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魔法の授業

 この学校には年齢に応じていくつかのクラスがあり、七歳から十歳までの子は同じ教室で勉強するらしい。


 その内容は実に多岐に渡っていた。算数や国語、体育に魔法……。

 そうした授業に、フィオは全力で取り組んでいった。


「はい、フィオさん。この答えは分かりますか?」

「えっと、えーっと……七です!」

「正解です! よくできましたね」

「えへへ。パパとおうちで勉強してきたからね!」


 算数の授業では、黒板に書かれた問題を解けてご満悦だった。

 以前から自宅学習で文字や計算をこなしていたので、その成果が生かされたというわけだ。

 しかしそんなフィオに、あのフレッドという少年は嘲笑を向けた。


「はっ、あれくらい解けて当然だろ。そんなので喜べるなんて程度が知れるな」

「はああー!? なんか文句でもあるっていうの!?」

「お、落ち着いてください、フィオちゃん」


 隣のマリアがどうどうと宥めてくれたので、なんとか怒りを鎮めることができた。

 他の授業でも似たようなものだった。少年は何かというとフィオに突っかかり、嘲弄し、取り巻きとともにはやし立てた。


 特に魔法の授業はひどかった。

 この学校では、基礎的な魔法理論を教えているらしい。

 今現在、魔法を使える一般市民は少なくて、まだまだ特別な技術だ。


 だがしかし再び魔王のような脅威が現れないとも限らない。万が一そんな事態が起きたとき、魔法は身を守る術になる。

 そうした理由で、児童に対する魔法教育の必要性が叫ばれるようになったのはごくごく最近のこと。ここは校長の一存で、いち早くその方針が採られているらしい。


 女教師も基礎的な魔法が使えるらしい。

 クラスのみんなで校庭に出て、魔法の授業が始まった。今日のテーマは基礎的な光魔法、ライティング。小さな光の球を生み出す魔法である。


「さあみなさん、呪文は覚えましたね。しっかりと唱えて光の球を出してみましょう」

『はーい!』


 生徒たちは校庭にちらばって、思い思いに呪文を唱える。

 するとすぐにあちこちから声が上がった。


「わっ、できた! 見て見て、先生! 初めてできたよ!」

「むー……僕はこんな小さいのしか出ないや」

「出るだけマシじゃん! 俺なんか何度やっても不発だぞ」


 歓声や悔しそうな声がいくつも響く。光球の大きさも、ろうそくの炎と見まがうばかりの小さなものから、手のひら大のものからまちまちだ。


 この光球は光を放つだけで、熱はわずかにも発しない。

 そのため安全に練習できる初級魔法として知られている。ただしそれなりに慣れが必要なため、成功する生徒はわずかだった。


 マリアも四苦八苦していて、すべて不発に終わっている。


「うーん……やっぱり魔法は難しいです。コツとかあるんですか?」

「そうだね、大事なのはイメージかな」


 フィオは訳知り顔で指を振る。

 魔法は得意分野だ。他の生徒らも注目する中、意気揚々と言い放つ。


「見てて! 《ライティング》!」


 パアアアアアア!


 こうしてフィオの頭上に、大きな光球が生み出されることとなった。大人の上背を楽々と上回るような巨大さで、朝から続く曇天のもとで太陽のような輝きを振りまく。

 呆気にとられるみなに、フィオは頬をかいて言う。


「えへへ、どうかな?」

「す……すっげー!」


 一拍おいて、どよめきのような喝采が上がった。


「今呪文を唱えなかったよね……? 先生、それでも魔法って使えるの?」

「え、ええ……詠唱省略と呼ばれる高等技術です。先生もできません。フィオちゃんはすごいんですねえ」

「ほんとに!? フィオすごい!?」

「ええ。さすがはあの賢者カインさんの娘さんです」


 先生にも褒められて、フィオはご満悦だ。

 しかしそんな中でもフレッドは相変わらずだった。つーんと澄ました顔でチクチクと言う。


「ふん、この程度で得意になってるようじゃ進歩はないな。あっという間に落ちこぼれるだろうな」

「もう! さっきからフレッドくんはなんなのさ!?」


 それにフィオは真っ向からキレた。

 拳のかわりにびしっと人差し指を向けて、高らかとケンカを売る。


「悔しかったら、フィオよりおっきー光を出してみなよね!」

「ば、バカ言え! 俺はおまえみたいに能力を安売りしないんだ!」


 フレッドはすこし慌てたように語気を荒げた。

 ちなみに彼は成功組だが、こぶし大の光球が関の山だった。フィオをどれだけバカにしても、魔法で及ばないのは認めざるを得ないらしい。

 彼の取り巻きも巨大な光球を前にして、ぼそぼそと小声でやり取りする。


「でも、たしかにあいつ魔法はすごいよな……」

「なあ……フレッドくんより断然すげーや」

「何か言ったか!?」

「ひっ……何でもないです!」


 大将の一喝でぴしっと背筋を正したが、彼らの目にはうっすらとフィオへの尊敬の念が芽生えていた。子供の力関係というのは単純だなあ、と鏡を通して見守りながらカインは思った。


 こうして時間はあっという間に過ぎ去った。

 午前の授業が終わり、お待ちかねの給食の時間となる。ここから保護者も参加していいらしい。

 校長に促されて教室に向かえば、子供たちはカインを見るなり盛り上がった。


「わー! カインさんだー!」

「このまえはうちの婆ちゃんがお世話になりました!」

「お、おう、今日はよろしくな」


 子供たちのほとんどは大歓迎ムードだ。

 町であれこれ雑用を頼まれることも多いので、彼らにも顔と名前が知られているらしい。カインを怖がる子供もいたが、周囲の様子を見て戸惑いつつも受け入れてくれていた。


 給食のメニューはパンとハンバーグ、サラダに牛乳という栄養満点のものだった。

 子供向けの味付けではあったが、どれもなかなか美味だった。

 カインはフィオとマリアと食事を囲みつつ、本題を切り出す。


「フィオ、学校はどうだ?」

「すっごく楽しい!」


 フィオは口をケチャップまみれにして、笑顔で言い放つ。

 しかしすぐにブスッとしたしかめっ面となる。


「でも……フレッドくんは嫌い!」

「あはは、はっきりしてんなあ」


 カインは苦笑するしかない。

 ちらっと様子を伺えば、取り巻きたちに囲まれたフレッドと目が合った。彼はその途端にハッとして目を逸らす。やはりフィオのことがずいぶんと気になるらしい。


 カインは声を落として言う。


「ひょっとすると、フィオが魔法を使えるのが面白くないのかもな」

「そうかもしれません。フレッドくん、クラスで一番魔法が上手でしたから。ライバルが現れたと思って焦っているのかも」


 マリアもうんうんとうなずいた。

 聞けば他の成績も優秀で、魔法の授業では誰よりも早くライティングを会得したらしい。

 そんな中で魔法に長けた新顔が現れたら、面白くないのは当然だろう。

 そう結論付けると、フィオは目をつり上げてテーブルを叩く。


「だからって、意地悪するのは悪いことだと思う!」

「ま、その通りなんだけどな」

「うーん。いつもはフレッドくん、あんなに嫌な子じゃないんですけど」


 マリアは首をひねって不思議がる。

 話のついでとばかりに補足することには――。


「フレッドくんのお父さんは、この地方の領主様なんです。フレッドくんは体が弱くて、空気のいいうちの町に来たらしくって……」

「つーことは、あの子は親元を離れて暮らしてるのか」

「はい。ご家族はワグテイルにいるみたいです」


 ワグテイルというのは、王都寄りの大きな街だ。

 大きな魔法学校も擁しており、人口も多い。

 ただしこの港町からはすこし離れているため、気軽に帰ることは難しいだろう。


「お父さんみたいな立派なひとになるんだって、そのためにたくさん勉強するんだって、フレッドくん前に言ってましたよ」

「ふーん……おとーさんとあんまり会えないんだ」


 フィオは気のない相づちをしつつも、フレッドの様子をこっそりと伺った。

 親と離れて暮らすということに、思うところがあるのだろう。

 そんな話をしていると、女教師が校長とともにやってくる。


「みなさーん。校長先生からお話がありますよー」


 手を叩いて子供らの注目を集めたあと、校長にバトンタッチ。

 校長は一同の顔を見回して、にっこりと告げた。


「午後からは特別授業です。みんなで海に行きましょう」

「うみ!?」


 フィオが興奮のあまり、がたっと腰を浮かせて歓声を叫んだ。

続きは明日更新。書籍版は6/10に発売です!かなり加筆修正しました。

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[一言] もしや 好きな子にいたずら という王道なのか?w
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