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7

 呼吸の感覚を掴み、木刀へと魔力を通すよう努力を始めたリルア。

 それからの日々は最初の五日よりも遙かに早く目まぐるしく。そして時間すら忘れるほど濃密なもの。

 剣を振り、息を工夫し、考えながらも駆け抜ける。

 試行を繰り返し体を動かし。それでも立ち塞がる敗北を真摯に受け止め、それでもなお諦めずに挑み続けた。

 そして今日。開始から経過した日数は十を越え──ついに最終日へと突入していた。






「ぜやァ!!」


 力強い咆哮と共に振られる木刀は、黒の軌跡を立て続けに描き続ける。

 より速く、より鋭く、そしてより滑らかに。

 攻撃や体運び。リルアの所作一つ一つが洗練され、初日とは別物にすら思えるほどに昇華されていた。


 以前よりも息は乱れず。それ以上に体が軽く、魔力は思考(イメージ)との誤差がなくなった。

 まるでかつての自分には、見えない枷でも付いていたとすら思えてしまう動き。

 今の自分が動くこと自体が快感だと。溢れる充実感のままに剣を振るう様は、さながらやれることの増えて喜ぶ幼子のようだった。


「ちっ、やるねぇ!」


 短い賞賛だけを口から零しつつ、手に持つ木刀で絶え間ない剣撃を捌くライ。

 初日とは違い、今の彼には会話を挟む余裕などない。

 その成長を讃える笑みを浮かべながら、それでも変わらず全てを紙一重で対応し続けている。


「ほらどうしたァ!? それで終わりなら届かねえぞォ!!」


 リルアから放たれた数個の風の大玉。

 視覚を遮る囮の群れを渾身の横薙ぎで吹き飛ばし、死角から迫るリルアを身を翻して蹴り飛ばす。

 

 腹を襲う痛みと衝撃。リルアは勢いのまま、地面を転がりながらもどうにか踏ん張り地面へ立つ。

 

 加減されてるのは分かる。現にライはただの一度も魔力を使わず、素の力のみでリルアをあしらっているのだから。

 だが反面、こちらは満身創痍。膝は笑い、魔力は底を突き始めている。

 反撃こそされるようになったが、それでも目の前の男は依然余裕そうに構えるのみ。

 無駄のない呼吸を覚え、黒い木刀に魔力を通せるまでの制御を身につけた。その結果山を登る前とは見違えるほどに能力が向上した。

 けれどそれでも、憎たらしいほど楽しそうに私を阻む男に一撃すら与えられない。それどころか、その余裕そうな面を歪ませることすら叶わない。


 ──やはり遠い。目の前にいるはずなのに、たった一撃があまりに遠すぎる。


「どうした、手詰まりか? そんな様じゃあこのまま下山だぜ?」

「……そう、だね。確かにこのままじゃ、私は何も得ずに、何も果たせずに終わっちゃう」


 辛そうに構える少女から零れた弱音に、ライは怪訝な瞳を向ける。

 その目はまるで諦めてしまうのか問いかけるよう。これで終わりかと、暗に告げてきているかのよう。

 そう、終わりだ。これで終わり。

 情けないことに、私の限界はまもなく訪れる。それは、それだけは、抗いようのない不変の事実。

 

 ……だけど。それでも。


「まだ終わりじゃない。まだ残ってる、振り絞れるッ」

「ふーん。小指で(つつ)けば倒れそうな、そんな様で?」

「うん。……だから、次で最後。これで無理なら、私は勇者に、あの人に会う資格なんてないんだ」


 残った魔力を限界以上の速度で循環させ、身体能力を一気に引き上げるリルア。

 短時間しか保たない過剰な強化。それは初日に見せたとっておきと同じもの。

 けれどもう、あのときとは違う。

 あの日よりも精密になった魔力制御。嵐のように溢れる魔力を一分の無駄すらなく己の糧とし、私のための力へ変えれるようになった。

 

 ──けれど()()()()()()


 どんなに効率が上がり、より速度と威力が増そうと、こんな程度じゃ彼には到底届かない。

 だから必死に考えた。今の自分が一矢報いるには、一体どうすれば良いだろうと。

 

 空を助走に使うだけで足りない。闇雲に速度を上げるのでは意味がない。

 ……だから答えはこうだ。

 魔力を循環させるだけで足りない。ならば極限まで凝縮し、より短い一瞬に全てを費やせばいい。それだけのことだった。


「全身全霊。避けるなんて無粋か。……来い! その覚悟、余すことなく受け止めてやるよ」


 それ以上の言葉は不要だと。

 ライも口を閉じ、剣を構えて少女の決意に応じるのみ。

 

 ささやかな風が吹く。

 聖樹の葉が散り、一際大きい一枚が、彼らの中間をひらひらと舞い落ちる。

 

 ──リルアが動いたのは、その一枚が地面へと落ちた直後だった。


「うわァァ──!!!」


 ありったけの咆哮を上げ、がむしゃらに、愚直なまでに直進する。

 真っ直ぐに、全力で、避けられることなど考えず。

 どうせ倒れるならば前のめりにと、決意のままに突き進み、ただの一刀に全てを込めて振り下ろす。


 木刀同士がぶつかり、重く鈍い音が周囲一帯に轟きわたる。

 受け止められるのは分かりきっていた。どれだけ速度を上げようと、きっとこの人は対応出来ると、そんな確信があった。

 だからこそ、大事なのはそこで止まらず進み続けること。

 例え手足がもげようと、意識が飛ぼうと、命を失おうと。一切の躊躇を投げ捨て挑むのみ。


 拮抗は一瞬。ぶつかった次の瞬間、ライの体は後ろへと押されていく。

 顔を顰めて両手で木刀を握り、地面を抉りながらも踏ん張りながら、勢いを殺そうと力を注ぐ。

 だがそれでも、リルアの突撃は止まることはない。

 ついにライの手から木刀を弾き落とし、そのまま彼の体を打ちつけんと進み──。


「──がっ!?」


 目前。ライの体はぶれ、次の瞬間にはリルアの体は空へと舞い上がる。

 何が起きたのか。今自分がどうなっているのか。

 自らの状態を受け止める間すらない。気付けばリルアは地面へと叩き付けられ、勝負はたったの一瞬で決着となってしまった。


「しくったなぁ。まさか使っちまうとは思わなかったぜ」

 

 ライが何かを言っているが、失意に浸るリルアの耳には届かない。

 負けた。負けてしまった。勝たなきゃいけない一戦に、私は敗れてしまった。

 痛みと共に襲いかかる敗北の重圧。それは体よりも心を、生きるための柱をへし折ろうと雪崩掛かってくる。

 勇者に会えない。冒険者になって三年、ようやく見つけた唯一の手がかりを失ってしまった。よりにもよって自分自身の手で。

 

「くそっ、くそ……」


 どれだけ堪えようと溢れて止まない涙。それは痛みからではなく悔しさから。

 確かに醜くライの足にしがみついて足掻くことは出来る。勇者に会いたいのならばそうすべき。それが私にとっての最良、そのはずだった。

 けれど今、そんな諦めの悪い気持ちは微塵も湧いてこない。

 

 ただただ届かなかったと。

 自分にはあの人に会う資格がなかったのだと。

 胸が引き裂かれそうな悔しさと納得だけが、痛みとしてリルアを巡り満たしていた。

 

「なんだ、泣いてんのか。俺としては喜んで欲しいところなんだが」

「……ほんっと性格悪い。私、今夢への道を閉ざされたんだけど」

「ま、そうだな。確かにお前は負けた。ただし、()()()使()()()俺にだ」


 せめて泣いてる姿を見せまいと、視界を掌で覆い隠すリルア。

 そんな彼女に近づいたライは、首に手を当てながら少し拗ねるようにそう言った。


「本来なら魔力を使うつもりなんてなかった。いくら才に溢れてようと、十日程度で呼吸や魔力操作を習得するとは思ってなかったからな」

「…………」

「けれどお前はその両方を我が物にした。……それだけじゃない。魔力なしとはいえ、俺を凌駕し一矢報いた。俺の想像を超えやがったんだ」


 悔しさを滲ませた声色。それはリルアがこの山に来て、初めて耳にしたライの声。

 無様に倒れているのは自分だろう。勝負に勝ち、余裕そうに話しているのはあっちのはず。

 なのにまるで自分が勝利者であるように。小憎たらしい男はそう賞賛してくるのだ。



「お前の勝ちだ、リルア。お前は自らの手で、夢の続きを勝ち取ったんだ」



 勝利を告げるその声は、小さな棘すらないほど優しさで。

 泣いているリルアの心の蟠りを取り払うように、暖かなそよ風のように彼女へ撫でたのだ。


「勝った……、わた、しが……?」

「ああ」

「私が、ライに……?」

「ああ」

「ほんとに、勇者に会えるの……?」

「ああ。聞きたいこと、教えてやるよ」

「そっか、やったぁ……」


 ライの言葉を受け止めるには、まともな返事をするにも時間が掛かった。

 自分的には勝てたつもりはない。たった一回剣を弾いただけのお情けの勝利。……嗚呼、それでも湧いてくるのは不思議なくらい達成感のある喜びだ。

 勝った。勝利した。──私はまだ、あの人を諦めなくていいんだ。


「やった。やったよぉ……」


 起き上がる気力は残っていない。今の自分に出来るのは、勝利の実感に浸るのみ。

 結局数分、心が落ち着きを取り戻すまではライの声も届かず。

 目の前に広がる雲一つない、勝利を称えるような青空だけが彼女の景色であった。

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