第97話 鈴の音の洞窟内、音の鳴る方知恵ある怪物
鈴の音の洞窟に生息するという怪物。
それは、目が三つある四足獣とミルルさんから聞いていた。
聞いていたのだが……洞窟の奥から微かに悲鳴のような音が聞こえた気がした。
一早く異変に気付いたラディが、後方から前へ飛び出し、声を出す。
それは間違いなく動物の悲鳴だったのだろう。
「ラディさん、戻って下さい! 慎重に進みまふ!」
「か、壁が……」
ゆっくり後ずさるラディの顔色は悪い。
俺とキュルルが急いでラディの下まで向かい……ラディがいる場所まで進むと、赤い血が地面に流れているのがみえた。
「ミルルさん、これ以上は進まず、ミレンとそこで待機して下さい!」
「わ、分かりました。傷を負ったら戻ってきてくださいねー!」
「わわ、わりゃしは行かなくても平気れすか?」
「来ちゃダメだよ。この先は……見ない方がいい」
血を見て直ぐに判断した。
かなりきつい死に方をしたに違いない。
そして、その周囲からはチリーン、チリーンと鈴の音が鳴り響いている。
「キューールルーー!」
「キュルル!?」
何も指示を出さないまま、キュルルが右手前方に向けて氷の塊を直線状に吐き出した。
その氷は一直線に伸び、右手にある水場への道を塞いだ。
水場に生息する生物か……と思い、もう少し近づいてみて、気付くことがあった。
「壁が動いてる? いや、これは……」
「ナギも見たことがない怪物です! 気を付けて下さい! 先制します!」
ナギさんが左壁を使用して、見るからに壁のようなソレに向けて突進する。
そいつはキュルルが放出した氷の影響で少し戸惑っていたのが、壁っぽい体に四足獣の血がべったりとついていた。
見ているだけでも気持ち悪い。
こいつ自体は人型のようなサイズだが、まるで小さなゴーレムみたいだ。
ナギさんは壁横から蹴りを思い切りいれて、攻撃を受けたそいつはキュルルが放出した氷にぶち当たり、貫通して水場へと落ちた。
「しまった。折角キュルルさんが作ってくれた氷の壁を貫通してしまいました!」
「お、俺もいく!」
「ダメです、ラディさん! 落ち着いて下さい。相手は水場が得意な相手かもしれません。飛び込めば相手の思うつぼ。ここは冷静に……ファウさんのように状況を探るのです」
「キュルルにはもっと遠くから相手が見えていたのかもしれません。それで僕の指示を待たずに行動を。すみません、僕もキュルルに合わせて氷を張っておけば、逃げられなかったかもしれないのに」
「いいえ。見たこともない相手と対峙したにしては十分冷静です。ファウさん。今のうちに地面の血を念のため洗い流して下さい。その間ラディさんはキュルルさんと警戒を。後ろの二人が狙われないように、水場と反対の壁側を後方支援用にして陣取りましょう。彼女たちが狙われたらひとたまりもありません!」
『はいっ!』
ナギさんの的確な指示の下、俺は地面に押しつぶされた獣の血を水で流す。
それと同時にその獣の観察もした。
圧迫死……かな。あの怪物の体はやはり壁のような硬さがあるのだろう。
そして、この獣がミルルさんが伝えていたもので間違いなさそうだ。
目が三つある獣だろうか。
鈴の音は壁型の怪物から鳴っていたんだ。
つまり、あの音を頼ればあいつがいつが出て来るタイミングが分かる……?
そう考えていたとき、チリーンという音が水場から聞こえた。
「攻撃が……あれ?」
「くっ、うわあーーーーー!」
水場から飛び出して来ると思っていたソレは、キュルルの隣へ移動していたラディに向けて、氷の隙間から何かを飛ばしてきた。
俺と同じ考えだったのか、ラディは見ている方向が見当違いの方角で、気付いたときにはキュルルが再び突然吐き出した氷がラディの目の前に伸びていた。
ラディが驚いたのはキュルルの氷に向けてだったようだ。
氷にガスガスと何かが当たる音だけがしていた。
「た、助かった……」
「油断してはいけません。かなり賢い怪物のようでありまふ! ファウさん、血は洗い流し終わりましたか?」
「はい。ついでに獣を……ガルンヘルア!」
獣を焼き尽くしておいた。これでミルルさんやミレンが来ても、悲鳴を上げることは無い。
しかしナギさんとラディ、それにキュルルが警戒を解いてしまえばその隙から襲われるかもしれない状況だ。
「大声は上げずに。分かりますね」
「はい。二人をこちらへ連れて来ます」
急ぎ後方へ下がると、ミルルさんとミレンが見える位置にまで戻る。
二人とも何が起こっているか把握出来ておらず、困惑している様子だ。
ハンドサインで二人を呼び寄せると、壁際ぴったりに位置つかせた。
「大丈夫ですか? 相手は?」
「分かりません。危険な生物です。お二人は必ず守りますから、壁際に寄ったままついて来て下さい」
「分かりました」
「わわ、わりゃし、怖いれす……」
「ごめんねミレン。大丈夫だよ」
気休めに声をかけるが、それはミレンに言っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか分からなかった。
再びチリーン、チリーンという音が聞こえてくる。
しかも今度は、風の音と相まってどこから来ようとしているのか分からない。
「居場所を探られないよう、この場所に生息しているのだと思います。状況が有利なときにのみ現れて、獲物を狙う相手だと思って下さい」
「今が絶好の機会ってわけか。ファウ、炎をぶちかましてやったらどうだ?」
「無理だよ。相手が水場に隠れる以上、水の中に火の効果は出せない」
「じゃあ水場を氷で固めちまったらどうだ?」
「それも難しいのでありまふ。ここから全ての水場を凍らせるのは不可能に近いです」
「じゃあどーすれば……」
「ナギが囮になりまふ。跳び出して来た奴をラディさんが仕留めて下さい」
「でもよ、それ、危ないんじゃねーか」
「先ほどの攻撃で感じたのでありまふが、相手は打撃攻撃が効き辛いようです。頭部であればあるいは効果があるかもですが、殴った感触でいうと、グニャっとした感覚でありました。見た目ほど硬い怪物ではないように思いまふ」
「グニャ……ですか? つまりタコみたいな体なのかな……それならやっぱり有効なのは火かもしれません」
刃物も鋭ければ通るけど、ナイフ程の大きさじゃ貫通は難しいかもしれないですね」
「では、タイミングを合わせてファウさんが炎を。ナギはどうにかして避けます。難しい場合、ラディさんに指示を出します。行きますよ!」
もう!? 少し待って欲しいけど、ここで待ってなんて言えない。
やるしかない。失敗すればどうなる? ナギさんを焼いてしまう? もしかしたらラディも危ないかも。
手が、震える、震える、震える……止まれ、止まれ、止まれ!
だが、手の震えが止まらないままナギさんが氷の一か所を打撃で破壊した。
再びチリーンという音と共にナギさん目掛けて人型の壁のようなものが素早く迫る。
それを確認するより前に、天井へ大きく跳躍したナギさん。
撃たないと、あの怪物に……でも、ナギさんも近い!
まだ絶対、伸尖剣が上手く扱えない!
このままだと、このままだと……また暴走させてしまうかもしれない!
「今です! ファウさ……」
「キュールルーーー!」
「……!」
俺が出遅れると、キュルルはそれを分かっていたかのように、その壁の足下へ氷を吐きかけていた。
慌てて攻撃しようかと思った俺を、ナギさんが制す。
「ラディさん!」
「おう! もらうぜファウ!」
ラディはキュルルの吐いた氷を足場にして跳躍し、天井へ飛び跳ねたナギさんと併せて怪物の頭目掛けてナイフを突き立てる。
声に鳴らないような音を発すると、ドサリと倒れて動かなくなった。
「やはりラーダ種です。頭部分に光を発する場所を発見しました。しかもこれは……ラーダ石を持つ個体です!」
「仕留めた……のか」
「はい。良かったでありまふ。焼いてしまったら、折角のラーダ石が失われるところでした」
そう言って、ナギさんがラディの突き刺した部分の少し上方から淡く光る石を取り出した。
ラーダ石が何なのかは分からないが、キュルルが助けてくれなかったら動けずにいたかもしれない。
そうすればナギさんがかなり危なかった。
いざっていうときに、俺は……。
「ファウさん。そんなに気を落とさず。追撃、よく止めれたと思いまふ。結果的に良い連携となりました」
「へへっ。ファウ。俺だってちゃんと戦えるんだぜ。それにしてもこのナイフ、すげーよ」
「皆さん、凄いです……これ、マージにも登録されていないような怪物ですよ!?」
「紙を持っておりまふか? この似顔絵を紙に記し、特徴も書いて持って帰ればお金になると思いまふ。それにラーダ石も、かなり良い値段でお師匠様が買い取ってくれると思いまふ!」
腰に両手を当てて、えっへんとポーズを取るナギさん。
ラディも嬉しそうにしてる。
……何でみんなは怖くないんだ。
下手をすれば先ほどの四足獣のように血を流して死んでいたかもしれない。
家に帰るためにはこういった状況に慣れるしか無いんだ。
今は、無事であったことを一緒に喜ぼう……。
水場に生息する擬態型の怪物。
そしてラーダ石というものを手に入れました。
未知の怪物との遭遇するのはやはり、ワクワクするものですね。