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エマとユリウスは婚前交渉がしたい

作者: らめんま。

 ある所にハルベンブルグ公爵家とカルロット公爵家という2つの家があった。

 建国以来続くその歴史は数時間では語り切れない。涙ながらには語れないものや丸一日かけて語りたくなるような傑作話もなんでもござれ。

 両家は己の血に、家に。並々ならぬ誇りを抱いていた。


 そんな両家はとにかく仲が悪かった。なまじ家が隣同士だったせいで対抗意識が凄まじく、やれおまえの家は30年前にこんな失態を犯しただの100年前はこうだっただのおまえの嫁はでべそだのと、小さなことから大きなことまで悪口を言い出したらキリがなかった。


 歴史だけではどこにも負けず、うちの家の方がこんな歴史あるわ、いやいやうちの方が、……と、それこそ長ーい歴史の大半はいがみ合っていた両家だったが、ある日突然気が付いた。


 あれ?そんなに向こうも歴史あるならうちと親戚になっちゃえば良くね?……と。


 押しも押されもせぬ名家の中の名家を自称する2つの家。利害の一致により光の速さで意気投合した当主達は握手を交わし、同時期に産まれたお互いの家の男女の子どもを結婚させることを約束した。


 そうして産まれてきたのがエマ・カルロット。カルロット家の一人娘である。

 豊かな焦げ茶色の髪に華奢な身体、切れ長の菫色の瞳が印象的な文学少女である。常に片手に本を持っており、穏やかで落ち着いた性格で洗練された振る舞いや教養の高さから、貴族令嬢の手本としてよく名前が挙げられる。

 更にとても物知りでそこらの学者は裸足で逃げ出す程の知識の持ち主だ。カルロット家はそれ見たことか、うちの歴史が才女を生み出したわと天井まで鼻を伸ばして高笑いした。


 ハルベンブルグ家からはユリウス・ハルベンブルグという次男坊が選ばれた。家は兄が継ぐのでユリウスはカルロット家に婿入りする予定である。

 ユリウスは輝かんばかりのブロンドの緩い巻き毛に金色の瞳、人好きのする笑顔が魅力的な好青年だ。

 そしてとんでもない強運の持ち主で、道を歩けば迷い猫を保護し、その飼い主が王太子夫妻で褒美を貰った、なんてレベルの武勇伝が出るわ出るわで止まらない。自分も周りの人もハッピーにする明るい人物である。

 ハルベンブルグ家はこの男が産まれた事こそが幸運だ、もはや我らに敵無しと手を叩いて笑った。


 そんな自称名家の中の名家に産まれ、何処に出しても恥ずかしくない教養、作法、対人スキルなどを持ち合わせた最強のカップル。

 エマとユリウスは家の名を背負い、清く正しく美しい交際を――していなかった。


「ねぇエマ、今日はちょっと激しくしていい?もう僕抑えが効かなくって……」

「ええいいわ、早くあなたの全部を感じさせてちょうだい」

「ああエマ!」

「ユリウス……!」


 ――とまあこんな調子で、真昼間から盛りに盛るという何処に出しても恥ずかしいことになっていた。エマとユリウスは産まれた時からずっと一緒に育てられ、お互いに愛し愛されて身も心もデロッデロのドロッドロになっていたのだ。


 そんなことになっているとは露知らず、数百年続く歴史の中の殆どをくだらない喧嘩とどつき合いに費やしていた両家はなんとなく「どうせうちのワンダホーな最高傑作と向こうの家の馬の骨が釣り合うわけがない、きっといずれ仲違いするに決まっている」と思っていた。

 それが何年経ってもラブラブで、寧ろ月日を重ねる毎に熱が増していく2人に、両家の一族は今までの低レベルな小競り合いはいったいなんだったのかと今まで崇拝していたはずの先祖達の肖像画を唖然と見つめた。


 幼い頃からユリウスはエマを愛し、エマもまたユリウスを心から愛していた。朝から晩までずっと一緒で、どこに行くにも2人で手を繋いでいた。

 ユリウスは物知りなエマが大好きで、エマと話したいがために日常生活の中の様々な疑問を尋ね、エマもユリウスの疑問に答えられるよう知識を付けることを惜しまなかった。


 そのため、その生理現象が訪れた時もユリウスは大人に尋ねることをせずに真っ先にエマに相談した。


「エマ、僕病気かもしれない……!エマに二度と会えなくなったらどうしよう。エマをお嫁さんにするって約束したのに……!」


 知識を詰め込むあまり耳年増になっていたエマの心中は「きたきたきたぁ!遂に来たわ!!!これからはユリウスのルームユリウスを○○して○○○して○○することが出来るわ!」というとてもお見せできないことになっていた。

 しかし本当に悲しくてショックでくすんくすんと泣き出してしまったユリウスに、エマは己の心中など微塵も悟らせないまるで聖母の如き慈愛に満ちた表情で微笑んだ。


「大丈夫、ユリウスは病気なんかじゃないわ。私に任せて」


 ユリウスは感動した。後ろからそっと抱き締めて全てを委ねさせてくれたエマと、その大好きなエマの手によってもたらされた初めての大きな快感に大いに感動した。


 結果、ユリウスとエマは2人して快楽の波に呑まれ、14歳にしてめちゃくちゃ爛れに爛れたカップルになっていた。


 そんな2人にも遂に障害が現れた。

 そう、学園入学である。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「なんてことなの……!」


 秋。

 15歳となり学園に入学したエマは、今しがた自分の手元に配られた時間割の紙を手にし、わなわなと震えていた。

 配られた紙に書かれていたのは1日8時間授業、昼休みは45分、各授業後は10分休憩ありという至極普通の時間割だったが、これがエマにとっては大問題だったのだ。


 はっとして隣の席のユリウスの方を向くと、ユリウスも同じことを考えていたらしい。いつもは健康的で血色の良い顔色が今や完全に血の気を無くし、世界の終焉を垣間見たような表情になっている。エマは愛する人のこんな痛々しい表情なんて見ていられないわと悲壮感たっぷりに手で顔を覆った。


 そして帰宅後、エマはユリウスを前にして言い放った。


「何よあの時間割……!私達が愛を深め合う時間が全く無いじゃないの!」


 エマが使ったのは愛を深め合うという情熱的で曖昧な表現ではあるが、実際はそういうことをする時間である。つまりユリウスとまぐまぐする時間が無いのだ。これはエマにとってかなりの死活問題だった。


「そうだよ!僕もそう思ってたんだ!どういうこと!?僕にエマを愛するなってこと!?」


 エマと同様、ユリウスにとってもこの問題はかなり深刻であった。


 というのも何より、二人は毎日お互いの部屋やデート先で過ごす中で最低でも一日に一回は致していたのだ。

 それが突然一日中人目に晒されて下さい、二人の世界などありません、大人しくせっせと勉強しろと言われて、はいそうですかと納得出来るわけがない。確実に発狂する。


「どうしようエマ……」

「どうしましょう、ユリウス……」


 眉根を下げて見つめ合う2人。


 エマの美しい菫色の瞳が潤んで、まるで星屑を閉じ込めたようだ。不安げに少し開かれた唇がなんとも言えないくらいにセクシーで、ユリウスはエマにそっと手を伸ばした。

 ユリウスの元々優しいカーブを描いていた眉が悲しく垂れ下がり、まるで捨てられた子犬のような愛らしさ。ぷるぷると悲しみに震える唇が庇護欲を掻き立てる。エマはユリウスにそっと手を伸ばした。


「とりあえず」

「ええ、そうね」

「この問題は後で考えよう」


 魅力的すぎる婚約者を前に、2人は思考を放棄した。


「ユリウス……」

「エマ……!」


 すっぽりと抱き締め合った2人はまるで示し合わせたかのように同じタイミングでベッドに倒れた。そもそもエマの部屋の中、しかもベッドの上でお互い靴を脱いだ状態で話していたのだからやることをやる気満々である。


 2人は時間割のことなど忘れて夕飯の時間まで、散々お互いの熱を貪り快感を高め合ったのだった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 そうこうしているうちに本格的に学園生活が始まり、ユリウスとエマは将来を見据えた友達付き合いに追われるようになった。


 入学してすぐに、ユリウスはその親しみやすい雰囲気からあっという間に人気者になった。

 しかもユリウスと一緒に行動すれば幸運のおこぼれにありつけるとあって、他家の子息達は競ってユリウスの周りを取り囲んだ。


 エマは穏やかで優しい上に学校の教師より物知りだと話題になり、エマを頼る令嬢達がひっきりなしにエマの席を訪れた。昼休みはもれなく勉強会である。ぐんぐん学力が上がっていく。


 ユリウスとエマは、2人きりになることはおろか、1人きりになる時間すらも皆無に等しい学園の人気者になってしまったのだった。


 学園生活開始から一週間が経ち、帰りの馬車。馬車の座席に並んで座ったユリウスとエマは、「閉めますよ〜」という御者の声でばたんとドアが閉められたと同時にお互いに飛び掛かった。


「エマ!もう学園なんて懲り懲りだ!隣に座ってるエマに話し掛けることすら出来ないなんて!僕は学園に居る間中ずっと気が狂いそうになっていたよ!」

「ああユリウス!私だってあなたと話せずまるで地獄のような時間だったわ!学園とはなんて恐ろしい場所なのかしら!この生活がずっと続くなんて信じられない!」


 ひしっと抱き合い、涙を流す。学園に居る間、ユリウスとエマはお互いに話し掛けることすら出来なかった。

 授業終了の鐘と同時に「エマ!あのさ……!」と話し出した声が「ユリウス〜!教室移動すんぞ〜!」と友人に遮られる。

 昼休み開始と共に「ユリウス!お昼は私と一緒にサンドイッチを……!」と差し出したバスケットが「まあエマ様素敵なバスケットですね!今日はとっても良い天気ですわ。さっ、中庭へ参りましょう」と遮られる。


 おかげで一言も会話らしい会話が出来やしない。同じ教室の隣の席に婚約者が居るのにも関わらず、接吻ひとつかますことも出来ないなんて。生殺しにも程がある。極限状態に陥ったユリウスとエマは授業中お互いをガン見しながら涎を垂らしていた。


「ああもう!授業中もずっとエマの◯◯◯◯を◯◯して◯◯◯◯にしてやりたくて堪らなかったよ!」

「私だってユリウスの◯◯◯を◯◯したくて堪らなかったわ!」

「もう限界だ!ここでしよう!」

「それがいいわ、そうしましょう!」


 ユリウスはもつれ合うようにして馬車の座席にエマを押し倒した。もはや壁と雨風凌げる屋根があればなんでもよかった。

 捕食するような激しい口付けをしながらユリウスはエマの服に手を掛けようとし、「着きましたよ〜」という御者の声に「ちぃっ!!!」と思いっ切り舌打ちした。


「学園から家が近いのが恨めしい!片道3時間くらいあればよかったのに!」

「いいえユリウス、片道3時間の家だったらきっと寮に入れられていたわ。男女がお互いの寮を行き来するのは禁忌!3年間寮で生活なんて今まで以上に恐ろしいことになっていたはずよ」

「なんてことだ!考えただけで恐ろしい!家が近くてよかった、そんなの絶対に死んでも御免だ!」

「ユリウス、明日!明日こそ必ずしましょう!」

「ああ、明日こそ必ず!」


 がしっと抱き合い、馬車から降りる。次の日会った2人はユリウスの部屋で白熱し、夕飯に呼ばれるまで部屋から出て来なかった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 そしてまた地獄の学園生活が再開した。ユリウスは男友達に囲まれ、エマは女友達に囲まれお互い一切話せない日々。生まれてこの方こんなにも貴族教育が役に立ったことがあっただろうか。ユリウスとエマは心の中では「おまえら邪魔だ散れ!!!」と叫び散らしていたが顔には一切出さなかった。

 そして帰りの馬車で事に及ぼうとして着きましたよ〜と言われて舌打ちし、週末はお互いの部屋から一切出て来ない生活を繰り返して3ヶ月。


 遂に2人に限界が訪れた。


「私気付いちゃったわ」

「どうしたんだい?新しい公式でも閃いたの?」

「子どもが出来たから学園にはいけません、これよ。子どもが出来ちゃえば学園休学、もしくは退学が出来るわ。この生き地獄のような日々ともおさらばよ……!」

「昔からエマは頭が良いとは思っていたけど今日ほど君の事を天才だと思ったことはないよ……!なんて素晴らしいアイデアなんだ!」


 もう本当に限界だった。回るはずの頭が回らない。あったはずの判断力がない。神経をすり減らし発狂寸前。


 今まで「大好きなエマにバージンロードを歩かせてあげるんだ」と頬を薔薇色に染めて笑っていたユリウスの姿はどこにもない。「素敵。愛してるわユリウス」と同じく頬を薔薇色に染めてはにかむエマももう居ない。


「結婚式をしよう!2人だけの結婚式を!永遠の愛は神に誓わずとも君に誓えばいいだけだ!」

「賛成よ!家中の花瓶を集めて来ましょう。部屋を花で埋め尽くすのよ!」

「赤いカーペットも必要だ!」

「白いドレスも必要ね!」

「よし、解散!」


 エマは家に帰ると花やらドレスやらアクセサリーやらを抱えて何往復もした。あまりにも血気迫る様子でハルベンブルグ家とカルロット家を行ったり来たりしているエマに何をしているんですかと使用人が顔を出す。

「ユリウスと結婚式を挙げるの!」というエマに使用人達はそれならばと腕まくりして一緒に運ぶのを手伝った。


 ユリウスは家の赤いカーペットをひっぺがし、長い廊下を引きずりながらうんうんと唸っていた。そして何をしているんだと顔を出した家族に「エマと結婚式するんだ!」と叫んでカーペットを部屋に運び込み、迎えた2人の結婚式。誰にも邪魔されない2人だけの結婚式――になる、はずだったのだが。


「いやはや、2人が幼い頃はよく結婚式ごっこをしていたが、まさかこの歳になってもまだごっこ遊びをするとは。この際ごっこだなんて気にせず本格的にいきましょう」

「来賓客を気にしなくていいのは気が楽ね、身内だけで好きに振る舞えるもの」

「ガッハッハ!結婚式の予行練習みたいなもんだな!」

「ユリウス〜、エマちゃん〜、綺麗よ〜」


 どうしてこうなった。ピューピューと指笛を鳴らす音と歓声の声が響き、祝福の紙吹雪が降り注ぐ。

 ユリウスの部屋をちょっと飾り付けてひっそり行うはずのものが、いつの間にやら両家の家族と使用人を巻き込んだ大広間での盛大な結婚式になってしまい、ユリウスとエマは混乱していた。


「ち、違う……僕はエマと2人きりで厳かな式を……!」

「こんなつもりじゃなかったのに……!ユリウス……ユリウス……!」


 涙目になった2人の姿も感動の涙と捉えられ、より一層祝福の声が大きくなる。


「僕(私)たちはただ婚前交渉したかっただけなのに!」


 2人の悲痛な叫び声は両家のさらなる発展を願う声と新たなる歴史の幕開けを期待する声に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかったという。



お読み頂きありがとうございました。

ブックマークと★★★★★、感想やレビューなどで応援して頂けると続きが出るかもしれません。


ただいま完結済み、の「ポンコツンデレな侯爵様とお菓子な伯爵令嬢」なども合わせてお楽しみ頂けると嬉しいです(^ ^)

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[良い点] 物語のボリュームがちょうど良くて読みやすかったです(*´`) 面白かった! [気になる点] 子供が出来ちゃえば良いじゃない!という思考なのに一線は超えない、というのはチグハグだなぁ、という…
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