今より五年ほど前、エーデラーク大陸には世界の崩壊を目論む“煉魔王”と呼ばれた厄災が存在した。
天を黒い雲で染め、人々の希望を奪いながら侵略する悪魔の大群。
そんな怪物の軍勢は二年に渡る侵略の末、エーデラークの要の一つたる“聖都メルギス”の陥落すらあと一歩のところまで迫り、最早これまでかと人は諦観と恐怖に呑み込まれようとしていた。
──だが、そんな真っ暗な闇に光を灯すが如く、一人の少女が戦場に降り立った。
そんな怪物達の前に颯爽と登場した少女は、大剣片手に戦場と化した街中をかろやかに舞い踊る。
地を這う大蛇の息の根を止め、空を飛ぶ翼竜を墜とし、指示を出しながら嗤う悪魔を叩き切る。
まさに蹂躙。あちらこちらで街を破壊していた怪物達も、瞬く間に屍へと変わり地に転がるのみ。
最後に放った一撃により空の黒雲はなぎ払われ、空から希望の灯火たる日光が降り注ぐ。
誰もが奇跡に戸惑い、そして喜んだ。
そして思考が現実に追いついて、初めて上に立つ救世主の姿を目に焼き付ける。
大柄な戦士ですら持ち上げるのに苦労しそうな大剣を片手で持ち上げ、返り血であろう赤黒い液体をところどころに付着させる少女。
見覚えのある市販の軽装を身に纏い、黒の髪を風で靡かせながら、建物の上でどこか遠くを見据えていた。
その姿を遠くから見た人達が注目したのは、畏怖すべき強さよりも端麗さであった。
天から遣わされた使徒かと思うほど、恐ろしいほどに整った容姿。
美しい。例え不純な液体に穢れようとも、その完璧に近い比を体現した少女に誰もが目を奪われた。
「我が名はトゥール! 此度の危機は去りました! どうぞ皆さん、安心してください!」
少女は透き通った声で高らかに勝利を叫び、人々へ平穏の到来を知らせる。
喜び、泣き、拳を上げ、人々は勝利の歓喜を露わにする。
それが魔王の厄災を終わらせた“魅の勇者”の初陣。彼女の伝説はその勝利から始まり、そして一年の躍進の末に災害を討ち果たした後、役目を終えたかのように姿を消したのだ。