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クズ賢者、キレる

 周囲の兵士たちもニヤニヤと下卑た笑みを交わし合う。

 それは暗に、彼らが何度もその首輪を使い、少女をいたずらに痛め付けてきたことを示していて――。

 

「見た目がいくら幼くとも、あの魔王の血を引く化け物だ。そんな化け物を躾るには、やはり痛みを使うに限るだろう?」

「そうだそうだ! 魔王のせいでどれだけの命が失われたと思うんだ!」

「この程度の報復では割りに合わんが……まあ、多少溜飲が下がるというものだろう」


 兵士たちは悪びれることもなく言ってのける。


 大陸中を襲った魔王は、この国にも大きな被害をもたらした。

 あちこちの村が焼け、失われた人命は数知れない。

 ゆえに、討たれた今となってもなお、魔王に恨みを持つ者は多い。


 その感情が娘とされるこの少女に向けられても、何ら不思議ではないのだが――。

 

「しかし首輪を付けて飼い慣らそうにも、どうも力が大きすぎてな……一度は()()も検討されたが、我が軍の誰も成し得なかった」

 

 隊長格はやれやれと肩をすくめて、揶揄(やゆ)するような目でカインを見やる。

 

「ゆえに貴殿へ預ける。貴殿ならばこの娘をっ、がぼっ!?」

「なっ!?」

 

 隊長格の下劣なセリフ。

 それを最後まで聞くことなく、カインはその顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。ぶっ飛ばされた隊長格が数名の兵士をなぎ倒し、一気に場は騒然となる。

 

「隊長……!? しっかりしてください!」

「将軍だけでなく、隊長までも……! よくもやってくれたな!」

「ガタガタガタガタ、どいつもこいつもうるせえなあ……」

 

 カインは舌打ちしながら、隊長格の落としたペンダントを拾い上げた。


 魔王に恨みを持つ者がいる。

 その恨みを娘とされる存在に向ける者がいる。


 それ自体は理解できる。だがしかし――カインは許すことなどできなかった。

 

「あっ……!」

 

 息を呑み、こちらを見る少女と目が合った。

 ひどく怯えたその目から、とうとう一筋の涙がこぼれ落ちる。

 このペンダントに魔力を流し込んだが最後、少女は何度目かもわからない苦痛を味わうことになるのだろう。

 だからカインは手元の品を……。

 

「ふんっ!」

 

 力任せに握り潰した。細かな破片が地面に落ちて、少女が丸く目をみはる。

 そうしてカインは自分を取り囲む兵士たちをぐるりと見回して――。

 

「いいじゃねえか。テメェら、そんなに電気が好きならよォ……たっぷり味わいやがれクソどもが!!」

「ギャアアアア!?」

 

 中指を立てると同時、そこから目がくらむほどの迅雷が何本も走り、狙いを誤ることなくまっすぐ兵士たちを打ち据えた。彼らは黒い煙を上げて倒れてしまうが、ピクピク痙攣しているので死んではいない。そこはちゃんと加減した。

 

「よし、次は……」

「ひっ、う……!」

 

 カインが再び目を向けると、少女はこれまでで一番の怯えを見せた。

 また這いつくばって頭を下げて、必死になって命乞いを始める。

 

「ご、ごめんなさい……! もう……もう……いたいのは……やめ……!」

「……いいから、顔を上げろ」

「うっ、ううう……!」

 

 カインはその前にしゃがみ込み、そっと声をかける。

 少女はガタガタと震えながら言われた通りに顔を上げた。


 近くで見ると、身体中傷だらけなのがよくわかる。切り傷、擦り傷、打撲の跡に火傷の跡。少女はぎゅっと目をつむり、襲い来るであろう痛みに耐えようとする。

 そんな彼女の首元に、カインはそっと手を伸ばし――パキッ、と乾いた音が響いた。

 

「よし、取れたぞ」

「な……」

 

 恐々と目を開けた少女の前に、カインは砕いた首輪の残骸をかざしてみせた。

 少女は自分の首元をぺたぺたと触り、信じられないものを見るような目でカインを凝視する。

 

「な、なん、で……?」

「なんでって……おまえもこんなクソみてえな首輪、嫌だろ?」

「ふぁ……う」

 

 カインが頭を撫でてやれば、少女はますます目を白黒させた。

 何が起こっているのか理解できない。そんな目だ。

 だからカインはなるべく穏やかな声で語りかける。

 

「こんなに小せえのに……よく耐えたな。もう怖いものは何もない。大丈夫だ。安心しろ」

「う、あ……あ…………!」

 

 少女の肩が小刻みに震える。

 その瞳から大粒の涙がとめどなく流れ落ち――。

 

「わあああああああん!!」

 

 少女はカインの胸に飛び込んで、声が枯れるまで泣き続けた。

 

 

 

 カインも、少女も、彼女を送りつけた者たちも……このときはまだ誰も知らなかった。

 この運命的な出会いがのちに……『世界最凶の親子』爆誕のきっかけとなることを。

本日、キリのいいところまであと二回ほど更新します!

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― 新着の感想 ―
[一言]  カインも、少女も、彼女を送りつけた者たちも……このときはまだ誰も知らなかった。  この運命的な出会いがのちに……『世界最凶の親子』爆誕のきっかけとなることを。 ↑ 読者からすれば当然の帰結…
[一言] 親(魔王)の行いに対して、娘がおとなしすぎるなあ。 魔王側になんか事情があったのだろうか。 あと、賢者は言葉の不足部分が致命的すぎるw
[一言] 手心満載のザマァが「超絶善人」の限界というやつかな。いやしかし「死んでいない」だけで「障害が残らない」とは言っていないよね。体組織が壊死してそこから腐敗が広がっていく。手足を切断して済むなら…
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