表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

3

 リルアが目を覚ましてから三日が経過した。


「ふーん。じゃあライさんは五年くらい前からここに住んでいるの?」

「ここなら厄災からは逃れられるし、あんまり人と関わらずに生きていけるからな」


 テーブルでライの作った食事を取りながら、たわいない雑談に花を咲かす二人。

 裸を見られたなどという個人的な怒りなど、三日も経てば少しは風化するというもの。

 命を助けてもらい更に怪我の治療までしてくれる人に対し、いつまでもムキになるのは情けないことだと猛省した結果、二人は普通に雑談するくらいまで良好な関係にまでなっていた。

 

「……なるほどなるほど。じゃあどこも復興は進んでるんだな」

「うん。一番酷かったっていうラーギスにも寄ったけど、あと一年もあればくらいで完全復興出来るって感じだったよ」

「ラーギスっていうと……ああー予言の祭壇(プレーブ)。まあ、確かにあれは直さないとなぁ」


 リルアが話す内容を聞き、少し安心したような表情を浮かべるライ。

 世の情報が回ってこないからか、この男が訪ねてくるのは現在の世情についてばかり。

 わざわざこんな山で住んでいるのに世の中を気にする必要はあるのかと。

 胸中で少しだけ疑問を抱きながらも、まあ玉の客が持ち寄る世間話に食い付いただけだとそのまま流しながら話す。


「いやー助かる。こんな田舎暮らしじゃ情報なんて偏っちまうし、たまには新鮮なのを仕入れておきたくてなぁ」

「そうでしょう? じゃあ交換で教えて下さいよー。勇者様の居場所ー」

「それは断る。知りたきゃ釣り合うもんを持ってくるんだな」


 あざとく発したリルアの言葉は軽く流されるが、初日と違ってさしたる落ち込みを見せることはない。

 この三日、同じようなやり取りを繰り返しそのたびに断られている。だからもう慣れてしまったのだ。


「んでどうする。今日もこのままごろごろしてるか?」

「?? っていうと?」

「なに、そろそろ個室に軟禁も飽きてきたろ。せっかくこんな山に来てくれたんだし、ちと周辺を案内してやろうかと思ってな。所謂観光ツアーってやつさ」


 食器を盆に載せながら提案してくるライに、リルアはきょとんと首を傾げてしまう。

 確かに負傷の割に不思議なほど治りが早く、むしろ少し鈍った体を動かしたいくらいではある。

 けれどそれでも一応負傷の身。

 この後だって部屋に戻り、借りた本でも読んでいようと思っていたところだ。


 本当に旅行するみたいな感じで軽く言ってくれるが、リルアはそれに即答しかねてしまう。

 

 例え一命を取り留めたとしても、彼女にとってこの山は命を落としかけた本物の魔境でしかない。

 そんな因縁深い場所を回ろうと、まるで近隣のお花畑を見に行くかのような気安さで提案されても即答出来るわけがなかった。

 

 けれど、ライの提案はリルアにとって非情に都合が良いことに間違いはない。

 療養中の三日が快適だったり、暇潰しにと置いてくれた本が珍しいものばかりで読み耽っていたこともありで外の情報に疎いまま。……いや、或いは恐怖に呑まれ、思い出すことすら拒んでいたか。

 

 ……どちらにせよ、リルアには決定的に情報が足りていない。

 全快して下山するにしても、以前と同じく無知蒙昧でいられるほど今の自分に猶予がなかった。


「どうする? 行きたくないなら別に構わないが」

「……危なくない? これでも私、この山で死にかけたんだけど」

「平気だって、心配すんな。この辺りは比較的マシだし、なにより俺がいるからなー」


 リルアが不安を言葉に込めながら問うが、ライは簡素な返事をするのみ。

 姫を守ると宣誓する騎士のような固い決意など微塵もない。ごくごく自然な日常のものだ。

 

 だがそれでも、決してそれだけだけではないとリルアは思えてしまう。

 なにせ彼の吐く言葉は自然そのもの。なんの気負いもせず、ただ事実として自分がいれば大丈夫だと、彼の言葉からはそう感じ取れてしまえたからだ。


「本当に危なくない? ……本当に?」

「ああ。不安なら誓ってやるぜ? お前の大好きな勇者トゥールにってやつに」


 一通り洗い終わったのか、ライは手を拭きながら着席しているリルアへ近づいてくる。

 リルアを見下ろす黒の瞳。

 それは吸い込まれそうなほど綺麗な色で、どこかで見た誰かの目と似通っている気がした。 


「……わかった。案内して」

「うーし。なら準備出来たら呼んでくれ、部屋で待ってるからさ」


 提案に応じることを伝えると、ライは適当な返事をしてから奥の部屋へと引っ込んでしまう。

 会話のなくなった空間。残されたリルアは一人力を抜きながら、拳を開いては閉じてを繰り返す。

 

 もう動いたって痛みはない。

 全快ではないにしろ、全力で走っても問題ないだろうし、その気になれば剣だって振れるだろう。

 治りが早すぎるのは不思議だが、今はそんなことはどうでもいい。そんなの後で聞けばいいのだし、どうせ頭の良くない自分に理解できるとは思えない。

 それよりも大事なのは自分の目的について。勇者トゥールと再会するために、あの男からどうやって情報をもらうかについてだ。

 

 とはいっても、自分に差し出せる物などあまりない。

 そもそもあの人が何を欲しいのかも不透明。決して話しづらくはないが、掴みどころがないのではっきりしないのだ。

 強いて言えば、今の流行りや復興状況には興味を示していたくらいか。

 けれど勇者という正直釣り合う価値があるとは思えない。そもそも復興の状況など誰もが知るべきことであり、それを対価にするのは自分のプライドが許さない。

 

 であればやはり、私に残された選択肢は彼が欲しがるものを探すという一択に限られる。

 何が欲しいのさえ分かれば大進展。今すぐにとはいかなくとも、次の一手を考えることに繋げることは出来る。なにより刃を向けたり、面倒臭い探り合いをするよりは後腐れがなくて自分好みだ。

 

「……ま、怪我が治ってからが本番だよね。頑張ろっと」


 とりあえずは体を治してから。

 これからのことは外を、現状を知ってから考えればいい。

 

 リルアはいつものようにそう結論づけ、ゆっくりとに腰を上げる。

 気持ちの切り替えはリルアにとっては得意事。

 すぐに怖さ七割その他興味な気持ちへと変えながら、ライ主催の観光旅行のための準備をしようとゆっくりと部屋へ戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ