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回収完了

 フィオが熱い説教をかましていたころ。


「ああは言ったものの……あいつはピンチに大人しくしてるようなタマじゃねーよなあ」


 カインは苦笑しつつ、海の上を飛んでいた。

 眼下には件の化け鯨が、大海原を切り裂くようにして悠々と泳いでいる。


 これまでカインが見た中でも最大級の魔物だ。

 その図体は、ライラックの町全体を飲み込めそうなほど。


 銀に輝く体にはいくつもの古傷が刻まれており、頭には巨大なツノが生えている。長いヒレを優雅に揺らめかせて水中を駆けるその姿は、大海の覇者とでも呼ぶべき風格を纏っていた。

 近隣の船に注意を促しつつ、カインは顎に手を当てて考え込む。


「あの小悪党どもが、こんな大物を従えられるとは考えづらいな。となると、背後に相当な手練れがいるのかね」


 テイムした魔物を、他人に貸し出して荒稼ぎする魔物使いも稀にいる。ただし金も手間もかさむため、そういった者が商売相手にするのは裏社会のものと相場が決まっていた。


「ますますきな臭い話だなあ……」


 それはともかくとして、カインは改めて鯨を睨む。

 鯨は先ほどからずっとあてもなく海を泳ぎまわっている。


 どうやら『襲え』という命令は実行したので、次の命令を待っているようだった。あの悪党たちは猿轡をかました上で昏倒させてきたが、早めに片付けた方がいいだろう。


 鯨の気が変われば海の底へと消えてしまうかもしれない。

 子供たちが化け鯨の体内のどこにいるかはおおよそ分かる。そこを避けて魔法をぶちかましてみることとした。


「ひとまず小手調べに……《アブソリュート・ゼロ》!」


 かざした両手のひらから迸るのは、雷と見まがうばかりの群青色の波動。

 それはまっすぐ宙を駆け、鯨をしたたかに打ち据えた。

 絶対零度の凍結魔法だ。小さな山くらいなら一瞬で雪山に変えることができる。

 鯨も全身を凍り付かせて海面に浮かんだ。しかし、異変はすぐに訪れる。


『キュゥ……ウウウウ!』


 バキメキバキィッ!


 鯨の体が小刻みに振動したかと思えば、氷の拘束が粉々に砕け散った。

 カインはニヤリと笑う。


「はっ。さすがは海中最強モンスターの一角……一筋縄ではいかねえか!」

『キュワァアアア!』


 そのうえどうやら怒らせてしまったらしい。

 鯨は巨体をくねらせ、しかとカインを睨め付ける。大きな口を開けば、喉の奥から地響きのような音が聞こえてきた。そこから飛び出してくるのは、ただの咆哮などではないだろう。


 カインは身構えるのだが――。


『ぎょうっ!?』

「おう?」


 突然、化け鯨が奇声を上げて海老反りになった。

 その後も鯨は『きゅうっ!?』だの『ぎょぎょっ!?』だのといった悲鳴を上げて、びたんびたんと体全体を使って苦悶する。もはやカインなど眼中にないようだった。そのせいで海は大いに荒れて、高波が四方八方へと襲いかかる。


 その異様な光景を前にして、カインは頬をかいた。

 何が起こっているかなんて一目瞭然だった。


「あーあ、フィオのやつやってやがんなあ……坊主が無事だといいんだが」



 そのころおてんば愛娘は、全力でピンクの壁を殴りつけていた。

 全身にまとうのは身体強化魔法ストレングスの淡い光だ。


「よーっし、もう一発……どっせーい!」

「うわわわわっ!?」


 右の拳を壁に叩き込めば、四方の壁全体がぶるぶると大きくうねって震えた。

 するとどこからともなくゴゴゴゴゴ……と低い地響きが聞こえてきて、壁に大きな穴が空いた。どうやらそれが隠されていた出入り口らしく、ゆっくりと小さくなっていく。


「おっ、出口ができた! それじゃ行こっか、フレッドくん!」

「行くってどう……うっ、わああああああ!?」


 フレッドのことをお姫様抱っこして、フィオは全速力で駆け出した。

 間一髪で穴を抜けても、どこまでもピンク色の通路が続いている。ただしここからは風の流れが感じられた。フィオは風を追い越すようにして、ぐんぐんとスピードを上げていく。


 するとフレッドが顔を引きつらせたので、フィオはにっこりと笑った。


「心配しなくてもだいじょーぶだよ! フレッドくんのことはフィオが絶対に守るから!」

「……なんでおまえ、僕のためにそこまでするんだよ」


 フレッドはすこしだけ言いよどんだ後、ぽつりと続ける。


「あんなにたくさん意地悪したのにさ」

「うーん。たしかにそうだねえ」


 意地悪する子は大嫌いだ。

 それでも助ける理由なんてひとつしかない。


「でも、フレッドくんも学校のお友達だもん。お友達を助けるのは当然のことでしょ?」

「おまえ……」

「おまえじゃなくてフィオだよ! ちゃんと覚えてね!」


 そうして走るうちに、前方にかすかな光が見えてくる。

 風に混じる潮の匂いも濃くなって、ゴールが近いことを示していた。

 フィオは足にさらなる力を込める。


「あっ、もうすぐ外だ。思い切っていくよー!」

「へ? ちょっ、待っ――」


 フレッドの制止も聞かず、渾身の力を込めて床を蹴り付けた。

 どこからともなく『げぎょっふ!?』なんて奇怪な鳴き声が聞こえてきたかと思いきや、あっという間にフィオの体はピンクの壁、鋭い牙や分厚い舌の絨毯を抜けて光の中――空へと打ち出される。


 はるか眼下には大海原が広がっていた。海面に浮かび大口を開いてぷかぷか浮かぶ大きな魚が鯨だろうと察しがつく。

 びゅうびゅううるさい風の中で、フレッドが真っ青になってフィオにしがみついた。あまりの高度に肝を潰したらしい。


「うぎゃああああ!? しっ、死にたくないいいいい!?」

「あはははは! だったらもう死ぬなんて言わないことだねー!」


 フィオはケラケラと笑う。

 自分の魔法があればこれくらいで死ぬわけがないと分かっていたし、何より安心できることがあった。頭上に影が落ちたと思えば――。


「よっ、と」


 フレッドごと抱きかかえられる。上空を飛んでいたカインだ。フィオの顔を覗き込んで、ニカッとわらう。


「フィオ、怪我はないか?」

「うん! フレッドくんもへーきだよ!」


 それにフィオはニコニコと返した。泣き叫んでいたフレッドも目を丸くして驚いている。

 フィオは目を輝かせて報告する。


「くじらさんのお腹の中、とってもたのしかったの! 今度はもっとじっくり冒険したいなあ」

「おまえは本当に怖いもの知らずだな……トラウマになるよりかは断然いいんだが」


 苦笑まじりに娘の頭をガシガシと撫でて、カインはじろりと海を睨め付ける。鯨はフィオに好き勝手暴れ回られたショックで気絶していたものの、そのころにはもう復活していた。


『ギュルウウウウウウ……!!』


 鯨はカインたちを完全に敵と認定したらしい。

 激しい怒りのためか、白銀の体がみるみるうちにドス黒い赤に染まっていった。頭上に広がる灰色の空がゴロゴロと哭く。


 見るもわかりやすいボス戦の様相だった。

 フレッドがふたたび悲鳴を上げる。


「ひっ……!? は、早く逃げないと……!」

「逃げる? 面白いことを言うじゃねえか、坊主」


 カインは飄々と笑うだけだ。子供たちをしっかりと抱えながら、鯨に向けて堂々と言い放つ。


「子供たちを取り戻したわけだし……手を抜く必要はもうないな!」

『ギュシュウウウウ!!』


 次の瞬間、鯨が大口を開けて海水を発射した。

 それをカインは紙一重ですべて避け、鯨めがけて肉薄する。その間に魔法は完了していた。フィオが用いたのと同じ身体強化魔法ストレングスだ。淡い光を右の拳にまとわせて、カインは鯨の頭上に躍り出る。


「いっけー! パパー!」


 フィオが嬉々として歓声を上げた。

 声援に応え、カインは拳を思いっきり振りかぶり――。


「しばらくおねんねしとけや!」

『きゅおうん!?』


 鯨の脳天に拳骨を落とした。

 山のような巨体が弓反りにしなり、大量の海水が巻き上げられる。その衝撃で雲が一気に散らされて、燦々と降り注ぐ陽光とともにスコールのような海水の雫が落ちてくる。


 そのあとには完全に昏倒した化け鯨がぷかぷかと浮いていた。カインの殴りつけた頭部には小島のようなサイズのタンコブができている。


「す、すごい……」

「ふっふーん。フィオのパパだもん、当然でしょ」


 目を瞬かせるフレッドに、フィオは鼻をこすって自慢した。

続きは明日更新。発売は6/10です!

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― 新着の感想 ―
[一言] くじらさん…相手が悪すぎたwww
[良い点] フィオ いい子や! ホンマいい子に育ったな~ [気になる点] どこから出たんだ… [一言] クジラ 使い魔になるかなw
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