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 微睡みにて感じるのは、心地好い僅かな揺れと優しく包み込むような暖かさ。

 遠い昔に得た暖かさと一緒。大事なものを失いながら、それでも掬い上げられたあの日のよう。

 

 ──覚えている。嗚呼、あの日のことは今でもはっきりと覚えているとも。

 私はあの日救われた。美の化身であるあの人に、世界を救ったあの方に命を与えてもらった。

 

 だからなんとしても、私はあの人を見つけなければならない。

 そうでなければ私には、リルアという名の一人の()()には、それ以外の生きる理由など何一つとして存在しないのだから。






 リルアが目を覚まして始めて見たのは、どこかも分からない天井であった。

 寝ぼけ眼で周りを軽く見回していけば、そこはますます見慣れない場所。窓がないことを除けば、簡素ながらにしっかりとした良い部屋だ。

 

 記憶にはないが、もしやどこかの宿屋にでも泊まっていたのか。

 ……いや、そんな記憶はない。

 確か私はとある人を探すためにカルボ山への登山を決行したはず。そして認めたくはないが、その過酷さに命を落としかけていたはずだ。

 

 覚えている。……けれど何かが、一番大事な部分を忘れてしまっている気がする。

 意識を失う直前に見たのであろう光景。

 一秒にも満たない間に刻み込まれたであろう、鮮烈且つ強烈であった何かがあった。それだけは確かなはずだ。

 

 額を手で押さえながら必死に思い出そうと試みる。

 そしてその何かが胸元から首辺りまで出かかったところで、リルアの思考を遮るよう扉が開いた。


「よう嬢ちゃん。随分長寝した──ってあぶねえな」

「なにも……ぐっ!」


 音が耳に入った瞬間、咄嗟に体をベッドから跳ねさせる。体が動いたのは、冒険者としての警戒本能に他ならない。

 寝起きにしては中々に鋭い一撃。並の冒険者であれば、骨を砕き意識を刈り取る自信のあったそれ。だが目の前の男は、それを僅かに顔をずらすだけで避けてしまう。

 まさか避けられるとは思わず、けれど続けざまに攻撃を仕掛けようとするリルア。追撃を仕掛けようとするが、体を突き抜ける激痛に蹲ってしまう。


「ったく、病み上がりなのに無駄に動くからだ。……っしょっと」


 そんなリルアに男は呆れの視線を向けてから、手に持つ盆を机に置いて少女を持ち上げる。

 リルアも抵抗しようと試みるが、体は思うように動いてくれずされるがまま。

 最初は拒否したい気持ちで一杯だったが、雰囲気と言動からすぐに害してくるわけでもないと判断し、諦めのままベッドまで運ばれた。

 

「じゃじゃ馬め。確かに気持ちは分かるが、それでもまずは話くらい聞くのが利口ってもんだぜ」

「……すまない。少し動転してた」

「いいさ。俺達は知り合いですらねえんだし、信用出来ないのは道理だしな」


 男はリルアを優しく寝かせると、先ほど机に置いた盆から容器と小さな包みを手に取り差し出す。

 受け取ったリルアは小包を訝しげに眺めながら、これは何かと問いを投げる。


「薬だ、飲め。話はそれからだ」

「……じゃあ。………っ! うえっ、にっがぁ……」


 吐き出したくなる苦みに悶えながら、水で薬を一気に喉へと流し込んでいく。

 全部飲み干した後、リルアが顔を歪めながら男の方を向けば、まるで悪戯でも上手くいったかのような笑みを浮かべている。

 やはり飲まない方が正解だったかと。

 リルアは薬を飲んだこと自体に後悔しながら、残りの水で口内を洗い流す。


「……くそっ。苦いなら言ってくれればよかったのに」

「言ったら飲みにくいだろ? こういうのは飲んだ後に知った方がいいのさ」


 男は包みと容器を受け取りながら、微塵も悪気のなさそうな声でリルアへ謝罪を入れてくる。

 忌々しい苦みの残滓を口で感じながら、リルアはじろりと男へと目を向ける。

 

 ()()()と同じ黒い髪を持つ、中性的で整った容姿。

 声がなければ男とは分からなかったかもしれない。不思議とそう思わせる雰囲気が男にはある。

 そして同年代では長身な自分よりも高く、細身ながらに引き締まった筋肉は彼の実力を示している。

 

 ──強い人。例え全力が出せたとしても、私の蹴りが当たることはなかったかもしれない。

 

「さて、まずは自己紹介から。俺はライ。この山に住んでる……まあ隠居人ってとこか」

「隠居人って……あ、リルアです。って、ライ!?」

「?? なんだ、知ってるのか?」

 

 訝しげに首を横に倒す男を尻目に、リルアは心臓が飛び出しそうになるくらい驚いてしまう。

 ライ。そのたった二文字を持つ男こそ、彼女が求め捜していた人物なのだから。

 

「ああ成程、つまりはお前は尋ね人。あの世界を救った勇者を……魅の勇者(チャーブレイブ)を捜しにはるばる訪れ、その半ばで力尽きていたのか」

「っ!! は、はい! エーデラークを襲った厄災“煉魔王(ジュール)”を打倒した最新の伝説! まるで天から降りた使徒が如き美しきお姿! 五年前に姿を消してしまったあの人の居場所を知っている人こそが貴方だと聞き、私はここまで来たのです!」

「へ、へえ……」


 何かを思い出すように、それでいてその思い出に浸るように話すリルア。 

 目の前の少女のあまりに熱心な話しぶりに長くなるかなと思ったライは、机に置いた盆の上にあるもう一つの容器を手に取ってから椅子に腰掛ける。


「お金は出せる限りいくらでも払います! だからどうかお願いします! なにか知っていることがあれば教えてください! 私はあの人に、勇者トゥールになんとしてでも会わなければいけないんです!」


 自らの怪我などまったく意に介さずに深々と頭を下げ、必死にライへ願いをぶつけるリルア。


「……お前さん、その話はどこで、どんな奴から聞いた?」

「え、えっと……聖都でよく当たるって噂の占い師です。真っ黒な三角帽を被ったお姉さんの」

「ああ、マジかよ……」


 訝しげに聞いてくるライに思い出しながら答えると、今度は思いっきりため息を吐いてから再度考え込んでしまう。

 何か悪いことを言ってしまっただろうか。もしかして言わない方が良かったのか。

 リルアは軽率に返した言葉を後悔しながら、それでも目の前の男の言葉を待つことしか出来なかった。


「……確かに俺はトゥールを、世から消えたあの勇者の居所を知っている。どうしてそんな噂が流れたのかは定かではないが、それは紛れもなき真実に違いない」

「──で、でしたら!」

「だが教える気はない。当人がそれを望んでおらず、誰も得しないことだからだ」


 縋るようなリルアの問い。果たしてライが悩んだのは何秒だったか。

 ついに開いた口に希望を持つがそれは最初だけ。

 ライが返したのは、簡素で躊躇いのない拒絶。教える気はないという、リルアの願いを否定する言葉だった。


「そ、そんな……。お、お願いしま──!!」

「なに、あんなやつに会えなくとも人生が悪くなることはない。怪我の治療はしてやるから、治ったら諦めて帰るんだな。()()()()


 引き止めようと言葉を紡ごうとするリルアだが、それよりも早くライは席を立って部屋から出ていく。

 ぽつりと部屋に残されてしまった一人の少女は言葉を失い、呆然と現実に浸ることしか出来なかった。


 拒否された。

 教えないと言われた。

 諦めて帰れと、ああもあっさり切り捨てられてしまった。


 呆然はやがて無情な現実を受け入れ、そして心には怒りと疑問が湧き上がってくる。

 何故とかどうしてとかどうでもいい。

 ライと名乗ったあの男は私の願いを否定した。例え命を捨ててでも会いたいあの人に価値はないと断じ、私がどれほど焦がれているかなど気にもせず、ただ諦めろと断じてきたのだ。



 ──許すまじ。あの男、まこと許すべきにあらず外道なり。



「ぐっ。くそっ……くそがっ」


 だが心内で盛り上がる激情とは裏腹に、体はその意志に反して動かない。

 さっき動いたのは本当に偶然。

 寝起きで体の調子を知らないからこそ出来た無茶で、本当は戦闘なんて熟せないくらいに傷ついているのだと、それを理解できないほどリルアは愚かではなかった。

 リルアはどうにか気持ちを収め、ふて腐れるように部屋の扉に背を向けて横になる。

 どうせ剣もないんだし、とりあえず今は、このぼろぼろの体が治るまでは大人しくしておこう。

 話はそこからでいい。その時こそ、今度は中断させないよう立ち回ればいいのだ。


「……あれ、そういえば嬢ちゃんって言った?」


 一旦落ち着いたところで、そういえばと先の会話を思い出してしまう。

 嬢ちゃん。聞き間違いでなければ、あいつはさっき私のことをそう呼んでた気がする。

 普段というか基本的に、私は余計なごたごたに巻き込まれないために女の格好を避けている。荒くれの多い冒険者としては男とみられる方が都合が良いからだ。

 ならば何故、あの男は私の性別を知ったというのだろうか。

 それこそ服でもひんむかれでもしない限り、私の性別が暴かれることはないはず──。


「あっ。……ああぁっ!!!?」


 辿り着いた答えに大声を上げながら、ばっと起き上がり自分の服を確認する。

 目に入ったのは馴染んだ格好ではなく、針すら防げないであろう薄い服が上半身の一枚だけ。

 包帯が巻いてあるが胸を支える下着はなく、下半身を隠す布を捲ったとしても、恐らくだが同じように変わっているのだろう。


「くっそがァッ!! 覚えとけよあの男ー!!」


 ありったけの力を込めた彼女の怒りは、リルア以外誰もいないこの部屋に響き渡る。

 冒険者とはいえ彼女も少女に変わりはない。

 例え怪我の治療だとわかっていても、裸を見られるなんて出来事に叫ばずにはいられなかった。

 

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