パパ友談義
その後、カインはギルベルトの執務室へと通された。
広い一室には品のいい調度が並び、日の光がさんさんと差し込んでいる。壁に掛かる絵画もシンプルなもので、権力者の部屋にしては開け放たれた雰囲気だ。
ギルベルトは机に積み重なった手紙や書類をまとめていく。
「失礼、執務が立て込んでいてね。散らかっているがゆっくりしてくれ」
「それじゃ遠慮なく」
カインは言われるままにソファに座る。
部屋のカーテンを閉めるギルベルトを横目で見やりつつ、魔法を使う。
「《サーチ》」
得意の探索魔法だ。範囲は館とその周辺のみに絞っておいた。使用人たちが慌ただしく働く様子や、庭で子供たちとひとりの女性が花を眺める姿が感知できる。
怪しい点は何もない。魔法を解除して、カインはギルベルトにニヤリと笑った。
「聞き耳を立てている奴もいないようだ。安心して話をしようじゃねえか」
「ほう、便利な魔法もあるものだなあ。私はその類いはからっきしでね、息子の方が才能があるくらいだ」
ギルベルトは相好を崩しつつカインの正面に腰を下ろした。
こうして会談の準備は整った。
ギルベルトは居住まいを正して再び頭を下げる。
「まずは、改めて礼をさせてほしい。フレデリックを助けてくれて本当にありがとう。きみには感謝してもし足りないよ」
「ただの成り行きさ。気にしないでくれよ」
カインはからりと笑う。
あの場に居合わせたのは完全に偶然だった。その上で、できることをしたまでだ。
そう告げるとギルベルトは額に浮かんだ汗を拭ってため息をこぼす。
「あの子はようやくできた一人息子でね。目に入れても痛くないんだ。あの子に何かあったらと思うと、私は……」
そこで言葉を切って、彼は膝の上で拳を握った。
力なく顔を上げて申し訳なさそうに眉を寄せる。
「本来なら私直々に赴いて礼をするのが筋なのだが……呼び寄せるような真似をしてすまなかった。せめてもの礼として、ここにいる間は自分の家だと思ってくつろいでくれ」
「ありがとう。フィオのやつも喜ぶよ」
カインは相好を崩して窓を見やる。
カーテンの向こう側からは、フィオの笑い声が聞こえてくる。どうやら奥方からお茶とお菓子をご馳走になっているらしい。長旅の疲れも見せず、ご機嫌のようだ。
「このクッキーおいしー! フレッドくんのママさん、きれーなだけじゃなくって、やさしくてお料理も得意なんだね! パーフェクトママさんだ!」
「ふふ、フィオちゃんったらお上手ねえ。あなたみたいな子がお嫁に来てくれたら嬉しいわあ」
「母上まで何を……!?」
奥方もフィオのことを気に入ってくれたようだし、そこはほっと一安心だ。
(友達の家に遊びに行くなんて、いい思い出になるよなあ)
そんなふうにほのぼのしていたカインだが、ギルベルトは真剣な顔を向けてくる。
「ところで、誘拐犯グループを捕らえたきみに聞きたいことがあるんだ。奴らについて、何か気付いたことはあるだろうか」
「そうだな。ありゃただの下っ端だろう」
船と化け鯨を用いてフレッドの誘拐を目論んだごろつきたち。
彼らはそれなりに場数を踏んでいたようだが、カインの敵ではなかった。
あの程度なら探せばゴロゴロいる。そんな雑魚を起用した理由はひとつしかないだろう。
「黒幕は別にいるが、奴らを調べたところでそいつには絶対に辿り着けない。もとから切り捨てるつもりで雇ったからだ」
「……その通りだ」
ギルベルトが取り出した書類の束を受け取って、カインはぱらぱらとめくる。
事件の調書だ。だがしかしゴロツキたちの身元くらいしか記載されておらず、めぼしい情報はひとつもなかった。
「やつらを徹底的に調べたが、黒幕は上げられなかった。酒場で盛り上がっていたところに、依頼を持ちかけられたのが始まりのようだが……」
その人物はローブを目深に被っており、破格の前金を差し出したという。
男たちはそれに目が眩み、ふたつ返事で依頼を受けた。
「それが黒幕に繋がる唯一の手がかりだが……会ったのもその一回きりだと言っていた」
「あの鯨は?」
「あれもその使いから託されたものらしい。何でも命令を聞くように、よく躾けられていたそうだが……」
ギルベルトはニヤリと笑って続ける。
「それを逆にテイムし返すとは恐れ入る。他人が調教した魔物を奪うのは難易度の高い芸当なんだろう? さすがは賢者カインだな」
「テイムしたのは俺様じゃねえよ。うちのフィオだ」
「なに、フィオさんか」
カインがあっさり告げると、ギルベルトは目を丸くした。
どうやらその辺の詳細は伝わっていなかったらしい。鯨の腹の中から脱出し、従えてしまったことを手短に語って聞かせれば、彼は眉間にしわを寄せて唸ってみせた。
「あなたと、その娘さんに助けられたと息子から聞いてはいたが……まさかフィオさんも八面六臂の活躍をしたとは思わなかった。フレデリックと同い年のはずだろう?」
「まあ、あの子は特別だからなあ」
カインは苦笑するしかない。
ギルベルトはますます眉根にしわを寄せた。
「立ち入ったことを尋ねて悪いが……あの子はきみの実子なのか? あまり似ていないようだが……」
「悪いがその辺は目をつむってくれや。俺様にも色々あるのさ」
リリア姫やクーデリアと、フィオの事情については伏せることで合意していた。
たとえ領主が相手だろうと『魔王の娘』という不名誉な肩書きを打ち明けるわけにはいかない。
「ただ、俺様が保証する。フィオはいい子だ」
「……そうか。ならば私も信頼しよう」
ギルベルトはふたつ返事でうなずいてみせた。
そうかと思えば、ニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべてみせて――。
「何しろうちの息子が惚れた子だ。あの子の見る目は確かだし、それだけで信頼するに足るだろう」
「ほ、惚れたって……あいつらはまだ十歳児だぞ?」
「何を言う。こういうのは早い内から進めるのが鉄則だろう。もしも貴殿がよければ、うちの息子とフィオさんの婚約式を――」
「絶対にお断りだ! うちの子は誰にもやらん!」
「ははは、魔王を倒した英雄様も娘のことになると弱いらしい」
ギロリと睨めば、ギルベルトはからからと笑う。
からかわれたのだと、そこでようやく気付いた。
カインは渋面を浮かべつつ話を変える。
「それで、命を狙われているとは言っていたが……心当たりはあるのかよ」
「もちろん。領主などと仰々しい肩書きを有していても、しょせんは中間管理職だ。当然、上にも下にも敵がいる」
国から地方の自治を委任された者が領主と呼ばれる。
たいていは貴族が請け負うもので地位が保証されるため、民に重税を課して豪華三昧……などというものも稀にいるが、真面目な者ほど苦労するのが定石だ。
「中でも第一候補は……ワグテイル魔法学院の誰かだろうな」
「魔法学院?」
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