恐怖のベッド
「そろそろ着きますので、みなさん起きてください」
バスガイドの指示で、僕は目を覚ました。
学校を出発したのは、朝9時。途中パーキングエリアで昼食を取った。
そこから渋滞にはまり、施設に着いたのが17時過ぎだった。
まだ眠かったが体を起こし、僕はバスから降りた。
「うわっ、寒い」
外に出た瞬間、ぶるっと体が震えた。
「長袖のシャツを着ないと寒いぞ」
となりにいた翔太が言った。
事前指導で、標高が高いから夏でも冷えると言われていた。
僕は半袖だったので、かなりこたえた。あとで着替えるとするか。
僕と翔太は施設の中に入った。施設は非常にシンプルな作りだ。
玄関の正面が食堂。左右には大部屋が1つずつあり、中には2段ベッドが50ずつあった。
右側が男子用の大部屋で、左側が女子用だ。2階は職員が使う個室になっている。
部屋に入って、自分のベッドの位置を確認した。ベッドは端から数えて、3列目の一番奥だ。
ホテルやカラオケとかに行くと自分の場所が分からなくなることが多いので、分かりやすくてよかった。
「おい、見ろよ。あのカーテンのかかったベッド」
他の同級生の声で、部屋の中にいた男子が一斉にベッドを見た。
「気味わりーな。まるで近づくなって言ってる感じがするぜ」
カーテンのかかったベッドは、一番端の列の真ん中にあった。
何人かが気になって、近づこうとすると・・・
「みんな、あのベッドは少し壊れているらしい。だから、近づかないように」
担任の先生が大きな声で鋭い口調で言った。みんな、そうかと納得していた。
「いただきます」
食堂で一斉に夕食のカレーを食べていた。
「なあ、翔太。さっきのベッド、気にならない?」
「あのカーテンのかかったベッドか?」
「そうさ」
「壊れてるんだろ?」
「いや、あれは絶対に違う。先生、すごく焦って言ってたんだよ」
「そりゃ、そうさ。もし、僕らが触って壊れたりしたら危ないし」
「いいや、違うね。あの態度は。それに壊れたベッドをそのままにしておくか?」
「たしかに・・・」
僕がそう言うと翔太は黙ってしまった。
「今日の夜、調べてみないか?」
「えっ、嫌だよ。起きてるところ先生たちに見られたくないし」
「なーに、先生たちが寝静まった頃を見計らってさ」
「じゃあ、起きてたらね」
僕はワクワクしていた。そして、あっという間に就寝時間を迎えた。
「おい、翔太」
僕はとなりのベッドで寝ていた翔太にひそひそと声をかけた。
「なんだよ、太陽」
「よかった。翔太起きてたか」
「うん。バスで寝すぎたかも」
時刻は夜の12時を回っていた。
「さすがに、もう先生たちも来ないよ」
「そうだね。僕ら以外のみんなは寝ているようだし」
「じゃあ、あのベッドに行ってみようぜ」
僕は興奮を抑えきれなかった。
「えっ、本当に行くの?」
「だって、気になるじゃん!」
「仕方ないなあ」
僕は翔太を連れてベッドを抜け出した。
東京と違って街灯が全くないので、本当に部屋の中は真っ暗だ。
僕らはペンライトをつけて、そーっとベッドに向かった。
光は小さいので、足元に気をつけて慎重に向かった。
「よし、ベッドの前に来たぞ」
「やっぱ、やめようぜ。なんか寒気がしてきた」
「大丈夫だって、ちょっと調べるだけさ」
僕はカーテンを開けた。
「ごめん、やっぱ寝るわ」
そう言うと、翔太はベッドに戻ってしまった。
「なんだよ、弱虫だな。僕はベッドの中に入った」
すると、急に眠気が回ってきた。
「やべっ、眠くなってきた。でも、ここで寝て先生に見つかったら・・・」
「おい、太陽起きろ」
先生の声で僕は覚ました。目をこすりながら、上半身を起こそうとした。
「えっ、体が・・・動かない」
僕は体が動かそうとしたが、まるで動かし方を忘れてしまったように動けない。
「お前は夜更かしと勝手にベッドを移動した罰だ」
「そんな起こして。ごめんなさい」
僕はすごく後悔した。
「そんなに起きたいなら、起こしてあげるよ」
僕は声がした方を見た。そこに見たことのない小学生の男の子がいた。
「僕と一緒に来るんだ」
彼は手招きしていた。そして、いつの間にか、僕の体が宙に浮かび。
「行くな。そいつはワナだ」
どこからか声がした。
「えっ、どうしよう?うっ、今度は胸が苦しい。息ができな・・・・・・・い」
僕は目を開けた。担任の先生と施設の職員がいた。
「よかった、無事で」
施設のおじさんは、涙を浮かべて言った。
「あれっ、どうなってるんだ?」
僕は何が起きたか分からなかった。
「このベッドにはね、幽霊がいるんだよ」
「えっ?」
おじさんは、ゆっくりと語り始めた。
「10年ほど前に、ぜんそくの発作を起こした子がいてね。そのまま、亡くなってしまったんだ。ここは簡単な医療器具しかないから、対処できなくてね。以来、あのベッドで寝るとかなしばりやぜんそくの発作が起きたりということが続いたんだ」
僕は黙って話を聞いた。
「最初は私たちも嘘だと思ったよ。でも、5人も続いたので、おかしいなと。だから、私が職員を代表して寝たんだ。そしたら、私もかなしばりにあってね」
「そうだったんだ」
僕は自分の軽はずみな行動を反省した。
「ちなみに、この子なんだよ」
おじさんは1枚の写真を僕に見せた。なんと、そこには夢で出てきた子がいるではないか!
僕は心臓がバクバクした。まさか、こんなことがあるなんて。
「君も気をつけるんだよ。あのベッドには、近づいちゃダメだ。分かったかい?」
「はい、もう2度としません」
僕は心に誓った。その後、先生からは怒鳴られ、ゲンコツを一発。
かなり痛かったので、夢ではなく現実だと思った。
「てことが、小学校時代の思い出ですよ。先生ー」
「あのときは、俺も直前まで知らなくてな。どうしていいか分からなくて」
「あれ以来、幽霊ものダメなんですよ」
「はははっ」
「笑わないでくださいよ。本当に死ぬかと思ったんだから」
「そうだな。そろそろ、着くぞ」
僕と先生は5年ぶりに施設を訪れた。
「向こうも驚くぞ、太陽が感謝のあいさつをしに来たなんて言ったら」
「そうですよね。でも、命の恩人であるおじさんに、もう1度お礼を言わないと」
車を降りて、玄関へ向かった。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい」
中から年配の女性職員が出てきた。
「どうぞ、中へ入って下さい」
僕は中に入って、すぐに“あのベッド”に向かった。ベッドは5年前と同じようにあった。
相変わらずカーテンで仕切られていた。僕は手を合わせた。
食堂に入ると、壁にいくつか写真が飾られていた。
「先生ー、集合写真がありますよ」
「ほー、こんなところにも飾られているんですね」
「そうですよ、泊まった子どもたちの写真を飾っているんです」
僕はその中から“あの写真”を見つけてしまった。
少しドキっとしたが、写真をじっと見た。端の方に“あのおじさん”も映っているではないか。
「すいません、このおじさんって、どこにいますか?」
僕は女性職員に聞いた。
「えっ・・・・・・・・・・」
女性職員は固まっていた。
「どうかしたんですか?」
「この人、10年くらい前に亡くなりました」
「えっ!?」
「あのベッドで、かなしばりを起こしてしまって。心筋梗塞だったんです」
僕と先生は耳を疑った。じゃあ、あのときのおじさんは・・・・・・・・・幽霊?
僕と先生は手を合わせて感謝した。
かなしばりのベッドは、本当にあったものです。
実際、この目で見ました。近づくのも無理なくらいの雰囲気が出ています。
そのベッドの前後左右も使わないようになっています。
職員が寝て、かなしばりにあったのも本当の話のようです。
後半部分のおじさんの幽霊はいないのでご安心を。
最後まで読んでいただきありがとうございました。