紙を渡される。
「よかったなファウ」
「結構するんですね、この皮紙が一番安くて金貨一枚だなんて」
「いや、これなら金貨三枚はするよ。書いた文字も三日は持つだろう」
「え!? 書いた文字、消えちゃうんですか? だから何度でも書けるのか……」
「そうだ。ラギ皮に記した文字は時間が経てば消える」
……万能な物じゃないな。
必要そうなことを書いても勝手に消えてしまうのは少し困る。
でも、三日も持つなら今は十分かな。
これで勉強は可能だろう。
「書き方はこうだ。トルノアートマ」
細い枝を持ち、ラギ・アルデの詠唱をするマシェリさん。
その枝でラギ皮紙にさらさらと書いてみせる。
これは凄く使えそうだ。でも、気になる部分が一つある。
「アートマ?」
「ああ。アートマは物体を変えるといった時に用いられる……だったかな。ラギアルデの種類のようなものだな」
「そうなんですか」
「ほら、やってみな。私の手元から離せばこいつはただの枝になるから」
「はい。トルノアートマ!」
自分の手先から枝に伝わる感覚……でも今までと違ってよく分からない。
だって枝だから……枝の先が筆? でも墨汁とかつけないと。
「ぶっ……はっはっはっは。ファウ。何だそれは」
枝の先からボタボタと黒いものが垂れ落ちるだけ……失敗だ。上手くいかない。
「……僕にはこの枝だと大きいのかも。もう少し細いものの方が書く道具としてしっくりくるんですけど」
「キュルルー?」
「キュルルもそう思う? キュルルの爪先くらいの物があれば……」
「それなら、これを使ってみるか」
そう言うと、マシェリさんは後ろ髪を止めていた簪のような物を外して渡してくれた。
これならば確かに細いけど、気が引けるな。
「気にしなくていい。そろそろ交換しようと考えていたんだ」
「有難うございます。トルノアートマ!」
この細さ。これならボールペンの先みたいなイメージが持てる。
今度は上手くいったみたいで、少しだけ書き辛いけど書けるようにはなった。
「よし。では目的の店に行くぞ」
「はい。これで計算もしやすいです。まだ使わないとは思いますけど」
「ふふっ。買うのはそんなに高い物じゃない。きっと平気だよ」
――先ほども見た看板、【裁縫師メルズリオ】まで戻って来た。
お店は小さくて狭いが、いくつかの衣類が置いてある。
また、小物も飾られている。
「おやいらっしゃい。また何か買い物に来てくれたのか?」
「今日はこの子のだよ。子供のラギ用の服が欲しいんだが」
「どれ……そのサイズか。それならこいつだな。金貨二枚だ」
「ええ!? そんなにするの?」
「ん? 何だ物の価値もわからん子供か」
「でも、こっちの服は銀貨七枚ですよね……」
どう考えても高い。
人用の衣類の方が安いなんて。
飾りっ気が無い落ち着いた服だとは思うけど。
「それには服飾品がついて無いだろう?」
「あの、服飾品は不要なので半額にしてもらえませんか?」
「ふうむ……しかしな」
「そうだ。ついでにファウの服も買っていこう。ファウにちょうどいい大きさを選びな」
「男? 女の子じゃなく?」
……そんなに女の子に間違われるのか。
きっと髪が長いからいけないんだ。早いうちにどこかで切らないと。
それにしても……そうだ。席を立つといういい方法があるって聞いたことがある。
試してみよう……。
「僕は男です! マシェリさん。少し失礼なお店だと思います。安くしてくれないなら別のお店に……」
「いやいや悪かった。君の言う通り服飾品を外して半額にしてやろう。その代わり、君の服は買っていってくれ」
「……いいんですか?」
「ああ。君の言う通り、服飾品が高いんだよ。取り外すのに手間はかかるが間違えた詫びだ。それでいい」
「じゃあこっちの……」
「マシェリさん! それも服飾品が付属してます。僕のはこの……青っぽい服で十分。これなら銀貨三枚です。両方合わせても金貨一枚と銀貨三枚で、金貨二枚払えばお釣りが銀貨七枚ですよ」
村人のような青色の、少しだけ厚手の子供服。
そんなに数が無いから選べないけど、白色の服だとまた女の子だと思われそうだ。
青色を着れば髪が長くても少しは男だと思われると考えた。
「おや。この坊やは随分計算が早いね。雇い入れたのか?」
「そんなところだ。ほら金貨二枚」
「毎度。お釣りだよ。直ぐ取り外すから少し待ってな」
そう言うと、店主は直ぐに取り掛かってくれた。
でも……あれ。洋服の方に服飾品を取り付けてくれた。
地味な無地の青色の服が少しだけ華やいで見える。
「あの。いいんですか?」
「ああ。正しく計算が出来るってことは物の価値を把握出来る子だ。いい買い物をしたと思う気持ちも強くなるだろう? 機会があればまた寄ってくれ」
「有難うございます。失礼な店なんて言って、ご免なさい」
「はっはっは。子供は細かいことを気にしなくていい。それじゃあな」
よかった。大分得をしたみたいだ。
それにしてもマシェリさん……買い物するのがどう見ても苦手だ。
注意しておいてあげないと道中苦労しそうだな。
「マシェリさん。つかぬことを伺いますが、所持金っていくらほど持ち歩いてるんですか?」
「えーと。残りは金貨一枚と、一、二……銀貨九枚。銅貨無しだ」
……えっ!? それって、とても少なくないですか!?
「これから依頼を報告しに都へ向かう。その前に一仕事するぞ」
「はい。少し先行きが不安になりました……」
大陸を渡るって凄くお金が掛かるよね。
これは、五年なんかじゃ到底到着しない気がしてきた。
お金稼ぎも含めて五年で到着できるのかな。




