クズ賢者、魔王の娘を介抱する
焦げた兵士たちを馬車に積み込み、街道へと馬を向かわせて――カインはひとまず少女を家の中へと招き入れた。
リビングの椅子に座らせて、ホットミルク(蜂蜜入り)を出してやり、カインは少女をじろりと見やる。
「よし、まずは……《ハイ・ヒーリング》」
「きゃっ……」
パチンと指を鳴らすと、少女の体を淡い光が包み込んだ。
少女は身をすくめてぎゅっと目をつむるが……やがて恐々とまぶたを開き、きょとんとする。
「あ、あれ……痛く、ない……?」
「だろ? 跡もまったく残らねえはずだ」
少女の身体中に刻まれていた傷がすべて消えていた。
それもそのはず、擦り傷を治すだけの生半可な治癒魔法ではなく、ちぎれた腕さえ元へと戻すような最高位治癒魔法である。
これが使える者は希少で、たった一回使ってもらうだけで家が建つほどの治療費を要求されることもあるくらいだ。
おかげで少女の怪我は跡形もなく治った。
だがそのせいで、白い肌と痩せこけた手足が目立ち……少女の顔をじーっと見つめて、カインは顎を撫でる。
「まあ、風呂と飯は後回しにするとして……先にひとつ聞かせてくれ」
「う、うん……」
「本当におまえは、魔王の娘なのか?」
「……わかんない」
少女は力なく、首を横に振る。
散々泣いたせいか声はかすれ、唇は青白い。
寒いのかと自分のローブを脱いでぐるぐる巻きにしてやったが、一向に顔色が良くなる気配はなかった。
そこで――カインはふと気付く。
「それより飲まねえのか? 牛乳が苦手なら、紅茶でも何でも用意するんだが……」
「え」
少女は目を丸くして、自分の前に置かれたカップを見つめる。蜂蜜入りのホットミルクは手付かずのままだ。
「これ、フィオが飲んでもいいの……?」
「……ああ。飲め」
「い、いただきます」
少女は緊張しながらもカップに手を伸ばし、ほんの一口だけ口にする。
「っ……!」
その瞬間、猫のように瞳孔が開いた。
少女は必死になってホットミルクをすする。どうやら口に合ったらしく、カインはホッとするのだが――。
(まさか……俺様が『飲め』って言わなかったからか?)
たしか『ほらよ』とかなんとか言って出した気がする。『飲め』とか『おまえの分だ』とかは一言も示さなかった。
たったそれだけのことで、この少女がこれまで生きてきた環境がなんとなく読めてしまった。
表情に出てしまいそうになるのをぐっと堪え、カインは穏やかな声で問いかける。
「えーっと、名前はフィオでいいのか?」
「うん……ほんとは、フィリオノーラ。前はフィオって、よばれてた」
口の周りを白くして、少女――フィオはこくんとうなずいた。
「そうか。じゃあフィオ、話せることだけでいいから……これまでどこにいたとか、教えてくれるか?」
「……うん」
それからフィオはぽつぽつと語った。
彼女が育ったのは――ここから北に離れた田舎町だったという。フィオの言葉を借りるとすれば『女の人がたくさん働く建物』だが、おそらく娼館の類だろうとカインは察した。
今から十年前、フィオはその娼館の裏手に捨てられていた。
バスケットに一緒に入れられていたのは少しばかりのまとまった金と、名前の書かれた一枚の紙だけ。両親につながるような手がかりはどこにもなかったという。
物心付いてからはそこで小間使いのような仕事を与えられ、昼も夜もなく働いていたが……半年ほど前。ちょうどカインが魔王を倒したのと同時期に、その生活は終わりを迎えた。
「今よりずっとさむい日にね、兵隊さんがたくさんやってきて、フィオをつれていったの。それで、よくわかんない建物で……と、とじこめられて、それで――」
「もういい」
ガタガタと震えはじめたフィオの言葉を、カインはそっと遮った。
それ以上話させるのも、聞くのもごめんだったからだ。かわりにその場でしゃがみ込み、目線を合わせてにやりと笑う。
「ここならもう安全だ。俺様が保証する。兵士どもが来ても、さっきみたいに追い返してやるよ」
「え……」
フィオはそれをぽかんとした顔で聞いていた。
まるでカインの言葉が理解できないとでも言うかのように。
やがてもじもじして、上目遣いにカインの顔を見上げてくる。
「あの……フィオも、聞いても、いい……?」
「ああ。なんでも聞いてくれ」
「そ、それじゃあ、ね……あなたは……『くずけんじゃ』?」
「あー……まあ、そう呼ばれることもあるが。本当の名前はカインだ」
「カインさん……か、カインさんはね、あの、ね……」
フィオは何度も言いよどみ、ごくりと喉を鳴らして……心底不思議そうに、小首をかしげてこう問いかけた。
「カインさんは……フィオのことを、ころすんじゃないの……?」
「…………」
その瞬間、カインの胸の内に、さらなる憎悪の炎が宿った。
こんなに幼い子供が、まるで天気の話でもするかのように自分の死を口にする。
そのおぞましい事実に叫びだしそうになるが……カインはその黒い炎を、心の奥深くへと押し込んだ。表に出したところで、フィオをさらに怯えさせるだけだと分かっていたからだ。
血が滲むほどに拳をにぎりしめながら、ゆっくりと告げる。
「殺さない。殴ったりもしねえよ」
「ほんとに……?」
「ああ。なんでそう思ったんだ?」
「兵隊さんたちが、話してたから……」
フィオを虐げていた兵士たちは、様々なことを語って聞かせた。
「フィオは魔王のむすめで、魔王はたくさん悪いことをしたから……むすめのフィオも、ばつを受けるんだ……って。兵隊さんたち、そう言ってたよ……?」
「その罰が、俺様に預けることってかー……」
クズ賢者と呼ばれ始めて一ヶ月ほどだが、よほど噂に尾鰭が付きまくっているのだろう。
幼い少女を嬲り殺しにするくらい、あいつは平気でやる……どうやらそう思われているらしい。
(もうそれ、『クズ』ってレベルを超えちゃいねえか……?)
思わず遠い目をしてしまうカインだった。
本日はあと二回更新予定。
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